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【雑記】 夏ギリギリの野外フェスへ! 〜男子くんたちの会話と、肉食系女子と、ロマンティックについて。

2009.09.08 Tuesday

夏ギリギリな感じで野外フェスに行ってきました! Metamorphose@修善寺 自転車の国サイクルスポーツセンター。わーい久しぶりの野外♪ ……とは言うものの、日ごろの昼夜逆転生活がたたってしまい、前日、早く寝たものの目覚めが早すぎて。ボーっとしてるのももったいないので、宮台真司氏の『日本の難点』(幻冬舎新書)を読み始めてしまったら面白くてとまらず最後まで読んじゃったー! と思ったら、朝。

ヤバイな〜大丈夫かな〜と思いつつ、お友達の真っ赤なミニ・クーパーに乗せてもらって、張り切ってGO! ……しかし案の定、行きのクルマの中で寝て、会場のコンクリートの上で寝て、屋内会場の床でも寝て、一夜明けた芝生の上でも寝て、帰りの新幹線でも寝て……っていう、何しに行ったのか?! な一夜でした(笑)。





コンクリートの上でもかまわず熟睡。(マルちゃんをお腹にだっこ)




夜が明けても芝生の上でひたすら熟睡。(ついにマルちゃんを枕に利用!)



そんな睡眠のあいまあいまに踊るor食べるをくり返し、消化してるんだかカロリー摂取してるんだかよくわからず。特に、音がぐわんぐわん反響しまくる屋内ステージの床で寝てしまったときは、爆睡してるにも関わらずあまりの轟音(DJ WADAプレイ時)に眠りから引き戻され、だけどまた爆睡、しかしまた轟音でゴリゴリと眠りから引き戻され、だけどまた爆睡、おまけに床からは冷たい空気が伝わって眠りから引き戻され、だけどまた爆睡、しかしまた轟音でゴリゴリと眠りから引き戻され、だけどまた爆睡……と、分刻みで彼岸(ひがん)と此岸(しがん)の淵を彷徨いまくったのには、正直言って「死ヌ・・・・!!!!」と思いました。だけど、そんな「己れを酷使してる感」が、久しぶりで楽しかったです! そう、「非日常」を体験するっていうのが、重要!




起床後、マルちゃんと記念撮影。



にしても、人が多かった〜。人人人人人、でした。こういう場所に来る目的って人それぞれだと思うんですが、私はそんなにコアな音楽マニアでもないので、とにかく解放的な場所でひたすら踊るのが好きなだけ。特に野外イベントは、いろいろな人が来ているので、人ウォッチングが楽しい。って、結局いつも一番興味があるのは、人なんですけど……。

なかでも、屋台の長蛇の列に並んでいたときに、私の後ろ(正確に言うと、私の頭の真上)で超大声でガールズ・トークならぬボーイズ・トークしてた、男子くん2人の会話が面白かったので、以下に再現。


A 「今、狙ってるコがいるんだけど、かなりイイ線まで攻めててさ」
B 「お、ペナルティエリア入ってる?」
A 「入ってる入ってる! かなりイケてる」
B 「すげーじゃん!」
A 「でもさ……、ちょっとヤバイんだけど、実は、他の女とヤっちゃったんだよね〜〜」
B 「えー! マジで?」
A 「取引先の年上の女なんだけど、取引先との飲み会で会って、二次会の後に、“私の行きつけのバーがあるから行かない?”って言われちゃってさ」
B 「へぇ〜〜!」
A 「2人で飲みに行ったらもう、こ〜〜んな、ピーッタリすり寄ってきてさ」
B 「で、で?」
A 「“ここからは仕事の関係、ナシね”って言われちゃって!! キャー!」
B 「キャー!」
A 「で、耳元で、“チューしてもいい?”ってささやかれちゃって!! キャー!」
B 「キャー!!」
A 「で、天王洲にマンションもってるらしくて、“今からウチ来ない?”って言われて!!」
B 「スゲーな。金持ちなの?」
A 「知らないけど。で、部屋に入ったら〜〜(生々しいので省略)。でもさ、これからも付き合う会社だから、やべーなって思ってさ」
B 「確かにな」
A 「ちょっと後悔してんだよね」
B 「でも、ま、いんじゃね?
A 「まーな」

……みたいな会話を、私の頭上でするの、やめてくださる? とちょっと思ったんですけど(笑)。だけどこの会話を聞いてる途中、もうその男子の顔が見たくて見たくて〜〜。で、私の番が来てナシゴレンを購入し、列を離れるときに、さりげなーくチェック! あー! ナルホドね〜〜! 納得。

えーと、今どきの(NEWSの山下君みたいな)流行の髪型に、今どきのコギレイなファッションの、フツーに穏やかそうなカワイイ感じ(推定25〜27歳)。一言で言えば、「くみしやすそう」な感じ。あ〜、こういう流行りの髪型やファッションの、個性が突出してないフツーな感じのコって、オノレの主張より他人ウケを優先しそうだし、滅多にNO(ノー)も言わなそうだし、流されやすそうだし、確かに女性も誘いやすいだろうなぁ〜と、深く納得いたしました。



にしても、最近よく耳にする“肉食系女子”って、そうやって男を狩るんだー! と、期せずしてムリヤリ聞かされた生々しいレポートを耳にして、感心した次第。すごいですね! 私、そういうの、絶対ムリなので。度胸がないとか言うよりも、そこまでして男子を狩りたいっていう欲望が、ない……。いや、もっと正確に言えば、そういうことしてまで男子を狩っても、あまりセクシーな気分が味わえない(自分が)、というのがホントのところのような(笑)。むしろ、最初はステキな感じでジリジリ拒まれたほうが、セクシーな気分になるような気がするんですけど。そこで即ホイホイついて来られちゃったら、「なーんだ、簡単すぎ! つまんない!」って思っちゃうような気がするのは、私だけでしょうか?

こういうことは嗜好の問題なのでとやかく言うつもりは全くないのですが、なんていうか、そういうのって、ロマンティック度が低いなぁ……と、思ってしまうのですよ。そういう意味で、私はかなり高望みのロマンティストだ、と自覚するのですが。でも、ロマンティックな要素がなければ、この世はホントに殺伐としてしまいますから。リアルな目をもてばもつほど、この世は殺伐として見え、さっきの男子くんじゃないけど、結局は何だって「ま、いんじゃね?」になってしまう。だからって「ま、いんじゃね?」レベルの行為を重ねたって、いや、むしろ重ねれば重ねるほど自分は虚無にのっとられて、ますますこの世は殺伐として……。どうしたものか。

最近思うことは、「ま、いんじゃね?」レベルの行為はなるべく減らして、「理屈じゃなくて、コレじゃなきゃダメなんだ!!」という高度にロマンティックな行為を増やしていく、しかないのでは。そうじゃないと、自分にとっても他人にとっても、さまざまなモノゴトの価値が低下していってしまうと思うのですよ。たとえば、下世話な話で申し訳ないのですが、性的体験人数をひけらかす、みたいな文化ってありますよね? テレビで綺麗な顔した若い女の子が「今までの人数は20人」とか得意になって言っちゃうような。あれってどうなんでしょう、私からしたら、そんな自分の非ロマンティックさ加減を、披瀝していいのか? 第三者的には面白がられるかもしれないけど、非ロマンティックを標榜する女性は、男性から非ロマンティックな扱いをしてもOKだと見なされる、つまりぞんざいに扱っていいと見なされてしまうのでは? と、人ごとながらハラハラしてしまうのです、ってよけいなお世話ですが……。



そうそう、前述した宮台真司氏の『日本の難点』(幻冬舎新書)に、こんな一文がありました。
かつてのナンパは不可能性を乗り越えるというロマンチックなニュアンスがありました。昨今の若い男子のナンパは専ら落としやすいアンパイ(安全パイ)狙いです。だから、フランス文学やフランス映画に描かれてきた誘惑や口説きとは正反対になりました。
ですって〜なるほど。これは別に、男性に限ったことではなく、女性も同じかも。だから、「恋愛小説の最高峰は、コデルロス・ド・ラクロの『危険な関係〈上〉』『危険な関係〈下〉』と、バルベー・ドールヴィイの『悪魔のような女たち』と、シドニー・ガブリエル・コレットの『シェリ』だ!!!(以上、すべてフランス文学)」……と言い切っちゃう私みたいな人間にとっては、「ちょっと気に入ったらすぐナンパ」「ちょっと気に入ったらすぐヤる」「気に入ったらすぐ付き合う(もしくはすぐ結婚)」なノリの恋愛って、あんまりよくわからないんですよね……(笑)。そういうノリの恋愛を、お友達のコダカナナホさんが「カフェ感覚恋愛」と命名していて、言いえて妙! と思わず膝を叩きましたが(笑)。ま、そんなこと言ってるから、「ややこしすぎるんだよっ!」って思われちゃって相手にしてくれるヒトもあんまり現われないんでしょうけど♪


さらに、前述の宮台真司氏の『日本の難点』(幻冬舎新書)から引用しますと。
 属性(カワイイとか金があるとか)に依存する関係が専らであるのに加えて、昨今の性愛市場は流動性が高く、すぐに別の相手が見つかるので、「自分じゃなくてもいいんだろうな」と思える(中略)。
 とりわけ昨今の社会では、多くの男女は自分がいま持っている属性が安定的でないことを自覚しています。一流会社もいつ没落するか分からない。金もいつ失うか分からない。容姿の美しさや若くてピチピチといった付加価値もじきに失われる。当然ながら属性依存的な関係は脆弱になります。
そう、「その属性(年齢とかお金とか容貌とか)さえあれば、別に自分じゃなくてもいいんだろうな」と思ってしまうような代替可能なところに、どんなロマンティックが見出せるんだろう? と、私も思うのです。ロマンティックが見出せるのは、「コレじゃなきゃダメなんだ! アナタじゃなきゃダメなんだ! ワタシじゃなきゃダメなんだ! それは属性じゃないし理屈じゃないんだ! と思ってしまうに至った切実な何か」を見出したとき。それはもしかして一生続かないかもしれないけど、でもそこに歯ぎしりするくらい切実な何かを感じずにはおれない、そんな感覚を味わったなら、それだけでもたぶん、この世の殺伐さは薄れるはず。

私がロマンティックを求めるのは、そういう切実さを少しでも味わうことで、この相対化されてしまってさまざまな価値が均(なら)されてしまい、ただ広い原っぱに風が吹きすさぶような世界で、できる限り自分を意味あるものとして色濃く実感したいから、です。私がロマンティックって言うのは、決して、お姫さま扱いされたいとか、スィートでラブリーな思いをしたいとか、そういうことじゃありません。いや、むしろ、その逆かも? えー? うわーー、怖いのでこれ以上あまり掘り下げないようにしたいと思います!(終わり)



最近のワタシの「切実にコレじゃなきゃダメなんだ!」代表、マルちゃんギャラリー。




プラネットステージ(確かDJはGILLES PETERSON)で踊るマルちゃん。




屋内ステージ(DJはQ'HEY)で踊るマルちゃん。かわいー!



