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【本】 『奇想の江戸挿絵』辻惟雄  〜「エッジがきいている」とはこういう事

2008.06.10 Tuesday

やっぱり、日本とか和とかって、まだまだダサくてヤボったくてイナカくさくてユルいものだと、日本人に思われているんだなぁ……と、思うことがよーくあります。だって、何でもいいんですけど、例えば、年賀状用デザインテンプレートを見ても、暑中見舞い向けの便箋封筒セットを見ても、夏に出まわる扇子や団扇を見ても、はたまたデパートやみやげもの屋の和雑貨を見ても、「これって、確実にダサいですよね?」っていうものでほぼ埋め尽くされているんですもの……。

なんて言うと、「アンタ何様よエラソーに」って言われるかもしれませんけど、別に言われてもいーや、だってそう思ってる人たくさんいるはずだもん、って思うので言っちゃいますけど。そんな店先で外国人がみやげ物を物色しているのを見ると、「違うのよーもっとカッコイイ日本ってたくさんあるのよー! そんなぼんやりしたピントはずれのファンシーな小花柄の扇子買うなら、浅草の仲見世で何故か舞妓さんと富士山が刺繍されたキモノ風シルクガウンを買うほうがマシだよー!!」と、ヤリ手ババァよろしく手を引いて連れてっちゃいたくなります。ホント、日本国内には、日本のもの和のものを「ああいうテイスト(例:ファンシーな小花柄)」にしようしようしようしよう……とする、もの凄く強力な力が働いているような気がしますね。って私は別に陰謀史観の持ち主ではありませんが(笑)。

でも、どうしてなんでしょうね? 昔の日本には、もの凄くカッコイイものもたくさんあったはずなのに。明治時代になって海外の文化が入ってきて、さらに戦後にすべてが近代化されて、日本の文化はいったん納屋か蔵に押し込まれることになった。それで、久しぶりに戸を開けてみたら、「結構カッコイイもんも混じってたぞ!」っていう展開になるならわかるんですけど、なんかそうじゃなかったみたい。カッコイイかカッコよくないかは問わず、「日本の昔の文化はこんな感じじゃった、おお、そうじゃそうじゃ!」みたいな(誰だよ笑)。その納屋や蔵にしまってあったものには、カッコイイものとカッコよくないものと両方混じっていただろうと思うのですが、結局はやっぱり、それがカッコイイかどうか、価値判断を下す人間がいなくちゃダメなんだろうな、と思うのです。で、さらに言えば、それがカッコイイかどうか、っていう価値判断を一度下せばもうOKなのではなくて、何度でも、常に価値判断を下し続けていかなければならないんだろうな、と思うのです。

そういう人間の厳しい目によるチェックを受け続けていないと、すぐに「日本文化ってこういう感じ」「和文化ってこういうの」っていう公式というか定型というかパターンが出来上がる。で、誰も何も言わないものだから、そのまま何10年も同じ公式「日本文化ってこういう感じ」「和文化ってこういうの」が引き継がれ、ファンシーな小花柄の和雑貨が大量生産される。で、受け手側も、そのまま何10年も同じ公式「日本文化ってこういう感じ」「和文化ってこういうの」と信じて疑わず、ファンシーな小花柄の和雑貨を平気で購入する。変わらないのが良いこと、そのまま変えずに引き継ぐのが良いこと、っていうのが日本人の考えのなかにあるのだろうか? って、アリアリですよね、確実に。でも、それって、もうある意味で終わってしまった文化に対する姿勢だと思うのですが。って、あっ、そうか! そういう意味では、日本文化は既に終わってしまっていたんだった……(今頃気がつくバカ)。

なんて書きましたけど、そうは言っても、最近は日本文化ブームや着物ブームもあって、センスのよい日本文化をセレクトしたりクリエイトしたりという方々が増えてきて、本当にこれからが楽しみなのです。そういう意味では、日本において日本文化は再び始まった! と言えるのではないでしょうか。日本文化ルネッサンス? 文化って、一度終わったって、また始まることもある。何度でも息を吹き返す。それを「やろう!」と思う人間さえいれば。



じゃあ、そんなふうにエラソーに言うアナタは、どんな日本文化がカッコイイと言うのか? っていう問いもあるでしょう。以前にもこのブログで、それに関連した記事(→「雑誌『助六』、優作キモノ考、和もの考」)を書いたので、以下にコピペします。
いわゆる「和もの」というくくりには、「ん〜ちょっと違うんだけども……」と思ってしまうことが多々ある私です。
いわゆる「和もの」という響きには、トンがったスタイリッシュさや、エッジのきいたシャープさ、そして一筋縄ではいかないヒネリが感じられないような気がします。
日本文化だって海外文化と同じで、ユルいものだけではなく、ヤバイものまでいろいろあるはずなのにね。

で、その日本文化のなかの「ヤバイもの」として、「エッジききまくり。横尾忠則もビックリ。」と紹介したのが、国貞(3代目豊国)の「蒙雲国師(もううんこくし)」。もう一度、貼り付けます。
これ↓


国貞(3代目豊国)えがく「豊国揮毫奇術競・蒙雲国師」。文久3年(1863年)。
(「東京都立図書館・貴重資料画像DB」より)

私、この国貞の「蒙雲国師」の浮世絵が、本当に衝撃的で。何でこういうスゴイものを教科書に載せない? これを見せたら、どんな子供だって「日本ってスゲー」って思うはずなのに! と悔しく思っていたんです。

ところが、この国貞の「蒙雲国師」には、元ネタがあったみたいなんですね。それを、辻惟雄氏の新刊『奇想の江戸挿絵』(集英社新書ヴィジュアル版)で発見してしまいました。それが、この本の表紙にもなっている、滝沢馬琴の読本『椿説弓張月』の挿絵。絵師は、葛飾北斎
これ↓


葛飾北斎えがく『椿説弓張月』内挿絵。文化4年(1807年)。
(『奇想の江戸挿絵』P160より)

本書によると、爆発シーンをこうした放射状に伸びたラインで表現したのは、日本で北斎が初めてとのこと。しかし、スゴイですよねー、このシャキーンとした大胆すぎるライン! この蒙雲国師の小憎らしいようなカワイイ表情! そして周囲に飛び散るユカイな仲間たち! なんか、吹き飛ばされてるっていうのに、ヤツら嬉しそうなんですよ(笑)。何考えてるんだか。いいなーこういうの。笑える。私最近、寝る前にこの絵を見てクスッと笑って心を落ち着かせてから寝てますよ(そこまでか?)。こういう絵を教科書に載せないでどうする? これを見せたら、どんな子供だって大喜び間違いナシなのに!


こういう、「エッジききまくり」のイラストが、本書にはもうたくさんたくさん、出てきます。

江戸時代後期、「読本(よみほん)」と呼ばれる、荒唐無稽な伝奇小説が大流行しました。当時の江戸のインテリ層が読んでいた中国の大衆小説(『水滸伝』や『三国志』など)を翻案したものが多く、入り組んだ複雑なストーリー展開がウリ。読本の最大のヒット作『南総里見八犬伝』を見れば一目瞭然、とにかく登場人物が多くてストーリーが複雑なんですね。さすがにちょっと文字だけだとタイヘン……ということで、数ページごとに挿絵を入れるのを特徴としていました。

挿絵。さしえ。なんてやさしい絵本的な響き。ところが、この読本の挿絵ときたら、そんなナマやさしいものじゃない。グロテスクで、アナーキーで、デンジャラスで、ゴージャスで、フクザツで。江戸の人々って、こういうイメージに囲まれていたんだ、こういう妄想やヴィジョンを脳内に所持していたんだ。そう考えると、江戸の人々の生活が羨ましいくらい豊かなような気がしてなりません。