会場を高台より臨む。



メインステージのトリ、REI HARAKAMIのライヴ中。


コレ、好き。キレイな曲ばかり。作業中の友。



レッドカーブの思い出  trace of red curb dedicated from rei harakami』 REI HARAKAMI



さらにちなみに、お友達の真っ赤なミニ・クーパーと、行きに通りかかった玄岳ドライブイン跡。



この玄岳ドライブインは、伊豆スカイラインの途中にありまして、昔はロープウェイの発着所だったのですが、現在は廃墟的な存在として結構有名(正確には廃墟ではないんですけど…)。テレビドラマ『華麗なる一族』のロケにも使われたそうです。

去年、ここで行われたレイヴに数回行ったんですが(そのときの記事はこちら)、ゴージャスな廃墟っぷり(正確には廃墟じゃないんですけど…)と、熱海の街を一望できるスバラシすぎる眺望で、ちょっと何と言っていいのかわからないくらい楽しかったです〜。また行きたい! 



 

【雑記】 草なぎ君事件と、草食系男子ブームの終焉(希望)。

2009.05.01 Friday

最近、全然TVを見ていません。TVコードを手作りしたら、接触が悪くて見づらくなってしまい、スイッチを入れなくなってしまいました(唯一、「芸能花舞台」だけは録画してますが)。

そうすると、世間の話題にホントに疎くなります。草なぎ君事件も、打ち合わせランチをしているときに教えてもらったのですが、それを聞いて思ったのは、「え? それって単なる酔っぱらいでしょ??」でした。あとでYou tube で記者会見とか見てみたんですけど、あまりのフラッシュの焚かれ方と騒ぎ方にビックリ。あれって、マスコミのジャニーズ事務所に対する日頃の鬱憤晴らしだったりしないんでしょうか(笑)。周りから聞こえてくるのも、同情の声ばかり。

でも、最終的に、この「酔っぱらい→裸んぼう事件」は、草なぎ君にとって良い結果になるんじゃないでしょうか? つまり、草なぎ君は、「伝説をつくった男」としてキャラ立ちまくり、さらに人々の同情と共感を獲得しまくりで、結果的に、SMAPの中で一番の大物になる可能性、大。

やっぱり、人って、「伝説」とか大好きですから! ガッツ石松や猪木やムツゴロウがあんなに好かれている(のか?)のも、人並みはずれた才能や業績があるからだけではなく、彼らがトンデモない「伝説」をもってるから、ですよね? 周囲から非難されないように、世の中の枠からハミださないように、慎重に慎重に生きていかざるを得ない私たちの代わりに、彼らは身の危険をものともせず(笑)素晴らしいタイミングでトンデモないことをやってくれる。そして、私たちを驚かせてくれるし、笑わせてくれるし、興奮させてくれるし、何かに対する溜飲を下げさせてくれる。そういう「伝説」をつくれる人は、やっぱり、貴重なんです。物凄い才能があるとか、物凄い美貌の持ち主だとか、そういうこととは関係なく、ただ「フツウじゃない」ということが、とてもとても、貴重。(……って、一応アイドルである草なぎ君を、ガッツや猪木やムツゴロウと同じように扱うなって話もありますけど笑)

……なんて、でもこれ、当事者が草なぎ君だったから、私も含めてみんな「草なぎ君擁護」って感じになってますけど、もしこれがキムタクだったらどうでしょう? もうちょっとみんな「日頃カッコつけてるクセニネ〜」っていうノリになるような気もしなくもないです(人ってそういうものですよね……)。そう考えると、草なぎ君的キャラって得です。やっぱり、日頃の行いって大切。いや、実際の行いはともあれ、日頃のイメージが大切、なのか。



まぁ、私個人としては、この事件で、草食系男子ぶっちぎり代表だった草なぎ君こちらを参照)が、やっぱり本当は「草食系ではなかった」ことが判明して、とても嬉しく思いました! っていうのが一番の感想です(笑)。だって、酔っ払って「若者よ、わが道を行け!」とか叫んだり、公園で裸んぼうになって、つかまえようとする警官に向かって「裸になって何が悪い!」とか、「さわるのではなく、つねってくれたまえ!」(←ホントに言ったんだったら今年の名言No.1)とか叫んだりって……、草食系じゃないでしょ。どう考えても。若者らしい熱いエネルギーをもったマトモ(?)な男子ですよね。

というわけで、ここのところ盛り上がりを見せていた「草食系男子だっていいんじゃない?」という流れが、この草なぎ君事件で盛り下がることを期待したいものです。だって、人って、言葉にとても弱いものですから。「草食系男子だっていいんじゃない?」ってことに一旦なっちゃうと、本当にそうなっちゃうんですよ。で、女子も「もう草食系男子しかいないなら、女が肉食になって狩ればいーや」ってなっちゃうし、男子も「草食系ってことにしておけば努力しなくていいからラクだし、面倒だからそういうのは女にまかせておけばいーや」ってなっちゃう。言葉によって、人の気持ちや考えは、簡単に操られる。言葉のチカラをあなどってはいけません。

なので、私としては、「ほら! 草食系男子ぶっちぎり代表だった草なぎ君だって、ホントは草食系でも何でもなかったんじゃない。勝手に“いい人”とか“草食系男子”とかっていう言葉を貼り付けられて、無理してたんだよ。可哀相に! ね、これでわかったでしょう、周囲の言うことには左右されずに、若者よ、わが道を行け!!!!」と、私は酔っ払ってもないし裸んぼうになってもいませんけど、そう心のなかで叫びました。



ちなみに……、私の知人で、かなりに「草食系」と分類されるキャラクターで、かつ風貌も草なぎ君に似てるとよく言われるR氏に、先日ちょうど会ったので、上記のような話を熱く語った私。R氏はそんな私の熱弁をうんうんうんと根気よく聞いてくれた後、ポツリとこう言いました。

「オレもよく草食って言われるけど、ホントは肉食なんだよね……」


……そ、そうかぁ〜〜〜〜!!! いや、でもそうでしょうね、、そりゃそうですよ! そういうものなんですよ、ホントは! というわけでやっぱり、「草食系だっていいんじゃない?」なんてお互いの首を絞め合うようなこと、やっぱり女子も男子も言わないほうがいいですよね。前も書きましたけど(こちら)、言葉のチカラにだまされて一時的にそれでいーやと思い込んで、後で「しまった」と気づいて、大きなツケを払わされてあわあわする、なんてことにならないように……(って、それはそれで「オモシロ滑稽」でいいと思いますが笑)。





「草食ららららら〜〜〜」





というわけで、肉食なアナタに素敵な情報を。最近気に入ってる、美味しい肉が食べられるハンバーガー屋さんが、「GRILL BURGER CLUB SASA」@代官山。先日OPENしたばかりでまだあまり知られていませんが、凄く美味しいし、アンティークなフンイキの店内もオシャレなので、絶対人気店になると思う。今のうちに、ぜひ行ってみてくださいね。


肉食。



草食。



◆関連記事
バレンタインデー悲喜こもごも。草食系男子とか。





 

【雑記】 バレンタインデー悲喜こもごも。草食系男子とか。

2009.02.15 Sunday

昨日は、バレンタインデーだったようですね! 今年は製菓会社が懸命に「逆チョコ」(=男子が好きな女子にあげるチョコレート)を流行らせようとしていたようですが、ただでさえ「草食系男子」(=確信がもてないことには手を出さず、恋愛にも受身な男子のこと、だそうです…)が増えてるっていうのに、それって時代に逆行してない? とか思いましたが。あ、でも、「草食系男子」が少しでも積極的になるようにバックアップしてあげよう、ってことなのか? まぁ、どっちにしろ私は、「逆チョコ」とプリントされた森永ダースを「自分で買う系」なので、どっちでもいいんですけどね(それより、オザケンどうしてるかなー)。


(上のイラストは、人気イラストレーターコダカナナホさんのステキすぎるイラスト。全部見たい方はこちら♪)


バレンタインデーと言えば、私がどうしても忘れられないのが、小学6年生の時のとある事件のこと。

私のいたクラスに、Q君という、スポーツ万能で、ギャグセンスも抜群で、クラスのリーダー的存在の男の子がいました。私はとにかく笑わせてくれる男子が大好きだったので、別に恋はしてませんでしたけど(好きな子は別のもっと大人しい子だった笑)、しょっちゅう授業中にQ君に話かけてはゲラゲラ笑って先生に叱られていたものです。

そんなQ君なので、やはりなかなか人気がありました。バレンタインデーには、クラスの女子からいくつかチョコレートをもらっていた様子。で、そのバレンタインデーから数日後の、書道の時間のこと。