わかりやすけりゃいいってもんじゃない、って、私、いつも思うんです。資本主義経済は、いつだって最大公約数を志向します。そうすると、どうしたって、わかりやすい方へ、わかりやすい方へと傾いていく。誰にでもわかりやすいもの。一目でわかりやすいもの。それが求められるようになる。でも。そうすると、人は自分で考えなくなる。自分で咀嚼しようとしなくなる。だって、いつだって誰かが、あらかじめ噛み砕いてくれてお匙さんに乗っけて「あ〜ん」って口の中に入れてくれるんだもの。そりゃ、誰でも食べられるかもしれないけどさ。誰かの唾液がついたものなんていらないよ、って思わなくもない(汚い話ですみません)。


今回、この本書『奇想の江戸挿絵』のなかに掲載された挿絵を見て思ったのは、北斎にしろ豊国にしろ、「とってもわかりにくい絵を描くんだなぁ」ということでした。圧倒されるほど、グロテスクで、アナーキーで、デンジャラスで、ゴージャスな絵って、一目では了解しにくいんです。パッと見では、全体を把握できない。「このラインは何のラインだろう?」って考えさせられるラインが、たくさんある。○書いてチョン、みたいなJR的イラスト(って、私大好きなんですけど♪)とは、ちょっと違うんですよね。

本書に掲載された挿絵を見て、つくづく、わかりにくいことに対する耐性は、今より江戸時代の人々のほうがあったんだろうなぁ、と思いました。今より昔の人のほうが「遅れてる」「バカ」だと思ったら、大間違い。そりゃあ、今の人のほうが江戸時代の人よりも、現代的な最新知識をもっています(現代に生きているんだから当然ですが)。でも、今の人のほうが江戸時代の人よりも、わかりにくいこと・わからないことに対する耐性が無いんじゃないでしょうか。わかりにくいこと・わからないことに対して「わからないから、オレ関係ないや」「わからないから、もうどーでもいい」っていう態度をとるというのは、つまり、バカに近づく第一歩だと思うんですけど。ま、バカでも全然いいと思いますが、バカを放置して本人が辛くなって「わからないから、もうどーでもいい」って言って無差別殺人とか起こすのは、ホントにやめてくれないかしら。


というわけで、エッジききまくりのカッコイイ日本文化を知りたければ、まずは『奇想の江戸挿絵』をお読みください。オススメです! ついでに、エッジききまくりのカッコイイ日本の女とは……っていうテーマ(ホントに笑?)で6月13日に月影屋さんとトークイベント(詳細はこちら)を行いますので、お時間のある方はぜひいらしてくださいね!




| 【本-book】 | 08:36 | - | -
 

【本】 徳田秋声と山田順子の恋 2 〜吉屋信子のイジワル乙女目線

2008.05.30 Friday

前回(こちら)に引き続き、徳田秋声と山田順子の恋愛についてです。山田順子はホントにバッドテイストで面白いなぁ、と以前から思っておりまして、拙書『色っぽいキモノ』でも何ヶ所か山田順子について触れたり致しました。

秋声には「順子もの」と呼ばれる、自らの恋愛を描いた作品がいくつかありますが、詳しく知りたいなら『仮装人物』(講談社文芸文庫)がオススメ。彼らのどーしようもない関係をチマチマと、まるでスワロフスキーをピンセットでひと粒ずつケータイに陰気に貼り付けていくような、そんなマメマメしさで描いた名作『仮装人物』が、最高です。

恋に落ちると、人はみな、一様に「バカ」になります。どんなに知的な人でもどんなにエライ人でもどんなに年を重ねた人でも、みんな恋をするとどうしたって「バカ」になる。その「バカ」さ加減を、生クリームで塗りたくって苺をトッピングして砂糖でできたクマくんを乗せちゃったのが普通の恋愛小説ですけど、その「バカ」の形をそのままに活け造りにして伊万里かなんかの渋めの皿に乗せて醤油とワサビでどうぞと差し出したような、そんな小説が『仮装人物』なんです。ね、読みたくなるでしょう?(って、ならないか……)

そんなワサビ醤油の“薬味”として、以下に山田順子のお手紙文を添えておきたいと思います。これは今回、徳田秋声記念館で初公開された、秋声あての順子のお手紙。ええ、私、せっせと書き写してまいりました(笑)。


「徳田秋声宛て山田順子書簡」 (持参便 消印なし 推定大正15年・1926年)

お書きになってゐらっしゃいますかしら。さっきの、私のいらつきを、よく考えて見ましたの。私はあなたとたった二人っ切りでゐたかったのでした。その外は、何もかも、子供も、目をさへぎる今そのものが急にうるさくなったのでした。
二人っ切りになれぬ、心も体も、どこからどこ迄二人が一つのものになってゐれぬもどかしさが、遂変にこぢじれてあんな厭な思ひをおさせして了ったのですの。
ごめんなさいねえ。
だけど、この頃のあなたの御気持や、ひょいひょいとお洩らしになるお言葉には、随分私の心を悲しませる事の多いのをお恨みに思ひますわ。
二人は仲よく、静かに遊んでおります。
私は未だ頭が重くてなりません。
何をなすってゐらっしゃいますの、お顔が見たい!

情熱的……! 何しろ、書き出しが、「お書きになっていらっしゃいますかしら」ですよ、みなさん(笑)。25歳のうら若き美女からこんなお手紙をもらって、フラ〜っとなびかない男(ちなみに秋声は順子より30歳年上)がいたとしたら、ぜひお目にかかりたいものです。でも、逆に言えば、恋なんてそんなものじゃないでしょうか。だからこそバカで面白いんですけど。って、人ごとだからってエラソーに言ってますけどね、私。自分のことは棚上げです。当たり前でしょ(笑)。


徳田秋声記念館では、以前に「秋声と吉屋信子」という企画展をおこなったそうで。この記念館はとても良心的で、過去の企画展のガイドペーパーを全部くれるんです。そのときのガイドペーパーによると、順子との恋愛に悩む秋声に、吉屋信子は以下のような手紙を出したんだとか。
「徳田秋声宛て吉屋信子書簡」 (昭和2年・1927年)

何かぴりぴりする事をかいて送らうと思って又時々考へ込んで感傷的になってしまったりして人のリーベ(愛)なんかでこっちがセンチメンタルとやらになってたまるものかと腹が立ってゐました。
(中略)
家庭を人生の道場にするのは今の場合少しむりがあると思ふ、ともかく古い意味でのやはりHomeといふ感じが一寸ずれるとあとは血みどろでゆく覚悟でなければ、平和と静けさと更にもう一つのものを求めるのは、あまり慾ばりすぎます。しかし、思ひ切ってぶつかり、生活を打破し一六勝負で展開させて見るか、そしたら偉らいと思ふけれど、それには秋声少しヅルくてものぐさなところがあるから心配です。妄言多謝。

いいぞー吉屋信子!! オトコ前!! 25歳も年上の文壇の頂点にいるような秋声に向かって、「秋声少しヅルくてものぐさなところがあるから心配」とか言い放っちゃうところ、断然、惚れました(笑)。さすが乙女小説の女王、オトコらしいです。でも、「血みどろでいく覚悟でなければ」という真剣なアドバイスは、何だか感動的でさえあるのです。


こうして恋に落ちた二人でしたが、順子の恋愛遍歴がとどまるところを知らなかったのは、前回も書いたとおり。結局、3年ほどで秋声との関係は終わるのですが、その後も順子の文学への情熱は消えることがなく、秋声との付き合いは断続的に続きます。

その後の順子は、29歳でバー「彼女」を銀座に開店、渋谷で書店も経営。34歳のとき、バー「Junko」を銀座に開店。さらに、竹久夢二との恋を描いた『欲望と愛情の書』を出版したりして、奮闘します。しかし徐々に世間から忘れられてゆき、もちろん美貌も衰えたでしょう、順子の名前がマスコミにのぼることはありませんでした。



吉屋信子に『自伝的女流文壇史』(中公文庫)という本があるのですが、そこで信子は山田順子について一章をさいており、かなり興味深いものがあるのです。吉屋信子のちょっぴりイジワルな乙女目線がキラリと光るのが、以下のくだり。