書道の先生は、期間限定できていた臨時講師、X先生(男)。まだ若くて、20代半ばといったところ。パンパンに脂肪の詰まった真ん丸のお顔に、同じく脂肪がたっぷり詰まった真ん丸なカラダ。髪は、金太郎みたいなオカッパスタイル。なぜかその日、授業が始まると同時に、「この中で、バレンタインにチョコレートもらったヤツ、いるかー?」と言い出しました。そんな中で「は〜い!」なんて能天気に手を挙げる男子なんて、いるわけないですよね。なのに、X先生はしつこく「いないのかー?」「いるのかー?」と続ける。すると、どこからか、「Qちゃん(前述の人気者の男子)は、もらったよな〜?」という声が。

X先生「お前、チョコもらったのか?」
Q君「……」
X先生「チョコもらったのか、って聞いてるんだよ?!」
Q君「……」
X先生「チョコもらったのかもらってないのかどっちなんだよ、ハッキリしろーーッ!!!!」
Q君「……」

と、X先生のアンパンマンのような真ん丸の顔が、みるみるうちに赤くなってゆきました。そして、ついにX先生はQ君を椅子から引きずり降ろし、教壇の前にムリヤリ立たせ、「どうしてチョコもらったくせにもらったって正直に言わないんだーーッ!!」と言いながら、Q君の頬に何度も何度も執拗にビンタをくらわせ続けたのです。Q君が涙を流すまで。何が起こったのか全くわからなかった私たちは、ただただ殴られ続けるQ君を見ていました。

この心が凍りつくような「バレンタイン理不尽ビンタ事件」に遭遇した私は、小学6年生にしてしみじみ悟りました。

男の嫉妬は、コワイ

と。


「嫉妬」という字が「女」偏だからって、嫉妬は女のものだと思ったら大間違いです。男の嫉妬はコワイ。特に、モテない男の嫉妬はコワイ。私、子どもながらにそう思いました。美輪明宏なんか、「女よりも男のほうがずっと嫉妬深い」と断言してるくらいですからねー。

でも、たぶん、男と女では嫉妬の「種類(表れ方や対象)」が違うってだけで、そもそも人間自体が精神を野放しにしておくと、自然に嫉妬の感情が沸いてしまう生き物なんだと思います。過酷な条件のなかで、より良質の子孫を残しつつ生き抜いていかなければならないんですから、そりゃあそういう嫉妬のような「強烈な感情」を原動力にでもしないと、それこそ「まぁいいや」って言ってボーっと草だけハムハム食べてるしかなくなりますものね。


でも、話はズレますけど、「草食系」って言って草ばっかり食べてたとしても、「別にいいんじゃないの、肉食べなくたって生きていけるし」っていう気もするし、それでボーっと草食べてるうちにライオンに襲われて死んじゃったとしても、「まぁ、寿命より10年早く死んだとしたって、しょせんその10年なんか宇宙時間からしたら“まばたき”くらいの一瞬でしかないしなー」という気もします。私、ツライ目にあったり何かがうまくいかなったりする時は、結構そういう考え方を導入することが多いですね、「別に肉食べなくたって死ぬわけじゃないし」「宇宙的規模で考えたらどうってことないや」って。

最近増えてるらしい「草食系」な人々っていうのは、普段からそういう考え方をしているのではないでしょうか。傷ついたり大変な目に遭うことにすごく敏感で、いつも前もって予防線を引いて。「別にムリしてまでステーキ食べたいと思わないし、草食べてれば十分お腹いっぱいになるし」なんてサラっと言っちゃう。うん。そのとおりです。間違ってないです。でも、自分はステーキ食べたことないんだ、という事実だけはちゃんと自覚しておいたほうがいいとは思いますが。じゃないと、その自分の不足部分って、ある時何かをきっかけにして、突然、噴出したりすることがありますからね。そんな時は、もう自分でコントロール効かなくなりますからね〜〜って、それだからこそ人生って面白いんだわ、ってものですけど♪


閑話休題。そうそう、このX先生の後日談がありまして。その後、学校でバザーがあったんですね。収益金は恵まれない子供たちに寄付する、という趣旨のバザーで。生徒や先生方が、それぞれ商品となり得るレベルの不用品や使わない日用品、古本などを出品したのですが、そのX先生、何を出品したかって、なんと「自作のアニメ風イラスト原画」ですよ、しかも、松本零士とあだち充を足して2で割ったテイストの。そんなイラストを得意気に売る(しかも結構いい値をつけてた)X先生に、「絵うまいですね〜」なんておべっかを言う女子生徒、そして耳に飛び込んできた「オレ、絵だけは得意なんだよねー」というセリフ。私、その時まだ12歳のコドモでしたけど、もう何とも言えない痛々しさといたたまれなさに襲われて、その「自作のアニメ風イラスト原画(松本零士とあだち充を足して2で割ったテイスト)」が置かれたブースから一目散に逃げ去りましたね。……だけど。今思えば、そんなオモシロ絵、買っとけばよかったーー(笑)!!


そういえば、もうひとつ、バレンタインデーの記憶が、よみがえってきました。これも中学生の時ですが、1つ上のR先輩のママに「うちの子にチョコレートをあげてくれ」と人づてに頼まれまして。断りきれずに、何とも思ってないR先輩に、クラスの友達と一緒にチョコあげました、しかも人づてに(笑)。ちなみにさらにその後、再びR先輩のママから「うちの子が卒業する時に、第二ボタン&名札ももらってやってくれ」との依頼があり、またもやチョコの時と同じ友人と一緒に、何とも思ってないR先輩の第二ボタン&名札をもらうはめに。わざわざお家まで行き、お菓子までご馳走になり、しかもR先輩のママに「息子自慢」をえんえんと聞かされ…(ちなみに、その先輩、ママに“ナントカちゃん”とか呼ばれてた)。きっとR先輩自身も「もうどーでもいいんだけど」って思ってたのではないか、と。明らかに、あのとき一番喜んでたのは、R先輩でも私たちでもなく、「R先輩のママ」でした。子の心、親知らず、とはこのことです。ちなみに、R先輩のママにムリヤリ手に握らされた第二ボタン&名札は、翌月の掃除のときに何の躊躇もなく処分されました! しょうがないです! 


って、ホント、ロクな思い出がないな〜、バレンタインデーって。付き合ってる人にチョコレートあげるのはともかく、片思いの誰かにチョコレートをあげたことが無いので、ドキドキワクワクなバレンタイン体験がない。

あ、でも、そう言えば、中学生の時に好きだった先生の靴箱に、手紙と一緒にチョコレートを入れておく、なんてカワイイことをしたことがありました! キャー。手紙に差出人は書かなかったけど、バレバレだったかと。でも、かなり人気のある先生でした。今思えば20代後半くらいだったと思うんですが、中学女子にモテるって、どんな気分だっただろう(笑)。でもホント、中学生女子ってませてますから、クラスメイトの男子が皆コドモに見えちゃうんですよね。っていうか、ホントにクラスメイトの男子たちはすごいコドモだったんですよ……、だって「ビックリマンチョコ」シール集めに躍起になって「俺の△×○シールとっただろ!」「とってねーよ!」「このヤロー待てー!」「うわぁ〜!」なんてキャッキャ言いながら教室中を追いかけっこしてるような男子たちだったんだもん〜〜って、それって今思えば、かなり、カワイイ。ので、今なら逆にアリかもしれない……(えー)。



以上、バレンタインデー悲喜こもごも、でした。





もう14日過ぎてますけど、ヴァレンタインカードをアナタに…♪


 

【雑記】 最近、衝撃をうけた画像。耳なし芳一など。

2009.02.04 Wednesday



最近、「えー・・・」と思う画像が周囲からよく送られてくるので、ちょっとここでも紹介してみようかと思い立ちました。

だいたい、いつも暑苦しくてナガッタラしい文章ばかり書いて、自分でハードル上げすぎて更新しづらくなっている私じゃないのー。と、自分でも思うので、たまには短いエントリーでお許しください(っていうか、そのほうが、読むほうは楽だってば……)。





■その1。

知人T氏から送られてきた画像。






題して、「車内熟睡。

23時台の東急東横線は、こんなことになってるそうで……。撮影者によると、「倒れてるのか?!」と思いきや、「イビキかきながら寝返り」をうってたそうで、わりと混んでいた車内の誰もが、彼を起こそうとはしなかったそうです(そりゃそーか)。いや、たまにいますけどね、車内でスゴイ人って。でも、ここまで縦横無尽(?)に寝てる人は見たことないです私。





■その2。

妹から送られてきた画像。





題して、「電車の窓ガラスが割れた!

またもや電車ネタ。いや、ホントに、一昨日、日比谷線の窓ガラスが、トツゼン割れたんだそうです。そんなことって、あるんですかね?

妹曰く、「急にメリメリって音がして、すぐ立ったから助かったけど、ケガするとこだったー!」ってことでしたが……、「え? そんなんで済んだなんて、アナタ、スゴイデスネ」と、我が妹ながら思いましたよ。しかも、ソッコウ写メ撮るなんて。

私だったら、確実にガラスの破片を浴びて、血だらけになって、「やっぱり私って、そういう星の下に生まれてるんだ」なんて落ち込みつつも、「とは言うものの。おいしい自虐ネタ、ゲットー!」とばかりにキャッキャッして周囲に言いまわってるんだろーな、と(ウザい)。

えーと、教訓。「メリメリ」っていう音を聞き逃さないように、車内でヘッドフォンつけるの、なるべくやめましょう。





■その3。

博多のピアノ弾き嘆きシンガーソングライター、坪内佐智世さんから送られてきた画像。





題して、「とあるビジネスホテルにて。

これ、大阪にある「道頓堀ホテル」というフツーのビジネスホテルの、正面玄関だそうで……。大阪方面に詳しい方々の間ではたぶん有名な光景なんでしょうけど、私は全然そっちに詳しくないので大笑い。さっそくググってみたら、ありました。





世界四大民族の柱人形が皆様をお迎えします!!」  (阪急交通社サイトより)



だそうで。ああ、これって、四大民族を表してたんだ〜! へぇ〜〜! そっかそっか〜! ……っていうか何ていうか!!! よくわかりませんが、そのよくわからなさこそを正面きって狙って恥ずかしげもなく平然としているところが、大阪っぽい。

東京じゃありえないですよね。東京だと、「こういう臆面もなく面白いだろ?って狙ってくるものは、かえって恥ずかしい」みたいな捉え方しがちですもんね。でも、「じゃあオマエは面白いことできるのか?」と問われれば、「できません」みたいな(笑)。だったら面白いほうがいいんじゃないの? いや、でも自分が見えてない感じが恥ずかしくね? いや、それ見えてる上であえてやるんだって! だから、そのあえてやるっていうのがまた恥ずかしいんじゃんっ! ……みたいな、東西の自意識の在り方の戦いは、中学生の頭のなかのごとく(続く)。


で、このホテルの柱人形の裏側また、





このように意外と(っていうか、案の定)、ちゃちい……(笑)。写真を送ってくれた佐智世ねえさんが「コレって、『Dr.スランプ』に出てくるニコちゃん大王よね!」と仰ってましたけど、確かに〜。あはー。懐かしい。大好きでしたよ、ニコちゃん大王(と、その家来)。しかし、仕事の出張だっていうのにココに嬉々として泊まり、「この次も絶対ココに泊まる!」と誓う佐智世さんも素敵です(笑)。あ、ちなみに、『福岡モン』という雑誌での佐智世さんの連載エッセイが、面白いです! 全国から取り寄せ可。





■その4。

これは私が撮影したものですが。





ギャー!!! 耳ナシほういちー!!!!


ある意味、私のトラウマ怪談、耳なし芳一。しかも何がコワイって、この本、ある日突然、私のもとに送られてきたんですよ〜。

私はよくインターネットで古本を購入するのですが、ある日、橋本治の『笛吹童子 (痛快世界の冒険文学 7)』(講談社)という古本を注文したんですね。で、届いたと思ったら、その『笛吹童子』と一緒に出てきたのは、なぜか『耳なし芳一』!! ヒャッ!! ちょ、ちょっと〜〜、私、こんなの注文してないんですけど!! そう思って伝票を確認してみたところ、伝票に『耳なし芳一』はカウントされていない。ということは、古本屋さんが「おまけ」に入れてくれたのか? これって、もしや、善意?! だけどハッキリ言って、怖いよ……(涙目)。何も、よりによって、怪談『耳なし芳一』を入れてくれなくたって、いいんじゃないかなあ?! 

実は私、子どもの頃に、まさしくこのポプラ社の『耳なし芳一 (世界名作童話全集 41)』を読んでおり、かなり怖い思いをしていたんです。このお話、シンプルだけど、シンプルがゆえに、怖いですよねぇ。ご存知の方も多いと思いますけど、以下、カンタンにストーリーを説明。


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貧しくて目の見えない琵琶法師・芳一くんは、琵琶の名手。あまりに上手に『平家物語』を語るため、いつしか平家の亡霊にとりつかれ、挙句の果てには、墓場に連れて行かれて、そのまわりを人魂(ヒトダマ)にとり囲まれるまでになってしまいます(こわー)(でも、芳一は目が見えないので、そんなこととは気づいていない)。

芳一が亡霊にとりつかれていることを知った寺の和尚さんは、芳一の身を守るために、全身に『般若心経』を書き入れます(グッドアイディア!)。が、しかし、和尚さんは、芳一の耳にお経を書き入れるのを、ウッカリ忘れてしまうのでした(嗚呼)。

その晩、またもや芳一を迎えにきた平家の亡霊。亡霊は、お経の書かれていない芳一の両耳だけをつかみ、引きちぎった! ギャーッ! 痛ーッ! やがて亡霊は去りますが、血まみれの芳一に気がついた和尚さん、「かわいそうに。わしの ひどい てぬかりだった」と、謝罪。だけど芳一は、“平家の亡霊にみこまれるほど上手に琵琶を語る人”ということで有名になり、耳がないので「耳なし芳一」と呼ばれるも、ハッピーに暮らしました!

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という話。ところで、このポプラ社バージョンでの和尚さんの、耳をもがれて泣き叫ぶ芳一くんにかけるお言葉が、かなりポップでして。

そこ(←耳)のところは、こぞうに まかせたのが いけなかった。わしが わるかった。だが、すんだことは しかたがない

って(笑)。芳一くん、もともと目が見えないうえに、耳まで無くなっちゃったっていうのに、この軽いノリ。「オレだけがわるいんじゃないし」「ま、どうなったって生きていけるでしょ」と言わんばかり。

でも、これですよ。この精神! ああ、私も、何が起こってもこのくらいのノリでいきたいものです。何かあっても、いちいち「ああ、私が悪いんだ……」と自己嫌悪に陥るのではなく、「あれは、コゾウ(他人)がいけなかった」と責任をうまく回避し、いちいち「ああ、あんなことさえしなければ……」と後悔の念にさいなまれるのではなく、「すんだことはしかたがない」と開き直る。そのくらいのノリで生きていかないと、ホント、身がもたないですよね。人生30年くらいで終わりになるんならともかく、それ以上もずっと生きていくとなると(笑)。たとえ悪気はなくても、そのくらい周囲に迷惑をかけてる日々ですから(皆さまごめんなさい)。

というわけで、望んでもいないのにウチのポストに届けられた『耳なし芳一』。何十年かぶりに再読した私、期せずして、和尚さんのお言葉に異様な勇気をもらったのでした。……コレって、溺れる者は藁をもつかむ、ってヤツ? うん。私も、何があってもめげないで生きよう。がんばります(笑)。


くどいけど。今日の名言。

そこのところは、こぞうに まかせたのが いけなかった

だが、すんだことは しかたがない
(自分の手抜かりで若い琵琶法師の両耳がもげてしまった件についての、和尚の言葉)




おまけ。
こんな「耳なし芳一」も、オススメです♪ 




丸尾末広 『DDT 僕、耳なし芳一です





って、、、また長くなってしまいました……(結局)。

 

【雑記】  またもや変更!! 「横尾忠則 “少年”の心得」放送時間変更のお知らせ  〜もしくは、国会中継について

2009.01.09 Friday


昨日お知らせした(こちら)、「横尾忠則 “少年”の心得」(全4回)の再々放送が、またもや変更されてしまいました!! 原因はアレですよー、国会中継

思いおこせば、お正月のエントリー(こちら)で書いた放映スケジュールも決して間違えてなかったはずなのに、ルンルン気分で録画映像を見ようとしたら……映ってるのは「背広(スーツじゃなく)姿のおじさまたちの言い合い風景」。あれ〜? 私、そんなマニアックな趣味あったっけ? と頭をひねったわけですが、超そそっかしいウッカリ者の私なので、「また間違えちゃったのかも」と思いつつネットの番組表を見ると、どうやら延期された様子。今度こそ、と思って、さっきまた録画映像を見ようとしたら……またもや映ってるのは「背広(スーツじゃなく)姿のおじさまたちの言い合い風景」じゃないですかー! もー! 私、背広(スーツじゃなく)マニアじゃないからー! どっちかというと、ジャージとかパーカとかTシャツとかスニーカーとか希望ーーー!!!(泣)


というわけで、今度こそ、大丈夫だと思います……って、また国会中継入ったらすいません(一応、ここの最新の放送予定ページでご確認くださいませ)。



◆「知るを楽しむ」内「人生の歩き方」シリーズ  「横尾忠則 “少年”の心得」(全4回)

1月13日(火) 10:05〜10:30 (NHK総合)
第1回「他人まかせ の巻」

1月14日(水) 10:05〜10:30 (NHK総合)
第2回「死を考える の巻」

1月15日(木) 10:05〜10:30 (NHK総合)
第3回「自由を求めて の巻」

1月16日(金) 10:05〜10:30 (NHK総合)
第4回「老いて少年へ の巻」



望んだわけでもないのに、録画してしまった国会中継。望んだわけでもないのに、生まれてしまった赤子のような……。望まれずして生まれたこの子も、何かの縁なのかもしれない……。そう思ってチラっと見てみたんですが、んー。なんていうか、「麻生首相を小バカにする会」みたいで、見ていて不愉快というか何と言うか。いや、別に麻生首相が可哀想だ、っていう話じゃないですよ。小バカにされても、ニヤニヤ笑ってる麻生首相、ある意味で楽しそうに見えましたし。……そうじゃなくて、言いたいのは、「それが国会でとりあげるメインテーマか? 人の税金使って、何やってんのよ?」です。

何ていうか、いつも「本質」が棚上げされてるっていうか、「瑣末」ばかりを俎上に上げてるっていうか。なーんて言うと、「キミたち庶民にはわからないかもしれないけれども、本質は表に出すものではないのだよ、本質は裏でよろしく、っていうのが大昔からのニッポンの貴族のやり方なのだよ」って言われそうですね。

まーね、確かに、平安時代とか江戸時代とか、そうでしたね。じゃあさ、だったら、もう国会とかやらなくてもいいんじゃない? そうすれば、「本質は表に決して出さずに、裏でよろしくやってる」ってことが庶民にも周知の事実となって、「なーんだ、そっか」ってことになって、庶民の精神衛生上よろしいんじゃないの。予約録画の失敗もないしね。

なんて、風邪ひいて具合悪いっていうのに、そんなことを考えた私でした。にしても、やっぱり麻生首相って、首相の器じゃないのは当然ですけど、でもあの容貌や声なんかも含めて、もの凄い「キャラが立って」ますよねぇ。何ていうか、「好きー」とか「大嫌いッ!」とか「何なのこの人?」とか、人に何かしらの感情を喚起させる力があるよなぁ、としみじみ思った私でした。意外と、国会中継って面白いかも……(もっと時間短ければねー)。