このたぐいまれなる――先生のいわゆる芸術品はその美貌に似気なくおしゃべりなのに私は少なからず驚かされ、しかもその発音に秋田地方の訛があるのに、がっかりした。それは彼女にとっての盲点だった。

しかもそのおしゃべりはおおむね(文学論)だった、そのなかに絶えず彼女は(芸術)という言葉を発した。ところがそれが訛って、(ゲイズツ)となるので私は少々幻滅を覚えた。その彼女の(芸術論)が始まると一座は一種異様の雰囲気に包まれがちだった。
(中略)
ところで、彼女に溺るる先生も、彼女の多弁と訛には困っていられるかと思ったが、けっしてそうでなく、彼女との事件を題材にされた私小説のなかには(彼女の訛もその声の旋律にかかると気にならず提琴の調べのようだ)という美辞麗句でぬけぬけと表現されたのには驚いてしまった。

ところが後年――さすがの先生の情痴も醒め果てて順子との間柄がすっかり清算されたあとの私小説には彼女は(紙に火が付いたようにぺらぺらしゃべりまくる)と遠慮もなくまったくの自然主義のリアルな描写がしてあるのには、またもや驚かされたものである。

キビシイです(笑)。ちなみに、この「紙に火が付いたようにぺらぺらしゃべりまくる」と書かれている小説は、『仮装人物』です(確認済み)。


さらに順子の晩年についても、イヂワル乙女・吉屋信子は容赦しません。

ある日長谷の通りを歩いていたら、向うから異様な風態の女が私に近づいて来た。その女性はちぐはぐのおかしな洋装で煙草を口にくわえてゆらりゆらりと歩いている。
(中略)
その時くらい私は烈しく諸行無常という感じを覚えたことはない。まあこのうらぶれた老女めいたひとがあの高原のホテルの食堂で外人客の眼を一身に集めた浮世絵から抜け出た美女だったとは……

このとき順子は、鎌倉の長谷観音境内の山荘に住んでいる、と信子に語ったそうですが、実際は観音堂修理のために仮に建てられたバラックの工事小屋で、「住まわせてくれ」と頼みこまれた住職が仕方なしに住まわせていたんだとか。そんな事実も、信子は思いっきり暴露しています。

そして昭和36年(1961年)、順子は、肝臓癌のため60歳で永眠。

こうして一生を終えた順子ですが、秋声の『仮装人物』の最終ページに、以下のような一文がありました。秋声と別れ、銀座の雇われマダムとなった順子の消息を耳にした秋声の、乾いた感想は以下のとおり。
彼女(=順子)の憧憬の的となっていたコレット女史を逆で行ったような巷の生活が発展しそうに見えた

コレット女史。華麗な恋愛遍歴を誇り、ミュージックホールの踊り子をしつつも、『シェリ』『青い麦』などの大傑作を発表して評価され、後にはアカデミー・ゴンクールの総裁にまで上り詰めた、フランスの女流作家シドニー・ガブリエル・コレット。そんなコレットにあこがれていた順子。そしてそんなコレットを「逆」でいくことになってしまった順子。

バカだね、と言ってしまえばそれまでですが、それだけでは言い尽せない何かが残るように思うのです。それは、自分に与えられた能力以上の生を生きることを欲した、順子の貪欲で膨大なエネルギーの残滓のような。それはゴミのようなものかもしれませんが、ゴミだからといって無意味だとは言い切れない、雨の夜にアスファルトの上で踏み潰された風俗店のチラシのピンク色が幻想的に光るのにも似て。でも結局は、私たちがそれを手に取ることはなく、チラッと一瞥して、ただ通り過ぎてしまうだけなのですけれど。





徳田秋声記念館に展示されていた、順子手書きの色紙から。順子自作の和歌。

「日々のうれ かそかにゆるる 静けさよ 恋を休むに ふさわしきかな」






徳田秋声記念館
 石川県金沢市の、浅野川にかかる梅ノ橋のたもとにあります。
 古都金沢の花柳界「ひがし茶屋街」「主計町茶屋街」のすぐそば。


徳田秋声記念館・開館3周年記念 映画上映会
 改造社の円本全集の宣伝のため、久米正雄が撮影したフィルム
 (モノクロ無声・41分、こおりやま文学の森資料館蔵)をビデオ上映。
 当時交際中の徳田秋聲と山田順子をはじめ、芥川龍之介、武者小路実篤、
 菊池寛、佐藤春夫など、当時の一流文士たちが続々登場!
 ……み、見たいんですけど……!!!
 以下の時期に金沢に行く予定のある方は、ぜひ!

 日時:5月31日(土)、6月1日(日) 14:00〜15:00
 場所:泉野図書館 オアシスホール


◆「ウラ・アオゾラブンコ
 徳田秋声についての著名人の回想録や、写真など。
 水守亀之助氏の秋声評;
 「洗い髪にツゲの横櫛をさした順子をつれて私の宅に来られ、
  いつしよに神楽坂の川鉄へ出かけたが、
  道行く人はみんな目をそばだてて見返つてゐた。
  いくら年をとつても恋には盲目になる。
  先生の一時期にはそんなところもあつたらう。」
 田村俊子の秋声評;
 「意志が弱くつて、気分の非常に上品な人。
  さうして愚痴なところがある。」


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【本】 徳田秋声と山田順子の恋 1 〜彼女がモテる理由

2008.05.28 Wednesday

先日、家族で石川県に行って来ました。私は生まれも育ちも関東ですが、両親がともに石川県出身なので、血縁的には「北陸の女」。って、演歌みたいで、自分としては結構お気に入りです。北陸の女。たとえ男に捨てられてもネチネチ恨んだりガシガシ追いすがったりせず寂しげに日本海を見つめている……そんなケナゲでハカナゲなイメージ、ないですか(笑)? まぁ、そんなふうに見つめる日本海には、断崖絶壁の上からよく人間が突き落とされちゃってたり(松本清張の『ゼロの焦点』『鬼畜』)、海沿いの道を超ド級の不幸を背負った親子がさまよっちゃってたり(松本清張の『砂の器』)、そんなセイチョーの唇並みにぶ厚めなイメージもガッシリあるんですけどねー。


毎年、祖父母の家に行ったあとは、必ず金沢にも寄ることにしています。金沢は明治期の文豪を多く排出していて、泉鏡花徳田秋声室生犀星などのメンツが、金沢出身だったりします。そんなわけで数年前、ついに金沢に「泉鏡花記念館」がオープン。そりゃあもちろん泉鏡花を“神”とあがめる私ですから「泉鏡花記念館もうで」は毎年恒例ですが、それにプラスして今年は、「徳田秋声記念館」にも足をのばしてきました。なぜって? 特別企画展が、「『仮装人物』の世界 〜女弟子・山田順子との恋」だったからです……!