◆トップの画像は、懐かしの1991年の「STUDIO VOICE」。17年前。
 って、そんな大昔になるとは……私って今、何歳?
 イラストはもちろん、横尾忠則えがく藤純子(富司純子)でしょ〜!!!
 大ファン。先日、トークショウでナマ藤純子さんを拝見しました!
 60を過ぎてらっしゃるけど、超・綺麗で可愛くて色っぽかったーー!
 会場にいた男性は老いも若きも「ポ〜〜ッ」となってました(笑)。
 年齢を重ねても綺麗で可愛くて色っぽくあることは可能なんだ〜
 と、本当に思いましたよ(涙)。
 こういう人が存在するということじたいが、日本の宝。
 そういえば、夫の尾上菊五郎(7代目)は人間国宝ですけど、
 妻のほうこそ人間国宝なんじゃないか?! 
 というこの件については、また改めて書きたいと思います♪

 

【雑記】  「横尾忠則 “少年”の心得」放送時間変更のお知らせ

2009.01.08 Thursday

先日、お正月エントリー(こちら)で、「知るを楽しむ」のなかの「人生の歩き方」シリーズで、「横尾忠則 “少年”の心得」(全4回)が再々放送されます〜! ということを書きましたが、その放送時間が変更になりました! って、なぜ私がそんなことをお知らせしてるんだ? という気もするのですが……、あの、もしかして一人くらい録画予約した方がいらっしゃるかもしれないので、告知しておきたいと思います〜(笑)。
(左画像は、1971年発行の『横尾忠則全集』)


1月9日(金) 10:05〜10:30  (NHK総合)
第1回 「他人まかせ の巻」

1月13日(火) 10:05〜10:30 (NHK総合)
第2回 「死を考える の巻」

1月14日(水) 10:05〜10:30 (NHK総合)
第3回 「自由を求めて の巻」

1月15日(木) 10:05〜10:30 (NHK総合)
第4回 「老いて少年へ の巻」


先日もチラっと書きましたが、私、この録画映像をコダカナナホさんの新居で、引越し祝いのシャンパンを飲みながら見せてもらったんですけど、ホントに面白くて〜! 横尾先生がどれだけ天然キングかについては、私も去年、「『ぼくは閃きを味方に生きてきた』横尾忠則 〜または、夢と天使と霊界。」で書きましたけど、天然……っていうより、ただただ、純粋なんですね。もう、子どものようにピュア、なんです(あ、純粋とかピュアっていうことは、単なる成長していないコドモであることや本質的にバカであることと決してイコールではありませんので……あの、間違われやすいので念のため)。

おはぎ事件」っていうのがありまして、詳しく説明しますとですね、横尾先生が若い頃に勤めていた会社で「おはぎ(もち米にあんこをまぶしたお団子)」のさし入れか何かがあって、あとで食べようと思ってたかなんかだったんだけど、横尾先生がふと気づくとおはぎが見当たらない。「アレ、俺のは?」そう問われた同僚たちが「あ、ごめん、食べちゃった」と答えたとたん、横尾先生、その場で号泣したそうです……(笑)。そのエピソードを語る横尾先生、マジメな顔で、「もう、涙が飛び出してきた、という感じでした」、だって(笑)。

しかも横尾先生ってば、今年72歳になるというのに、少年のような顔をしてるんですよ〜〜。思わず、「カワイイ〜〜〜〜!!!!」って叫んでしまいましたもん。ホント失礼なこと言ってるかもしれませんが、心から尊敬している上での発言です。

超売れっ子グラフィックデザイナーだったとき、突然「画家宣言」してデザイナーを廃業。すると、あんなに売れっ子だったのにピタッと仕事が来なくなり、自分でも「画家宣言」したものの、何かをデザインするということとは違う、自分の作品をつくるということの困難に改めて直面し、苦悩する日々。デザインには、与えられた素材をカッコよく見せるという、ある意味で明確な目的があった。でも、絵は違う。カッコよく描くのが目的ではない。自分の目的は? 一体、自分は何を描けばいいのだろう?! 本当に苦しい日々が続いたようです。

私、横尾先生は生まれつき天然で、自然と、「宇宙」や「夢」や「天使」や「波動」からメッセージを得て(→詳しいことを知りたい方はこちらをご覧ください)、「滝」とか「Y字路」とか描いてきたのかと思ってました……。でもやっぱり、どんなに才能のある人だって、そんなラクして片手間に何かがつくれるわけがない。そうやって自分を追い込んで、自分の孤独と向き合って、呻吟しない限り、誰かの心を揺さぶるようなものなんてつくれるわけがないのですよね(あ、でも無難な普通のものだったら、そんな呻吟しなくてもいいと思いますけど笑。そういうモノもこの世には必要ですから)。

以前も書きましたけど(こちら)、2007年暮れの横尾先生の日記には、こんな一文がありました。

「さあ今年も間もなく閉じる。アトリエだけは開いている。年末年始は超孤独状態だ。この状態が一番好きだ。孤独に耐えられない者は創造に向いていない人だろうね。話相手は自分だからだ。

私の知っている限り、何かを本当の意味でつくり出す人というのは、異常に孤独に強い人たちです(その反動で、寂しがりやな人も多いですが。でも、それ以外の時間はみなさん、ほぼ超孤独状態で過ごしていらっしゃいます。というか、寂しい寂しいと言いながらもものすごい孤独を愛していらっしゃいます。いや、ホントに)。そんな孤独を愛し、自分を愛し、世界を愛し、宇宙を愛し、「」や「Y字路」や「おはぎ」をも愛する横尾先生のインタビュー、どんな人も見ればきっと、勇気が沸いてくるに違いありません!!

ので、ぜひぜひ、見てみてくださいね!



◆「ほぼ日刊イトイ新聞」内「Y字路談義
 横尾×糸井の対談に、タモリまで登場! Y字路ゴージャス対談(笑)。

 とか言って話は脱線しまくりで、
 怨霊より美輪さんの生霊のほうがスゴイっていう話とか(笑)、
 横尾先生が素人の映画賞の審査員をやって
 受賞者に表彰状を渡すときに、泣いちゃって泣いちゃって、
 しばらくずっと泣いてたらしいけど、別に感動したとかじゃくて、
 「受賞者なんて他人だからどうでもいい、単に、感情と生理が違うだけ」
 と言い切ったり、 横尾先生、やっぱりスゴイ。。。
 ちなみに、Y字路にはちょっと飽きてきてるっぽいです(笑)。

◆「YOKOO'S VISION
 横尾先生の日記。かなりマメに更新されていらっしゃいます!
 
◆「TADANORI YOKOO OFFICIAL SITE

 

【雑記】 あけましておめでとうございます!  〜または、初春必見TV番組リスト

2009.01.01 Thursday



あけましておめでとうございます…!

昨年お世話になった皆様、本当にありがとうございました!! 今年もおそらく昨年以上に妄想と現実のあはひを突進したいと願っている所存です。ので、又更なるご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、生暖かく笑っていただけたらとても嬉しいです。2009年も昨年以上に狂った素敵な年になりますように…♪

ナギ




◆新春必見TV番組はこちら!

【1月1日(木)】
14:00〜15:00 「新春桧舞台」(NHK教育)
市川団十郎と長女の市川ぼたんによる舞踊「京人形」、尾上松緑による舞踊「三升猿曲舞」、花柳寿南海による舞踊「梅の春」ほか、一流の踊り手による日本舞踊映像集。


【1月2日(金)】
14:00〜15:00 「新春桧舞台」(NHK教育)
中村富十郎と長男の中村鷹之資による舞踊「鳥羽絵」ほか。

19:00〜22:00 「大歌舞伎・初春のにぎわい」(NHK教育)
歌舞伎座改築を発表する特別な儀式「古式顔寄せ手打ち式」、尾上菊五郎・中村富十郎・中村芝翫らによる舞踊「船弁慶」のほか、若くして亡くなった美貌の役者11代目市川團十郎(現團十郎の父親)、17代目勘三郎(現勘三郎の父親)、故・歌右衛門などの貴重な映像も放映予定!

22:00〜翌01:20 「知るを楽しむ選 この人この世界  〜瀬戸内寂聴 源氏物語の男君たち」(NHK教育)
寂聴先生、尊敬しております。ので、必見!


【1月3日(土)】
7:20〜8:00(40分) 「美の壺 〜江戸の美スペシャル」(NHK総合)
江戸の美特集。簪や櫛、半纏、金魚、寿司など。

8:00〜9:50 「ハイビジョン特集 〜決定版 きもの大百科」(BS2)

10:00〜11:50 「ハイビジョン特集 〜京都 茶の湯大百科」(BS2)
利休の美意識、千家に継がれた伝統・茶道具の美、職人の技など。

12:15〜16:25(250分)「初春歌舞伎公演」(BS2)
国立劇場の歌舞伎公演を初日に生放送。
四世鶴屋南北&二世瀬川如皐による「双蝶々曲輪日記」の書替狂言「蟠ケ霖臘(いきじくらべはでななかちょう)」、中村芝翫による筝曲の舞踊「十返りの松」など。


【1月4日(日)】
8:00〜9:50(110分)「ハイビジョン特集「日本 庭の物語」 〜江戸大名庭園から未来の庭へ」(BS2)
日本庭園の歴史的・文化的背景など。

21:30〜22:19 「NHKスペシャル 〜桂離宮 知られざる月の館」(NHK総合)
「日本美の極致」と讃えられる桂離宮。建物内を公開していない桂離宮ですので、必見です!

23:30〜翌00:15 「芸能花舞台 〜舞踊・長唄“小袖曽我”」(NHK教育)
花柳壽輔・藤間紫らによる舞踊「小袖曽我」。
 

【1月5日(月)】
1:45〜2:15 「Begin Japanology」(NHK総合)
中学生時代の私の憧れのひと、ピーター・バラカンによる日本学(ジャパノロジー)番組。英語放送ですが、日本について深くつっこんでいてとても勉強になります。

13:00〜14:46 映画「浪花の恋の物語」(BS2)
近松門左衛門の心中もの『冥途の飛脚』(梅川&忠兵衛)の映画化。巨匠・内田吐夢が監督。当時大スターだった中村錦之助&有馬稲子が競演し、映画と同じように恋に落ちたふたりは結婚。後に離婚。


【1月6日(火)】
13:00〜14:34 映画『修羅八荒』(BS2)
佐々木康が監督、市川右太衛門、大川橋蔵、大河内傳次郎などのオールスター出演。行友李風原作の娯楽時代劇。 

21:00〜23:00 「ETV50 教育テレビの逆襲 〜よみがえる巨匠のコトバ」(NHK教育)
思想・文学・科学・芸術の巨匠たちの貴重な言葉集。司会は爆笑問題。


【1月7日(水) 】
13:00〜14:35 映画『血槍富士』(BS2)
巨匠・内田吐夢監督の戦後第一作品。溝口健二、小津安二郎、清水宏、伊藤大輔という豪華メンバーの企画協力で13年ぶりにカムバックをしたという超傑作時代劇! 必見! 通称「御大(おんたい)」片岡千恵蔵の、顔が大きいところが素晴らしいと思います!


【1月8日(木)】
10:05〜10:30 「知るを楽しむ選 人生の歩き方 〜横尾忠則“少年”の心得」(NHK総合)
続く9(金)、12(月)、13(火)の全4回放送予定。第1回は、「他人まかせの巻」。
大好き横尾先生の可愛いインタビュー満載。先日、友達のおうちで録画映像を見て悶絶したシリーズの、再放送。おはぎ事件とか、最高!

13:00〜14:40 映画『風雲将棋谷』(BS2)
松田定次が監督。松田定次が主演。おどろおどろしい時代小説をたくさん書いた作家角田喜久雄の同名伝奇小説の映画化。


 

【雑記】 言葉と感情とのステキな関係。 〜クリスマス・イヴにひとりでいる貴方へ

2008.12.24 Wednesday

メリー・クリスマス! 今年の私は、クリスマスムード満点のカフェで、厭世的な「憂き世」と享楽的な「浮き世」を両立させた日本人の人生観について仏教哲学方面からアプローチした本、『「うき世」の思想』(橋本峰雄・著 講談社現代新書)をひとり読みふけっていました。なんて書くと、「みんなとは違う自分アピール」みたいでアレですけど、そんなつもりは全然なくて、年末でバタバタしてるうちにホントに忘れてたんですよ…イヴとかそういうの。っていうか、昨日が祝日だったので、一昨日の真夜中に六本木で飲んで踊って遊んだので、まーいいかぁ、みたいな感じです。

カフェを出た後、クリスマスムード満点の商店街にあるレンタルビデオ屋にフラッと寄ったのですが、なんですかね、レンタルビデオ屋までがクリスマスムード満点で。巨大サンタに見守られ、クリスマスソングが激しく鳴り響く空間にいるうちに、だんだん「クリスマス・イヴにひとり寂しく恋愛映画とか観る女キャラ」を押し付けられているような気に勝手になり、「いやいや私、そういうの全然カンケーないから!」と自分のなかで勝手に言いわけをし、ふと同じラブストーリー・コーナーにつっ立ってた男の人と目が合って「いやいや私、別にもの欲しそうな顔なんかしてないから〜」と自分のなかで勝手に恥ずかしくなり、ホラー・コーナーに立てば、そこでイチャついてるカップルの女子と目が合い「いやいや私、別にカワイソーな子ってわけじゃなくて単に楳図かずお作品実写映画を見たいだけなのよ〜」と自分のなかで勝手に主張したりして、メンドーなヤツ。でもそれ、全部、妄想だから…(笑)。

でもこれほどまでに、人って、妄想といつも一緒に生きてるんだなぁ、と改めて思いました。ま、こういう妄想っていうのは、亡霊みたいなもので。この亡霊の正体は、以前に自分が接した他人でしかないのです、結局のところ。直接的にしろ、間接的にしろ。そんな他人は、自分とは関係のないヤツらである場合がほとんどなので、「うるせー黙れ」と、私はそうした亡霊をいちいち祓って生きる日々です。メンドーではありますけど、でもこういう亡霊はいちいちお祓いしておかないと、いつの間にかとりつかれて人生が台無しになりますから。意外と大切です。

そんな亡霊にとりつかれてしまうと、本気で、クリスマスをひとりで過ごす私は不幸、と思いこむはめになります。クリスマスだけならまだしも、彼氏(彼女)がいない私は不幸、結婚していない私は不幸、親友がいない私は不幸、恋をしていない私は不幸、やりがいのある仕事に就いてない私は不幸、ブランドものをもっていない私は不幸、持ち家のない私は不幸、子どもが有名大学に入らなかった私は不幸、旦那が出世しない私は不幸、料理下手な妻をもった私は不幸、などなどいろんな亡霊がいますから。気をつけないといけませんよね。

亡霊にとりつかれる構図は、以下のとおり。たとえば、雑誌に「クリスマス・イヴにひとりじゃ寂しいよね!」と書いてあるのを読んだとします。特にハッキリと「それは違う!!!」というような反論がなければ、とりあえず人は「そういうもの」としてそれをストックします。すると、「クリスマス・イヴにひとり=寂しい人」という前提が自分のなかに自然と成立してしまいます。そしてたまたまクリスマス・イヴにひとりになると、「クリスマス・イヴにひとりでいる人は寂しいってことになってたよな」と思い出し、本人は特に寂しくもなんともないはずなのに、「世の中的に寂しい人だということになっている自分」を哀れむ気持ちが湧いてきて、「なんて可哀想な私だろう!」ってことになって、結局「クリスマス・イヴにひとりでいる自分は寂しい」に安易に落ち着いてしまうんですよねー。それは、クリスマス・イヴだけじゃなくて、ほかのことにおいても同じで。

だから、「私って不幸…」ってふと思ってしまったら、「それってホントに不幸なの? 亡霊のしわざじゃないの?」と、必ず自問自答するようにしたいものです(でも、「私って不幸…」って思うのが好きっていうなら、別にいいと思いますけど。「不幸をむさぼる快楽」っていうのも、確実にありますから)。



そう考えると、言葉というのは、大きな力をもっているのだな、とつくづく思うのです。先に感情があって、それが自然と言葉になる、というわけでは決してない。どちらが先というようなものでもないと思いますが、でも、モヤモヤとした感情に、言葉という形が与えられて初めて、ハッキリとした感情が沸く、ということが確実にある。上記の例で言えば、「クリスマス・イヴにひとりじゃ寂しいよね!」という言葉が与えられることによって、特に寂しくもないのに寂しい気がしてきてしまうとか、「恋人がいないなんて寂しいよね」と言われることによって、特に寂しくもないのに寂しい気がしてきてしまうとか。よく考えたら、「えー。もっと自分の感情をちゃんと把握したほうがいいんじゃない〜? それは単なる他人の言葉だよ?」と思わなくもないのですが、でもだからこそ、広告やCMっていうものがあって、コピーライターという職業もあるし、念仏や祈りの言葉、挨拶や謝罪の言葉もあるわけで。



自分のなかに、ハッキリした形をもたないモヤモヤとした感情があったとして、その自分の感情がどういうものなのか明確に判断するには、あるていどの技術や訓練が必要なのかもしれません。そこで必要不可欠になってくるのが、言葉です。言葉をうまく使いこなせないと、どうしてもうまく自分の感情を把握できなくて、いつの間にか他人の言葉に振り回されてしまう。だから、国語・言語の教育ってとても大切だと思うのですが(まぁ、他人の言葉によって牽引される人生も、ある意味でラクで楽しいものかもしれませんけど)。

この心のなかのモヤモヤとした感情に、きちんと言葉を与えてあげるということは、「ゼリー状のスライムのようなもの」に、「クッキー型のような型」を当てて形を与えてあげるようなもの。これが、意外と難しいんですよね…。私はとても苦手です。というか、言葉を与えてあげるまでに、とても時間がかかってしまうのです。たとえば、ある人と出会うとします。そこで、「この人は自分と同じような感覚をもってる気がする」とか、「この人何となくヘンだな」とか思ったとしても、そこで生じた感情というのは、まだまだ一面的な判断でしかありません。この判断保留状態が、私の場合、意外と長いのです。もちろん、すぐに保留状態がはずれることもよくありますが、1年以上かかることも多い。よく「第一印象という直感は正しい」って言いますけど、私は自分が自己中心的でワガママな人間だとよーくわかっているので、「そんな自己中心的でワガママな自分の直感を信用していいのか?!」と、生マジメにも思ってしまうのです。

でも最近、「しょせん自分は自己中心的でワガママでしかないのなら、そのうえで判断するしかないんじゃないの? 中立な立場から判断したとしても、どうせ現実に生きるのは自分なんだから」とちょっと思うようになりました。つまり、「いい人ぶるのはやめろ」ということです(笑)。

これは実際体験したことですが、私を傷けるような言葉を、平気で投げてくる人がいました。中立的な立場から言えば、その人は全く悪気はないし悪人でもありませんでした。でも、私の自己中心的でワガママな立場から言えば、その人の発言は、私にとって害悪以外の何ものでもなかったのです。だって実際に、その人の言葉に私はひどく傷ついていたんだもの。私はこの人のことを「嫌い」になりたくなかったので、そういうことは言わないで欲しいと言い続けていたのですが、ある時また同じように傷つけられたことに耐えられなくなり、そのモヤモヤした保留状態に、とうとう「嫌い」という言葉を与えてしまいました。すると、その言葉を与えたとたん、ゼリー状のようだった気持ちが「嫌い」というハッキリとした形に収斂し、そのことによって、以前以上に心のなかがスッキリと整理され、大掃除のあとのような清清しい気もちになってきたではないですか! そのおかげで、気もちが軽くなり、自分に自信も沸いてきて、おまけに不思議なことに、その私を傷つけた人のことなど「嫌い」でも何でもなくなってしまったのです。そう、「嫌い」のさらなる上位段階、「どーでもいい」にサッサと昇華したのです(笑)! やったー! さらに言えば、その大掃除のきっかけをくれたその人に、感謝の気もちまで沸いてくる始末(笑)。