山田順子。近代文学がお好きな方、もしくは近代恋愛スキャンダルがお好きな方なら、きっとご存知かと思うのですが。夫と3人の子供を捨てて文学を志し、竹久夢二、徳田秋声、勝本清一郎など、さまざまな男性と浮き名を流し、徳田秋声の名作『仮装人物』のモデルとしても知られた女性です。以下、生い立ち。

明治34年(1901年)、秋田県由利郡生まれ。回船問屋として成功した裕福な家に育ち、当時としては珍しく女学校(現在の高校)まで進学。その美貌と才媛ぶりは、地元でも評判でした。
19歳のとき、東京帝国大学出身の弁護士と結婚しますが、夫が投機に失敗。順子は生活を立て直すため小説を書き、イキナリ東京へ。夫の友人が新聞記者をしており、その記者の妹が人気小説家・徳田秋声の弟子だった関係で、秋声に作品を売り込みまくるのです(この詳細については「文芸同志会通信」に詳しいです)。このとき、順子は23歳。
それからがスゴイ。松竹鎌田撮影所の女優研究生になったり、銀座のカフェ「プランタン」の女給になったり、電話交換手になったりして、自立の道を模索します。
借金まみれの夫と離婚した後は、順子のエネルギーの奔流はさらに加速。無名だったにもかかわらず順子の第一作『流るるままに』が出版されることになりますが、その背後には出版を条件に出版社社長と関係をもったのはもちろん、その本の装丁を担当した竹久夢二と恋に落ちて同棲状態となり、さらに徳田秋声の妻が病死した数日後に徳田宅に現れ、またたくまに徳田秋声と恋愛関係に陥ったのでした。
秋声との関係がズルズル続くあいだにも、恋愛遍歴は止まりません。痔の手術(!)をしてくれた医者・八代豊雄(大正天皇の侍医団のひとり。しかし、自分の痔の手術をした人とよく恋愛できるなーと思うが……)や、プロレタリア作家・勝本清一郎(かつて永井荷風の妻だった藤陰流家元・藤陰静枝の19歳年下の愛人。後に著名な近代文学研究者になる)、慶応大学の学生・井本威夫(後に著名な翻訳者になる)などが、順子の魅力にメロメロに……。


とにかくモテるんですよねー、山田順子は! ここまでモテるのは、若くて美しいから、というだけではないですよ、絶対。その理由について、以下、勝手にまとめてみました(笑)。

1、「生きることへの貪欲なまでのエネルギー」
   これは文句なく、人間として魅力的ですよね。
   エネルギーのあるところに人も物も集まります。
2、「その身の不幸」
   夫が破産して離婚せざるを得なかったとか、
   乳癌になって乳房が片方無いなどの不幸が、順子にはあった。 
   これは守ってあげたくなるし、
   それによって自分の価値を確認できるから実はモテに有効。
3、「男好きで積極的」
   これは言うまでもなく、モテの必須事項!


というわけで、自由で新しい女、恋多き才女、順子はまたたくまに注目され、批難され、顰蹙を買い、新聞雑誌の格好のネタとなっていきます。一時期の松田聖子のように、その一挙手一投足が注目され、やかましくスキャンダラスに書き立てられるようになるのでした……。


ところで、「自由奔放でスキャンダラスな美女」って、今も昔も、世間の人々は嫌いながらも大好きなんだなぁ、としみじみ思います。この「嫌いながらも大好き」というところがポイントで。今も昔も、マスコミが大切にしている究極の価値基準は、人々の嫉妬心や羨望を煽れるかどうか、ですから。公けにはされていませんけど、暗黙の了解で誰でも知っていることですよねー。なんて言うと、嫉妬心や羨望をもってはいけないのだ! だからそんなことはありえないのだ! なんて怒る人もいるかもしれませんが。

ついでに言うと、嫉妬心や羨望をもってはいけないのだ、と言い切りたくなってしまう、そんな嫉妬心というものの落ち着かなさというのは、「嫌いながらも大好き」「好きだけど大嫌い」という相反するものが両立しているアンビバレントな状態に、人々が耐えられないからではないでしょうか。でもそれは単に「好き」とか「嫌い」という言葉に限界があるってだけで、別に不思議でも何でもないのではないか、と思う私です。この「嫌いながらも大好き」「好きだけど大嫌い」っていう人間にとって馴染み深〜いこの状態に、誰か新しい言葉(嫉妬以外の)をつけちゃってくれればいいのに。そしたら、そこまで過剰反応しなくても、もっとラクになれるのに。人は何かを否定しよう無いことにしようとすればするほど、そのことに執着してしまうものですから。と、そんなふうにも思います。



なんて、話は脱線しましたが。

そんなわけで、山田順子は当時にしては珍しく、自分の欲求に忠実に生きた女性でした。って、別にこういう生き方こそ素晴らしいんだとか、理想の生き方だとか、女性はこういうふうに人生を謳歌すべきだとか、そういう類いの(女性賛歌、みたいな?)ことを言うつもりはありません。だって、自分の欲求に忠実に行動するなんて、まず本人がタイヘンだし、周りもメーワクだし、だいたいにおいてバカだし、ひと言で言っちゃえばバッドテイストですよ。

でも、私は好きですね。ここまで自分の欲求に素直に生きれば、死ぬにも後悔はないでしょう。他人を羨んだりすることもないでしょうし、嫉妬したりするヒマもないでしょう。そんな境地に、私はあこがれます。私が最も避けたいと思うのは、自分の欲求を抑えて生きていることによる欲求不満を、他人を攻撃することで解消しようとすることですから。で、そういうタイプの方々が松田聖子バッシング記事(って古いですけどね。何年前の話だろう笑)を求めるんですよね。で、そういう記事を読んで、マジで激しく怒ったりするんですよ(笑)。今だったら誰だろう、沢尻エリカとか? 2ちゃんやmixiでみんな怒ってましたもんね、そう言えば(笑)。私は大好きですけどねー、沢尻エリカ(の原始人ファッション)。




そんなわけで脱線しまくりですが、この秋声&順子ネタ、次に続きます。



秋声が見るなり「順子をモデルにしやがったな!」と激昂したという、竹久夢二描くイラスト。
(『婦人グラフ』の表紙 大正15年7月号)





| 【本-book】 | 17:34 | - | -
 

【本】 『ぼくは閃きを味方に生きてきた』横尾忠則 〜または、夢と天使と霊界。

2008.05.08 Thursday

近所にちょっぴり不思議な本屋さんがあります。一見、フツーに新刊本を売ってる下町の小さな本屋さんなのですが、奥の棚だけ「古本コーナー」になっていて(しかもなぜか洋書がメイン……誰が買うのか?)、フツーの新刊本の棚にも唐突に古本がまじっていたりします。閉店時間は日によってまちまちで、こないだは深夜12時すぎなのに開いていてギョッとしました。

しかも店主がすばらしいほどの天然キャラで。先日、本を数冊買ったら、「いいよいいよ負けるよ! イイ本買ってくれたからさ!」と店内に響き渡るほどの大声で言って、500円も負けてくれて、泣きました(ちなみに、その時買った「イイ本」とは、横尾忠則『ぼくは閃きを味方に生きてきた』、鹿島茂『SとM』、桐生操『世界性生活大全』、谷岡雅樹『アニキの時代 〜Vシネマに見るアニキ考』……ですが、何か?)。こないだもこの店主が、年配の女性客に「いいよいいよ全部もってっちゃってよ! こんなの売っても儲けにならないんだからさ!」と店に響き渡る大声で言いながら、古本コーナーに積まれた汚い古本をタダであげているのを目撃。本棚の影で、そっともらい泣きですよ。ホント、この本屋さん、好き。っていうか、この天然な店主のオヤジ、好き。声デカイけど。


そんな下町のイケてるブックストアで買った、横尾忠則の『<ぼくは閃きを味方に生きてきた (光文社文庫)』。面白かったですよ〜。久しぶりに息抜きができた、という感じ。私、根がマジメなので、ついついいろいろなことに根つめちゃって神経質になっちゃうんですけど、こういう天然系の人の話を読んだり聞いたりすると、急にふわ〜っと力が抜けるんですよね。「あ〜もっとラクに生きていいんだ〜」って。でも、そうやって生きていけるのもあるていどは才能なんですけどね、実際は。だけど、あるていどだったら、テクニックとして後天的に身につけることも可能なはず。だって、自分の20代半ばの頃を思い出してみるがいい。あのときの自分は今の自分と同じか? もちろん、ノー(笑)。これまで少しずつ生きるためのテクニックを身につけて、やっとここまで生きのびてきたんだもの、これからもそうしなくてどうする。そう、日々精進ですよねー。

というわけで、無謀にも、天然キング横尾忠則のヒラメキ・テクを学ぶべく、この本を購入したのでした。


ヨコヲ氏の言うヒラメキとは、根拠のない直感、のこと。「根拠のない直感」を何よりも大切にするヨコヲ氏は、自分の考えや思想なんかには、これっぽっちも重きを置いていません。あれこれ考えてエゴを介在させちゃうくらいなら、人智を超えた「なにものか」(宇宙?)にすべてをおまかせしちゃう。損得勘定で動くのではなく、衝動で動く。これが、ヨコヲ氏の生き方であり、ヨコヲ氏の芸術。しかし。凡人には、しょっぱなから難しいです……。

そんなヨコヲ氏には、ヒラメキの元、となるようなモノがいくつかあります。以下、本書からざっと分類してみました。

・夢
・UFO(&宇宙人)
・天使
・ミューズ神
・波動


こういったモノを媒介にして、ヨコヲ氏は人智を超えた「なにものか」(宇宙?)とコンタクトをとっているのだそうです。「なるほど、それではワタクシも」と言いたいところですが……、凡人にはハードルの高いブツばかりのような気がするのは、私がとっても謙虚な人間だからでしょうか。あ、でも夢だったらなんとかなる、かも?