言葉という形が与えられて、初めてハッキリとした感情となり、その結果、状況が変化するって、こういうことなのですね。私、「嫌い」っていう状態は、好きではないのです。そういうマイナスの感情は、なるべく心のなかに置いておきたくない。なぜなら、マイナスの感情はとても重くて、精神的負荷がものすごくかかるから。単純に、自分が苦しいんです。

ちなみに、「嫌い」と同じくらい精神的負荷がかかるのが、「好き」です。でも、「好き」の精神的負荷は、高揚する方向への負荷ですから、それは基本的に人にとって良い負荷となるでしょう。良い意味でのプレッシャーのような。あ、これは何度も経験がありますが、ある人に何となく好意をもっていて、あるとき「この人、好き!」という言葉を自分のなかで与えてしまうと、本当に「好き」という感情がどんどん沸いてくるものですよね。それは、人だけじゃなくて、モノゴトに対しても同じ。いったん「好き!」と思うと、膨大な時間と金銭とエネルギーを費やすはめになる。のめりこみやすいので(笑)。でも、それでこそ生きていて楽しいというもの。だからなるべく、いろいろな人やいろいろなモノゴトに、「好き」という言葉をまずは与えたい、そう思ってる私です。

そんなわけなので、「いい人ぶるのはやめろ」と自分で辟易することもあり、たぶん、周囲の人々も薄々そう感じてるんでしょう。最近、「発言がテキトーだよね…」と言われることが多くなってきました(笑)。バレてる…。いやいや、テキトーなんじゃなくて、まずはすべてを受け入れて、モノゴトの可能性を探りたいのだ、これは私の精神的な実験なのだ! と、この場で述べておきたいと思います♪ (ま、ほどほどにね…)







          「メリィ・クリスマス♪」


ベティ・ペイジ(Bettie Page)
  1950年代の裏マリリン・モンローこと、ボンデージ・クィーン。
  つい先日の12月11日、心臓発作で亡くなりました(→こちら)。
  ホント、このクリスマスサンタのベティ・ペイジは、可愛い!

  動いているベティ・ペイジを見たい方は、
  アーヴィング・クロウの『Teaserama』 (1955年) をどうぞ。
  ↓↓↓











 

【雑記】 サイケデリックな国、日本。  〜イルミネーションがスゴイことになってきていることなど。

2008.12.13 Saturday

年々、都内のイルミネーションがスゴイことになってきていますね。

先日、仕事の打ち合わせで汐留にいったら、雅楽師東儀秀樹氏がプロデュースしたという真っ青なイルミネーションの山が出現(→カレッタ汐留)。さらにそのあと、最近お知り合いになった編集者さんに誘っていただいたお笑いライヴ「漫才バカ一代」を見に後楽園に行ったら、ここでもまた物凄いイルミネーションの回廊や物体が出現(→後楽園ラクーア)。

皆さんここでイルミネーションを眺めながら、愛をささやき合ったり、はたまたプロポーズしちゃったりするんでしょうか? (って、別に皮肉とか揶揄じゃないですよだってそうHPに書いてあったんだもん) だけどこれらのイルミネーション、あまりにも光量がもの凄すぎて、ロマンティックな雰囲気っていうよりも、サイケデリックでクレイジーな雰囲気しか感じとれませんでしたが(←ちなみに褒め言葉)。そんなイルミネーションの加熱っぷりを眺めながら、「景気が低迷したりして社会が停滞すると、人はサイケデリックの方向に向かうんだなー」と、ロマンティックとは程遠すぎる解釈をした私でした。

だって、何とか、自分をアゲていかなきゃいけないですもんね。もう「癒し」とかいう生ぬるい対処法じゃ間に合わないってことを、誰もがわかっている今。世の中では、バキバキッとキメられる興奮剤が求められているのかな、と(合法的に)。とにかく、即効性のある刺激を、ってことなのかな、と。


そう考えると、唐突ですけど、麻生氏が総理になった理由もよくわかるような気がするのです。「どうせ誰がなったって同じなんだから、半分眠ってるようなのとか、皮肉屋の学級委員長みたいなのよりも、バキバキッとした刺激や興奮をくれそうな人のほうがいいんじゃない?」って、そう思いますよね。私だってそう思いましたもん。確かに、
「踏襲(とうしゅう)」→「ふしゅう」
「有無(うむ)」→「ゆうむ」
「未曾有(みぞう)」→「みぞゆう」
「頻繁(ひんぱん)」→「はんざつ」
「怪我(けが)」→「かいが」
と読んじゃうような「KYっぷり(KY=漢字読めない)」は、興奮剤としてはなはだ品質が落ちますけど、でも「え! マジで?!」という驚きはくれました。ただ残念ながら、興奮剤の効果というのはとても短いのです。イルミネーションだって、期間限定だから効くんであって。

でもよく考えたら、「首相なんて、誰がなったって同じ」っていう状況にありながらも、一応は先進国でいられる国って、それって結構スゴイことですよね? 良い意味でも悪い意味でも、スゴイ。政治のことや海外の情勢のことなどよくわからない私ですが、今年TVでしばしば取り上げられていたオバマ次期大統領候補の演説や、それに対するアメリカ国民の真剣な盛り上がりを目にするたびに、「首相なんて、誰がなったって同じ」「それよりもバキバキにキマる興奮剤くれ!!」と言わんばかりの人々が楽しそうに暮らしている日本という国のスゴさというものを、逆にしみじみと感じさせられました。

そういえば、他国の大統領選挙だというのに、「読み」が同じというだけでオバマ氏を応援していた市がありましたよね。あれも結局、他国の大統領選挙を一種の興奮剤にして、盛り上がって楽しんでいたんだと思うのです(もちろん知名度アップとかいろいろあるでしょうけど)。そう、他国の宗教で自分とは全然関係ないのに「クリスマスだからイルミネーション見てパーティやってプレゼント交換して盛り上がっちゃおう!」っていうのと同じように。その頂点ともいえるのが、あれです。オバマ氏が次期大統領に決定したときの、「オバマ候補を勝手に応援する会」の局長さんの言葉。度肝を抜かれました。何て言ったかって、

「わたしたちの努力が報われた」

ですよ。日本人って、スゴイ。本当に、心からそう思いました。こんなスゴすぎること、日本以外のどこの国の人が言えるでしょうか? アメリカ人もフランス人もイタリア人もギリシャ人も中国人も韓国人ロシア人も、どの国の人も言えませんよね、絶対。


そう考えると、日本って、思いっきり「サイケデリック志向の国」なんだなぁと思うのです。物事の本質を追求したり、何かの目的のために論理的に議論したり、建設的に思考したりということよりも、今この瞬間の快楽に身を任せて酩酊することのほうが大切、っていう。

でもこれって、今に始まったことではないのかも。別に、世の中が不景気だからとか社会が低迷しているから、っていうことではないのかもしれません。だって、日本は昔から、自分たちが「今」「ここで」楽しくハッピーに興奮できるものがあるなら、それで盛り上がっちゃおうよー! っていう考え方をしてきたんですものね。クリスマスしかり、バレンタインしかり、ハロウィーンしかり。

日本のものだと思われているようなものだって、ちょっと調べてみれば、中国や朝鮮半島伝来のものだったりしますよね。たとえば、宗教というものは、本来、人間の欲望・煩悩を律するためのものであるはず。なのに日本に輸入されちゃうと、逆に自分たちが楽しむためのものに変わってしまったりする。中国からやってきて鎌倉時代に庶民にも普及した仏教も、仏教の行事である盂蘭盆会と、当時大流行していた踊りがミックスされて「盆踊り」になってしまうし、そうした宗教行事の日はなぜか無礼講となって、夜這いでも何でもアリになっちゃったりする。日本古来の神道も、やっぱり人々が楽しむためのものとして機能していて、江戸時代に大流行した「伊勢詣で」(伊勢神宮への参詣旅行)でも、そのついでに廓や岡場所で女遊びしたり、美味しいもの食べたり、お土産買ったり、っていうほうがむしろメインだったりして。

快楽追求型。そう考えると、日本って、いい国ですよね。サイケデリックな国、日本。そんな日本に生まれて、良かったです。ま、これがいつまで持つかは、私にはわかりませんが……。でも、本当に危機が訪れたときは、それはそれで明確な使命をもった人が現れるでしょう(明治維新のときのように)。明確な使命をもった人が現れなければ、自滅するでしょう(太平洋戦争敗戦のときのように)。ただ、ひとつ言えるのは、そうした危機をうまく乗り切るための最低条件として、さまざまな価値観が共存している社会である、ということが挙げられるのではないでしょうか。だって、どういう種類の危機が訪れるかなんてわかりませんから。だからなるべく、さまざまな価値観をほどほどに温存しておくことが、柔軟な対応を用意する最良の方策なのではないかと思うのです。海外の属国になることなく明治維新を成功させることができたのも、それまで主流ではなかった傍流の人々の活躍によってですものね(どちらが良い悪いではなく、たまたまそうなっただけのことですが)。だから結局、「みんな同じ価値観」という状態が、最も危険な状態、と言えるのではないかと。そんなことを考えたりしました。


そんなわけですが、私は特にイルミネーションをわざわざ見に行く習慣はありませんが、でも「どうせ誰がやっても変わらないなら、麻生氏が首相でいいんじゃないの?」って思ってたくらいには、私もフツーの「興奮剤求む」な日本人。なので、とりあえず、サイケデリックでいられるうちはサイケデリックでいたいな、と思っております。とりあえず今夜は、ビール(キリン)と、坂田藤十郎出演の『本朝廿四孝』「奥庭の場」の録画DVDで、アゲていこうかと思ってます♪ (坂田藤十郎の『本朝廿四孝』「奥庭の場」でかなりアガれる自分に、近頃ビックリです)



◆「漫才バカ一代
  関東の若手芸人たちによる漫才ライヴ。
  レギュラーは、米粒写経東京ペールワンU字工事、ペイパービュウ、西麻布ヒルズ。
  個人的には、ナイツエルシャラカーニペイパービュウ西麻布ヒルズ
  が最高に面白かったです〜!
  ナイツとU字工事は、M-1決勝にも出場するそうなので、絶対見なきゃ!