夢に啓示を得たというエピソードのなかでも、最も面白かったのが、「滝」の夢を見た話。ヨコヲ氏が滝の絵ハガキを大量に(ハンパなく大量に)コレクションしていて、滝の絵を生涯のテーマとしていることは、かなり有名ですよね。その滝のモチーフも、夢がきっかけだったそう。

あるとき、滝の夢を見るようになり、続いて、滝の絵を描く夢を見るようになったヨコヲ氏。さらに滝ネタは発展し、ついには滝の絵の展覧会が開催されることに(夢の中で)。が、なぜかヨコヲ氏の絵は招待されませんでした。
僕は目を覚ましても、そのことを怒っている。その企画会を企画したコミッショナーに対してね。僕の絵がそこに展示されていない無念感と欠落感でいっぱいなんだ。それがたった一回ならいいんだけど、いつの夢も『国際滝の展覧会』に僕の作品が出品されていないわけ。僕のよりもっとつまらない作品は展示されているのにね。現代美術で滝の絵を描いている人なんて、そんなにいないわけですよ。だから実際には、そんなに作品が集まるはずがない。
と、それはもう、タイヘンな剣幕で。

にしても、『国際滝の展覧会』とは……。勝てません。しかし。夢のなかの出来事に対しても怒り、失望し、無念さを味わうような、この純粋さ。真剣さ。スゴイ、と思いました。フツーだったら「単なる夢だろ」って、昼飯食べる頃にはすっかり忘れてるでしょうに。いや、「単なる夢だろ」とさえいちいち思わないですね。間違いなく。
だからそういうふうに、僕が欠落感や失望感を味わわせて、逆にその衝動で絵を描かせようという見えない存在からの働きが、天界から届いたんだと思っている。これは、僕の理性が生み出した発想じゃない。このことは啓示だと信じている。
と、夢からも自分のミッションを見出そうとする、ある意味での貪欲さ。これがタイトルにもある「ヒラメキを味方にする」ということなんでしょう。

確かに、理性的に何かを考えようとしても、同じところでループするばかりで、いつまでたっても新しい場所に飛べなかったりすること、ありますよね。そんなとき、理性とはほとんど関係のない体験、というのがとても貴重なヒントや出口になってくれたりする。夢、というのは、そんな理性と切り離された体験を得ることができる、最も身近で手っ取り早い「ブツ」なのかも。お酒飲んでもそれほど酔わないし(飲みすぎて気もち悪くなるのイヤだし)、ドラッグやるわけにもいかないし(笑)。

実は私、今まで「夢なんて、脳が情報整理したあとのゴミのようなものでしょ」なんて、ヨコヲ氏が聞いたら一生クチ聞いて貰えなさそうな(って、しゃべったことないけど)、何かの新書(脳とか記憶術とかそういうの……好きなんですよ……)から得たと思われるウケウリ発言をしておりました。ごめんなさい>夢。即行、前言撤回。今まで自分が考えていたことは間違っていたのかも、という発見は、自分が一歩前進できたような気がして嬉しいものです(笑)。夢から啓示を得ること、今後ぜひトライしてみたいと思います!


というわけで、夢についてはぜひ頑張りたいと思いましたが……、UFO(&宇宙人)天使波動、あたりなぞは、まだまだ未熟者で若輩者で無骨者で半可通(?)の私には高級すぎるような気がするので、また後日ということで……(遠慮深げに)。

あ、でも、天使には会ってみたいかもです。だって、このヨコヲ氏のもとに訪れた天使って、とってもとっても素敵なんですよ! 会えるんだったら、ぜひこの天使がいい。だって「わかってる」んだもん。「ホントに天使?」って聞き返したいくらい、わかってる。何はともあれ、以下。
以前天使から僕は丹波(哲郎)さんにはアーチストとしてぜったいに見習うべきものが一つあると言われた。それは彼のゆるぎない信念だ、と。
すべての人間をさし置いて、丹波哲郎をプッシュする天使(笑)。

だけど丹波哲郎、霊界で無事に「人間界でピークだった頃のルックス」に戻れているのでしょうか(→「丹波哲郎の霊界サロン」内「人間界でピークだった頃のルックスに戻れる」を参照してください)。できれば、『ポルノ時代劇 忘八武士道』(石井輝男監督&小池一雄原作)の頃の丹波哲郎になっていてくれてたらなー、私も霊界に行ってもいいんですけど。そのくらい、この作品の丹波哲郎はイケてます。というか、オモシロカッコイイ。しかも、芸人的にオモシロカッコイイのではなく、天然オモシロカッコイイ。演技してるのにもかかわらず、天然、って一体どういうことなんでしょう? さらに言えば、この映画のときの丹波哲郎の役名が、明日死能(あしたしのう)ですから。霊界一直線、ってわけで(笑)。そんな霊界での丹波ネタなんかも、ぜひ天使に聞いてみたいですね(って、ヒラメキを貰うことよりも、丹波ネタをゲットするほうが大事なのか?)。


そんなわけで、ヨコヲ氏こそが天然キングだと思っていた私でしたが、そうだ! 上には上(=丹波)がいたんだった!! と、ハタと膝を打ち、満ちたりた気分で本書を読み終えました。今まで自分が気がついていなかったこととを気づかせてくれ、自分がさらに前進することができる、これこそが読書の醍醐味。とりあえず天然ランキング頂点争いに関してはスッキリさせることができて良かったなと思っています。




『ポルノ時代劇 忘八武士道』のアメリカ版DVD
『Bohachi Bushido: Code Of The Forgotten Eight』













明日死能(丹波哲郎)のメイ台詞;
生きるも地獄、死するも地獄……

(アレ、霊界じゃなかったの? というツッコミは無しで)



| 【本-book】 | 15:40 | - | -
 

【本】 『SとM』鹿島茂  〜または、M男の増加とイイ男論。

2008.05.04 Sunday

世の趨勢に反して、血液型性格判断というものがとても好きではありません。だって、血液型性格判断って、星占いと同じようなものですよ? 個人的な趣味で星占いがお好きなんでしたら「ご自由にどうぞ」ですけど、星座で性格や未来を判定するのが当然とされてしまったら、「ちょっと待った!」と言いたくなりますよね? それと同じだと思うんですが。まぁそんなことでプンプンする私って大人気ないな、とは思いますよ……。でもたまには大人気ないことも言わないと、精神的にどんどん丸くなって老けていっちゃうから、たまには怒ったりすることも大切なのです、ってことで(笑)。

そんな血液型性格判断にくわえて、ここ10年くらいの間で急激に増えてきたのが、SM性格判断。……とは言わないのかもしれませんが、「私ってSだから〜」「僕ドMですよー」なんて、その人の性的嗜好についてではなく、単なる性格タイプを表す言葉として、気軽に使われるようになってきていますよね。これについては、私もプンプンするどころか、面白いな〜と思っていました。だって、「血液型」=「血液中の血球がもっている抗原(免疫反応を引き起こす物質)の組み合わせ」によって性格が自動的に決まる、なんていう意味不明かつ何の発展性もない話よりも、過去の自分の行動や心理などから、自分で自分を「支配的かも」「被支配的かも」「あーでも違うかもしれない」なんていろいろ考えさせられてしまう話のほうが、よっぽど面白いですから。


ところが。そんな「S=支配するのが好き」「M=支配されるのが好き」という世間のSM観に、「ちょっと待った!」をかけるのが、本書『SとM』(幻冬舎新書)。いつも人間のさまざまな欲望や好奇心について膨大な書物の山から検証し、鮮やかに解き明かしてくれる鹿島茂>教授の新刊です。


まず面白かったのは、ある一人の人間がはじめからSかMどちらかの性質をもっているというわけではない、ということ。SかMかというのは、「他者との関係性」によって決まることで、ある人に対してSの人が、別の人に対してはMになることもあり得るのだ、と。……そうそう、そうなのよ! わかる!! と深く頷いた私ですが、あの、別に、私は残念ながらそういう性的嗜好をもっているわけではなく、SM性格判断的に深く頷いただけです(念のため)。

一番重要なことは、まずは、Mの欲望ありき、Mの妄想ありき、だということ。まずはMの「ああしてほしい」「こうしてほしい」という強い欲望があり、それに対してSがMのしてほしいことを感じとり、Mの欲望にこたえてあげる。そういう関係性になっているのが、本来のSMなんだそうです。本書では、こういう説明がありました。
Mの人というのは、想像力の中で自分なりのSのイメージ作りをおこなうわけですから、たいていは極端に「ワガママ」な人です。
Sは「そういうMの理想に従って鋳造されてしまう人」です。だから、サービス精神満点でなければなりません。(中略)主導権は、ほんとうのSMにおいては、完全にMにあるわけです。みうらじゅん氏に、「SはサービスのSだ」という名言がありますが、まさにそうで、Sは、相手の欲望を汲みとるために、想像力が豊かじゃないと務まらないので、たいへんなのです。

世間では、加虐的で支配欲の塊のような人こそがS、と思われがちですが、違うんですねぇ。そういう他人を支配したいという欲求から暴力や加虐を好むような人は、単に歪んだ自己愛をもった危険な人間というだけで、SMとは何の関係もない、と鹿島氏は書いています。なるほど。本当のSは、相手の考えていることを感じとり、それにこたえてあげなくてはならない。「Sは、Mが求めている理想に沿って演技しなければならないパフォーマー」。これは、あるていどの想像力とホスピタリティの持ち主じゃないと、無理ですよね。

でも、これは想像力やホスピタリティの能力の問題というよりも、そういうことが好きかどうか、という性格や嗜好の問題かもしれない、と私などは思いました。つまり、相手の考えていることを想像して「今この人こういう風に考えたかな?」とか「私がこう言ったらどういう反応するかな?」と想像するのが好きな人。で、その反応如何で、「こういう良い反応が来たから次からこう言おう」とか「こんな表情されちゃったからこうしてみよう」とか相手の反応に沿って対応することに面白さを感じたり、意味があると思える人。

って考えてみて、ハッとしました。私、こういうことが好きなので。相手の考えていることを想像したり、相手の反応に対して自分が反応することで相手の新しい一面を発見したり、ということは単純に面白いなと思う。でも、そうやっていつも相手に合わせがちになってしまうところが、性格判断的にはMなんだろうなぁ、と今まで思っていましたが、実はSなのかも(笑)? とすると、今までは「もう少しS的要素を増やしていかないとダメだわ」と思っていたけど、そうじゃなくて、「もう少しM的要素を増やしていかないとダメだ」ってことなのか。つまり、強烈な自己の欲望と妄想と、その実現、という意味で(しかし、ただでさえ妄想肥大している私なので、もうこれ以上妄想をかかえこみたくないんですけど……)。あ、これはもちろん、性格判断的な次元の話です。



ところで、SMという文化は、そもそもヨーロッパの文化です。にもかかわらず、日本は、例外的にSMが好まれている「SM先進国」なんだそうです(笑)。しかも、最近はMの方がどんどん増えているんだとか。本書にも、
「以前は、SMに来る男はSになりたがっていましたよね。M願望の男なんて、一割にも満たなかったのに……今は、M志望の男が、三割か四割になってきているよ!」
というSM業界の方の嘆きが記されていました。

でも思うのですが、そういうお店でMになりたがる方って、普段S的な行動をとっている方なんじゃないかしら。よくわかりませんが、違うかな。だから、今Mの方が増えているということは、現実世界ではS的な行動をとっている人か、もしくはイヤイヤながらもS的な行動をとることを余儀なくされている人が増えている、ということなのかも。

確かに、日本の経済が横ばいもしくは下向きになり、わかりやすい成功パターンも消滅し、あわてて欧米から成果主義なぞを輸入してきて、さぁ自分で考えて自分で行動しろ! とか言われても、そもそも「周囲から浮かないように皆なと同じ行動をとって仲良くしましょうね」という日本社会で育った人間に、自分で考えて自分で行動するなんてことがそう簡単にできるはずもなく(だってやったことないんだから)、人々へのプレッシャーは増すばかり。それまでは「先生やママの言うことをちゃんと聞けば、あとは好き勝手やっててOKよ」と教育されてきた(主にママから)のに、社会に出たら急に「さぁ世の中のニーズを把握してそれにこたえられるよう、状況をコントロールせよ」と言われても、そりゃあ戸惑いますよね。M的な行動(自分の欲望肥大と他人まかせと受け身志向)をとるよう教育されてきたのに、ある日突然、S的な行動(他人の欲求把握とそれへの奉仕とリーダーシップ)を求められるわけで、それはかなりキツイ。そんなプレッシャーが、M男増加を後押ししているのかもしれません。って、想像ですけど。


ここで、ふと頭に浮かんだのが、ここ数年、女子の会話でよく耳にする「いい男がいない」説。この「いい男がいない」説と、M男増加とは、非常に深い関係があるのではないか?ということに、ふと気が付きました。そういう話になると、私はいつも「いい男って具体的にどんな人?」と尋ねることにしているのですが、帰ってくる答えは、たいてい男性の性格や性質について、なのです。たとえば、「優しい人」「男らしい人」「清潔な人」「頼りがいがある人」「包容力のある人」「仕事ができる人」「リーダーシップのある人」「話が面白い人」などなど。意外にも、外見についての細かい注文をつけた女性には、ほとんど出会ったことがありません。

外見よりも性格について主に言及するということは、外見的な美しさやカッコよさよりも、その人との関係性を重視するということです。そしてそれは、ハッキリ言ってしまえば、自分をどう扱ってくれるかということを重視する、ということなのではないでしょうか。つまり、女性の欲望を汲みとって満たしてくれる(もしくは満たしてくれそう)な人、要するにS的な要素をもった人、それがいい男だと、女性は思っている、ということだと思うのです。

そういえば、以前、藤原紀香が陣内と結婚したのを見て、「究極的に、人は、見た目が優れている人間よりも、自分の欲求を丁寧に汲みとって奉仕してくれるような人間(……と、勝手に陣内をそうだとキメツケてますけど笑)を側においておきたいものなんだなぁ」と思ったものです。ちなみに、彼らにSM関係を適応するとすれば、紀香がMで陣内がS、ということになるかと思いますが。そう考えると、格差婚とかいろいろ言われていましたが、女性としての頂点を極めた(とも言える)藤原紀香は、女性の究極の望みを叶えた、のかもしれません。

ただ、陣内のようなホスピタリティ満点の男性が世の中に大勢いるとは思えず。「自分の欲望を他人に満たしてもらいたがるM的な男性」が増えている(らしい)現代において、「相手の考えを想像してそれに沿って対応してあげるS的な男性」を求める女性は、いつまでも「いい男がいない」と嘆くしかないのでしょうか。