◆「M-1グランプリ2008」(テレ朝)
  12/21(日) 18:30より放映予定。





 

【雑記】 自分とは、方向性である。 〜または、コダカナナホさんの素敵イラスト♪

2008.12.09 Tuesday

現在、右腕が上がりません。昨日、三軒茶屋じゃなかった池尻大橋(この2つの駅ってすぐ間違える)の駅の下り階段で、8cmハイヒールをひっかけて、長い髪の毛をバサーーっと前方に投げ出す貞子スタイルで、落下。スネを打ち、爪ははがれ、買ったばかりのシャープペンシルも紛失。しかもそういうときに限って、蛍光イエローのかなり派手なダウンジャケット(正確に言うとダウンじゃなくて綿です)を着ていたため、「もしかしてコント中?」な落下風景だったのではないかと思われます。

(左の画像はコダカナナホさんの素敵イラスト。全画面見たい方は、このエントリーの下の方までスクロールしてね♪)

しかし、思ったんですけど、転んだ後って、思わず一人でニヤっと笑ってしまいますよね。あれって不思議ですね。自分で笑ったからといって、恥ずかしい状態が消えるわけでもなかろうに。。このくらいのこと、笑えるぐらいたいしたことないんですよーっていうアピール? それとも、このくらいのことを笑う余裕があるくらい、自分の器は大きいんですよーっていうアピール? 他人に対して? 自分に対して? 転んだという事実はそんなに恥ずかしくなかったのに(だってしょうがないもん)、この転んだ後に誰も見ちゃいないのにニヤッと一人で笑ってしまった自分が恥ずかしいような気がして、他人に対してではなく自分に対して恥ずかしくなってしまった、いちいちめんどくさい私でした。



でも本当、恥の感覚って不思議ですよね。私の場合、恥ずかしいという感覚は、他人に対してよりも自分に対して感じることのほうがずっと多いです。というか、もうこの世から消えてなくなりたい〜〜ってくらいの恥ずかしさを感じるときって、たいてい、自分に対して恥ずかしいと思うとき。つまり、もう一人の自分が私に対してツッコミを入れてくるようなとき、です。他人がどう思うかとか、本当のところは関係ないみたい。

だって、他人がどう思うかなんて、結局、わからないじゃないですか? それをあれこれ想像して恥ずかしいって思ったって、他人が本当にそう思ってるかどうかわからないし。実際に、他人に笑われたとしても、「他人の価値基準と私の価値基準が違うだけですね」とか、「その物事に対する文脈が他人と私では違うんですね」って思っちゃうことも多いので、あまり関係がないというか。

だから、たとえば、高校生が制服のスカートを短くしてパンツ見せて歩いても平気だっていうの、すごくわかるんです。私も高校生のときスカートを短くして、パンツ見えるとか何とか言われてましたけど、全然気になりませんでした(笑)。だってそのことは自分にとってそんなに恥ずかしいことではなかったので、他人がどう思おうがどーでもよかったんだもの。だからホント、価値基準・文脈の違いだと思うのです。「パンツ見えるくらい超ミニスカートの女子」という現象は、男性にとっては「エロい」「いやらしい」「やらせてくれそう」を意味するかもしれないけど、女性にとっては「セクシーでオシャレで可愛いのが好きなの♪」というだけ、ということが多々あります。決して、「いつでもOKよ」という意味ではないので、ホント、お間違いなく。

なんて、そういう「他人の価値基準と私の価値基準が違うだけ」「物事に対する文脈が他人と私では違うだけ」って、そういう考え方ができるなんてお気軽でいいね、と思われるかもしれないですが、そのかわりというかその分というか、自分ツッコミは得意中の得意です。だから、他人に対してよりも、自分で自分に対して恥ずかしさを感じてしまうのでしょう。

基本的に、マイナス思考。でも、そんなマイナス状態にいる自分なんて許せないって思うほどにはプラス思考でもある。なので、そのマイナス思考を克服するため、自分ツッコミを乗り越えるため、考えたり書いたり読んだり話したりして、最終的にプラス思考へ、ツッコミの余地なしの地点へ、何とか向かおうとしているのですが。でも、プラス思考かつツッコミの余地なしの地点にたどり着いたとしたって、すぐにまた新たな自分ツッコミが入ってしまうんですけど。それはもう際限なく。というわけで、生涯、ネバーエンディングな自分ツッコミ天国です(地獄?)。

でもよく考えたら、自分にツッコミを入れている自分って、ある意味で、「他者の内面化の結果」でもあるんだろうなぁ、ということに今ふと気がつきました。つまり、これまで出会った人や、今まで読んだ本、見聞きしたこと、さまざまななかから得てきた、他人の考え方や感覚。それが長い年月をかけて自分の血肉となり、自分という人間を構成していったということでもあって。だから結局、自分ツッコミって言ったって、他人からのツッコミとほとんど大差ないのかもしれません。

前述の例で言うと、私が今、超ミニスカートはいてパンツ見えてたとしたら、とても恥ずかしいと思うでしょう。そして、それは、いろいろな人や物に接していくなかで、そういう感覚を新たに身につけていくことで生じた変化なのではないでしょうか(あー、でも、必然性のあるパンツ見せだったら特に恥ずかしくないか……ってあんまり変わってなかったりして)。別の例だと、私は三つ編みにするのが好きなんですけど、私をオバサン扱いする人に遭遇したことによって、「もしかして私、三つ編みしちゃいけないかも?」と、自分ツッコミを入れるようになってしまいまして(笑)。ま、そのたびに「どうせ価値基準も文脈も違うんだから、そんなの関係ないでしょ!」といちいち自分ツッコミを克服してますけど、でもいちいちツッコミを入れる習慣を身につけてしまった、という変化はある……(とか言いつつ、しょっちゅう三つ編みとかツインテールとかしてますけどねー笑)。これも他人の内面化のひとつと言えるでしょう。

とすると、どこからどこまでが自分と言えるのだろう? とも思います。だって、日々、他人が自分になってしまっているのだもの。日々、自分が変わっていってしまっているのだもの。それでも、もし「これこそが自分だ!」と言えるものがあるんだとしたら、それは変わっていくその具体的な「内容」というよりも、変わっていくその「方向性」、それこそが自分なのかもしれません。

自分とは、方向性である」って、ちょっと素敵じゃないですか? 自分が地に固定された重い岩のように感じることがあって、そんな時はひどく気が滅入ってしまう私ですが、自分に矢印のイメージを重ねると、俄然、楽しくなってきますよね! 質量のぶんだけ重力に引きずられる物体ではなく、重力以上のエネルギーを発して移動する矢印。びゅんびゅん進んでいくような、一つ所にとどまっていないような、そんなイメージ。内面化した他人さえも、遠い彼方に置き去りにしてしまうほど、先へ、先へ、次へ、次へ、前へ、前へ。

そんな矢印だからこそ、思わず前へ前へと、落下してしまったのねーということにしておこう、、っと(笑)。でも実は、階段から落下して、ちょっぴり嬉しかったのです。だって、何の事件もない日々なんだもん(笑)。って、階段から落ちて嬉しいって、どうなのそれ。。



というわけで、より勢いのある矢印であるためには、いろいろなものを吸収してエネルギー源としなくてはなりませんよね! そんな私の最近のエネルギー源のひとつが、イラストレーターコダカナナホさんの「コダカナナホのコーヒータイムズクロッキー」。そのなかの素敵イラストを、特別にナナホさんからお許しをいただいたのでご紹介します♪ 






ミントグリーンのセクシーナースと、猫ちゃん。何だか、ロジャー・コーマンの「あぶない看護婦」シリーズみたいでカワイイ〜。

ちなみに、ロジャー・コーマン看護婦シリーズ。以下。
またまたあぶない看護婦」(STUDENT NURSES
あぶない看護婦」(PRIVATE DUTY NURSES
もっともあぶない看護婦」(NIGHT CALL NURSES
もっとあぶない看護婦」(THE YOUNG NURSES
帰ってきたあぶない看護婦」(CANDY STRIPE NURSES






Mマークのネックレス、欲しーー! こないだ24時間マックで夜を明かしながら、ナナホさんが「大人マック(未成年お断り)のユニフォーム案」について語ってくれました(笑)。誰か、ナナホ×マクドナルドコラボ、実現してくれないかなぁ〜。

ところで、マック入魂の新バーガー、QUARTER POUNDER、食べましたか? 意外と美味しいのに、なぜか味つけが「ケチャップ」オンリー。結局、後味が「ケチャップ」になっちゃって、普通のバーガーと変わらない印象に……。惜しいです。後味って重要なんだなぁと思いました。






先日、中川司さんの写真展パーティ@中目黒CAMARADAにナナホさんと行ってきました。ナナホさん描くイラストは、そのときのゴージャスなドラァグクィーン嬢〜〜

月影屋さんでおしりあいになった司さんの今回のテーマは、おしり! 素敵な作品たちで、堪能しました! おしりって、その形状にしろ位置にしろ機能にしろ響きにしろ、ちょっとバカっぽい感じがいいですよねー。好き。そういえば、このサイトのお尻丸出しの女の子のイラストもナナホさんに描いてもらったんですけど、テーマはやっぱりおしりだったのでしたー(笑)。





◆「コダカナナホのコーヒータイムズクロッキー!
 コダカナナホさんの素敵イラストが、日々アップされるブログ。
 雑誌「CUTiE」に掲載されていた絵を見たその日から(10年以上前!)、
 ずーっとナナホさんのイラストのファンだった私。
 拙著『色っぽいキモノ』のイラストも描いていただきました。
 とにかく素敵イラスト満載なので、必見です!



 
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