しかし。そもそも、男性が満たしてあげるS的な立場で、女性が満たされるM的な立場、という世間的常識(?)自体にもう無理があるのではないか、もう男性をそういう立場から解放してあげてもいいのではないか、と思ったりする私です。だって、そういう意味で「いい男」と言えるような人なんて、あるていど年齢的にも成熟した大人の男性にしかいないかも、ですよ。40代以上の男性がセクシーに感じるのは、そういうことでもアリ。これは偏見かもしれませんが、ある世代以降の方々は、みんなとってもママに可愛がられて育ってますよね? いや、もちろん、それが悪いとは思わないしマザコンだとか言うつもりも毛頭ありません(←言ってるけど笑)。そうやってママに「いい子ねいい子ね」と可愛がられて育った男性は、性格的にも穏やかで、どこかのんびりしていて、ひねくれたところが無くて、最終的にはいい旦那さま&いいパパになるタイプが多いと思うんです。だけど、若い時代においてはなかなかその甘えん坊思考回路が抜けなくて、女子からしたら「頼りない」「男らしくない」「包容力がない」と見られがちなのでは。

でも、いいと思うんですよねー。頼りなくても。男らしくなくても。包容力がなくても。そんなもの、長い人生やっていれば、あるていどは獲得できますから(もちろん自分で獲得しようと努力しないと一生ダメですけど)。それに、そんなもの、実は女性のほうがもってることが多かったりしますから、素直に女性に甘えちゃえばいいんだと思うんです。あ、でもそんなことしたら「頼りない」って言われちゃうからダメじゃん、って? いや、ポイントはそこじゃないんですよ〜実は。そうじゃなくて、実際は頼りないくせにそうじゃないフリして威張ったり、とり繕ったり、誤魔化したり、コンプレックスもって卑屈になったりするから、女子に「本当はそんな能力ないくせに!」ってソッポ向かれることになる。セコイのが一番嫌われちゃうんですよね(ま、とり繕ったり虚勢を張ってるのがバレバレになってるのって、ある意味カワイイと思うのですが、一般的には嫌がられること多しです)。逆に、平気で堂々と甘えてこられると、思わず「カワイイのねー」っていい子いい子したくなる。人ってそういうものじゃないでしょうか? 甘えも突き抜ければ、ある意味潔くて、すごく魅力的。私なんかはそう思いますが……、そんな私の意見はいつも少数派なので、あまり参考にしないほうがいいかも、です(笑)。


そんなわけで、M男の増加から、勝手に「いい男論」に話は飛びましたが。本書『SとM』(幻冬舎新書)では、SMの起源や発展、そして日本におけるSMの意義まで、わかりやすく説き明かされています。マニアな興奮を求める方にはオススメできませんが(笑)、知的興奮を求める方にはオススメ! ぜひ読んでみてくださいね。

| 【本-book】 | 06:53 | - | -
 

【本】 『名画座番外地』 川原テツ

2007.10.21 Sunday

金木犀の香りにクラクラしているうちに、北風に吹かれながら夜空を眺める季節となりました。真夜中に肌寒さを我慢しつつ、星を眺めるのが好きです。なんて、唐突に“ロマンチック女”ですみません。と言うのも、今住んでいるマンションのベランダからの眺めが最高で(というのも目の前の家が平屋、そのほかの家もみんな2階建てなので)、夜景&夜空を眺めるのが究極の癒しとなっている次第。と言っても、癒しなんて特に必要ないノンキな日々を送っている私ですので、ベランダでのくつろぎタイムは、趣味というか楽しみになっているくらいなのです。

夜道を眺めるのもまた面白くて、終電で帰宅するスーツの方々、コンビニに買い出しに行くジャージを着たカップル、あてどもなくフラフラ歩く得体の知れないじーさん、餌を探している野良猫など、普段何とも思わないような光景も、夜の街灯の明かりに照らされると何ともドラマチックな一光景に見えてきたりして。

そして、そんな光景を盛り上げてくれるi-podからのBGMは、梶芽衣子の『修羅の花』。そう、東宝映画『修羅雪姫』の主題曲であり、Q・T(タランティーノ)の映画『キル・ビル』でも使用されて話題になったあの曲。「恨みの川に身をゆだね 女はとうに捨てました」という何のことだか一瞬わからないような重力あふるる歌詞(作詞は小池一夫)にクラクラしつつ夜空を眺めると、かなりのトリップ効果が期待できます。『夜空ノムコウ』とかもいいのかもしれませんが(って私よく知らないのですが)、夜空を眺める際のBGMには『修羅の花』が今、一番のオススメ。みなさん、試してみてくださいね!



って、そんなことは置いておいて。というか、任侠系映画つながりということで。最近、とっても面白い本を購入しました。それが、『名画座番外地 〜「新宿昭和館」傷だらけの盛衰記』。

ご存知の方も多いと思いますが、昔、新宿に、新宿昭和館っていう任侠映画専門の名画座があったんです。私も昔、ビデオになっていない貴重な(?)仁侠映画を見るために、数回足を運んだことがありました。でもそうした名画座の常で、来ているお客様が何と言うか“労働者風”な方々ばかり。当然、ブーツにミニスカート♪みたいな女子(当時20代)は浮きまくり。休憩時間にトイレに行こうとしたら、座席中のオッサンたちがザッとこっちを見た…ような気がして、かなり緊張したのを覚えています。ま、映画が始まっちゃえば何てことはないんですが。

そんな新宿昭和館も、平成14年(2002年)に閉館となってしまいました。本書『名画座番外地』は、その新宿昭和館で20年間働いた川原テツ氏による、怒涛の日々の記録。笑いあり涙あり…というよりも、ケンカありバカあり浮浪者ありヤーさんあり、と言ったほうがわかりやすいかも。本書では、そんなバカで切なくて熱い人々が、もういいよ〜というくらい登場してきます。と書いたところで、こういう形容詞って何かと同じだったような…と思ったら、そう、バカで切なくて熱い人々とは、それはそのままヤクザ映画の登場人物のことだった、という事に気がつきました。アハハ。ね、それだけでこの本のステキ度がわかるというものですよね?(違う?)

この本に書かれている新宿昭和館でのエピソードの数々は、とにかく普通じゃあり得ないようなことばかり。マトモな人は全然、出てきません。もったいないからあまり具体的なエピソードについて書きたくはないのですが、ちょっとだけ紹介してみます。以下。



●昭和館のゴミ置き場にはヤクザが商品であるトルエンをしばしば隠していて、ブツが無くなると昭和館のゴミ置き場に取りに来ていた。
●ある冬の日、座席の上で新聞紙をじゃんじゃん燃やしている客がいた。理由は、「寒かったから」。
●ある常連客は、金が無くなると新宿御苑からギンナンを山ほど拾って袋につめて、「これで入れてくれ」と言うのを常としていた。しかも受付のおばちゃんはそれで入れてやって、後で炒ってみんなで食べていた。
●二階席にいたある客は、健さんの活躍に大興奮して立ち上がって「ブラボー!」と拍手をしてそのまま一階に落下し、放ったひと言が「危ねぇ、死ぬとこだった」。
●昭和館ではビスタサイズでの上映(スタンダードサイズの作品の上下をマスクで隠し、横長として上映する)しかできなかったので、巨匠クロサワのあの不朽の名作『七人の侍』(スタンダードサイズ)では、演説している志村喬がずっと首チョンパだった。
●毎年節分になると、支配人が上映中にもかかわらず場内に突然現れ、「鬼は〜外〜」と観客席に向かってマメをまいていた。



などなど、マルキューで売ってるラインストーンのアクセサリーのようにキラキラとしたトラッシュなエピソードが満載。たまりません…。



ところで。現在、都内で仁侠映画専門の名画座と言えば、浅草名画座。ビデオやDVDになっていない貴重な仁侠映画や日本映画を上映しているので(しかも3本立てだし)、私も何度も足を運んでおりますが、ここのHPがとても面白くて。番組紹介文が、非常にハイテンションで面白くて、映画を見に行かない時でもたまに覗いてみては愛読していました。

その浅草名画座HPで番組紹介文を担当しているのが、本書の著者・川原テツ氏。「浅名アニキ」という名前で、番組紹介文を書いている方なのです(こちら)。以前から、ホントに個性的でエネルギッシュで面白い文章だなぁ、と思っていたところ、この『名画座番外地』で「幻冬舎アウトロー大賞」の特別賞を受賞したとのこと。やっぱりねぇと、ちょっぴり嬉しく思ったのでした。


ついでに書いておきますと、浅草名画座も、なかなかステキな映画館です。昔、天知茂バージョンの『東海道四谷怪談』を見に行った時にも書きましたけど(こちら)、場内に酒(しかもワンカップ系の)香りが馥郁(ふくいく)と漂っていましたから(笑)。でも今は、以前よりずいぶん座席も綺麗になって、女性ウェルカム仕様になっているのでオススメです! でも、そうは言ってもそこはやっぱりヤクザ映画専門の名画座ですから、そこのところ夜露死苦ご了承くださいませ。

先日も、藤純子(大好きー!)が主演している『女渡世人』を見に浅草名画座に行きましたけど、なかなかどうして、オツな雰囲気で御座いました。「禁煙」という注意書きが煌々と光っているにもかかわらず、みなさん平気でタバコ吸ってますからねー。スクリーンの明かりに照らされて白く渦を巻くタバコの煙…。って、現代日本においてはかなり斬新な光景かと。それから、藤純子と鶴田浩二のいいシーンになると決まって「カーッツペッッ!」と場内にタ○を吐き捨てるオッサンがいましたからねー。あまりにいつもいいシーンでやるもんだから、彼にとってあれは歌舞伎の掛け声のようなモノなのなのかも?とまで思わされました。「あっしはねぇ、いつかお駒さんに女として幸せになってもらいてぇんですよ…」カーッペッ! 「どうせ骨の髄まで垢のついたあっしだ…。お駒さん、お供さしてもらいます」カーッペッ! みたいな(笑)。ついでに言えば、「靴を脱いだ足をそのまま前の座席の背もたれに上げる」、といった基本的礼儀作法ももちろん完備。

でも、こういう映画館も、あってもいいと思います。私は。だって、全部が全部シネマコンプレックスみたいになっちゃって、綺麗な建物にピカピカのロビーにフカフカの座席、まるでオペラを見るようにお行儀良く…なんて、もちろん私だってこういうの好きですけど、それだけしかないなんて、そんな世の中つまらないもの。世の中にはいろんな人がいて、それぞれに自分が居心地よく過ごせる場所がある。それでいいのではないかしら。私個人のことを言えば、そのどちらをも選べぶことができる、そんな自由を所有している状態が一番気もちがいいし、居心地がいい。だから、こういう映画館は今後も無くならないで欲しいと心から思います。そのためにもちゃんと足を運ばなきゃね! というわけで、みなさん、『名画座番外地』をハンドバッグにしのばせて、『修羅の花』をi-podで聞きながら、浅草名画座に出かけしましょ! (そんな女はヤだとか言わないように)


(後日談。先日、初めて祝日に浅草名画座に行ったら、ものすごい大量のお客様に子ども連れの方までいらっしゃって、とってもイイ雰囲気! タバコ吸ってる方も一人しかいなかった…! 休日にファミリーで浅草名画座、っていうのもイイですね。) 




◆「小池一夫のはじめてのブログ
 『修羅雪姫』の原作者であり、『修羅の花』の作詞家でもある、
 小池一夫氏のブログ……というものがあったとは。
 「はじめての」っていうのが可愛くて泣かせます。


◆浅草名画座オリジナルシャツ、発売中!
 こちらへ。



サイズ:S/M/L  3500円 (上画像は裏面)

欲しいような欲しくないような…
いや、あえて、欲しい! あえて、着たい!(家で。)


| 【本-book】 | 05:48 | - | -
 

【本】 『この人を見よ』 フリードリヒ・ニーチェ

2007.09.19 Wednesday

ちょっと前に触れたものの(こちら)、前置きが長すぎて本題に入れなかった、ニーチェの『この人を見よ』。

まず見るべきは、目次なんです。この目次を見るだけでも、この本の素晴らしさ、オモシロさ、奇天烈さ、狂おしさがご理解いただけるかと思うのです。




以下、目次です。
(以下の引用はすべて、新潮文庫『この人を見よ西尾幹二訳からの転記です)

序言
なぜ私はかくも賢明なのか
なぜ私はかくも怜悧なのか
なぜ私はかくも良い本を書くのか
なぜ私は一個の運命であるのか

ここで言う「私」とは、もちろん、著者であるニーチェ自身のこと。……ね? そこはかとなくサスペンスフルでデンジャラスなドラマが起こりそうな予感……がしますよね?(どんなドラマかは問わないでおくとして)

だとしたら、本書のタイトル『この人を見よ』の「この人」も、もちろん著者ニーチェ自身のことだって、わかるというものですよね。タイトルが既に「オレを見ろ」。スゴイ本じゃないでしょうか。そんな本、他にあったかしら? ちょっと考えてみましたが、にわかには思いつきませんでした(電波系トンデモ本は除く)。


そんな目次もタイトルもスゴイ本、『この人を見よ』ですが、内容ももちろんスゴイ。しょっぱなの序文の第一行目から、もう全速力ダッシュでこっちに向って走ってきます! 逃げて〜!
私の予測では、近いうちに、私はかつて人類に課せられた要求の中でも最も困難な要求を人類に突きつけなければならなくなる。それだけに、そもそも私が誰であるのかを言っておくことが、必要であるように思われる。こんなことは私が言わなくても、世間の方で知っていてよいことであろう

これが、序文の第一行目って。この傲慢ぶり。横柄ぶり。倣岸不遜ぶり。書店で何気なくページをめくってこの最初の一文(と目次)を目にした時の衝撃は、今でも忘れられません。巨大なモノリスがどこかの超新星の際に出来ちゃったブラックホールを通して突如、本屋さんにいる私の脳髄に命中したかと思いました(流れる音楽は、もちろん、リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』でねー)。


『この人を見よ』は、シニカルで軽妙でピリリと毒の効いた箴言や名句に満ちているのですが、でもニーチェの名文を紹介するといっても、それは当たり前過ぎるくらい当たり前。ニーチェの素晴らしい名文をテーマ別に集めた『ニーチェ・セレクション』(平凡社ライブラリー)というアンソロジーもあることですし、ぜひこちらをお読みください(物凄く面白いです)。

一方、ここで私が注目したいのは、人生に苦悩した思想家ニーチェからのありがたいオコトバではありません。もちろん、それを否定するつもりは毛頭ありませんし、それどころか私もそういった格言や箴言は大好きなのですが、ニーチェの場合は、そこから何とも言えない香りを伴って立ち上ってくる可笑しみ、滑稽さ、とんでもなさ、そういったものこそが最大の魅力なのではないかと思うのです。

というわけで、ここで紹介したいのは、ニーチェの「笑える文章」です。こういう読み方が正しいかどうかは知りません。こういう見方が妥当かどうかは知りません。だけど、どうしたって、私、『この人を見よ』を読むたびに、笑いを抑えることができないんですもの……。

もちろん、笑いにもいろいろあります。噴き出しちゃったり、爆笑しちゃったり、ニヤリとしちゃったり。でも何よりもまず、心を動かされると、笑ってしまうんですよね、私は。笑いって、奥が深い。ただ表面的にオモシロ可笑しいだけじゃない。なんと言えばいいのか、何かのきっかけで心の中にある種のエネルギーが生まれたとき、それに耐え切れずに体内から吐き出されるもの、それが笑いなのではないでしょうか。

というわけで、ニーチェ『この人を見よ』における笑える文章を、ここに集めてみようと思いました。えーと、念のため言っておきますが、「ニーチェで笑おうだなんて、不遜で品性下劣なヤツめ!」と憤りを感じる方は、どうぞご遠慮くださいね。





何故か、自分が病気のために頭が乱れたり、体の器官がおかしくなったりすることなど断じてありえない!と言い張るニーチェ。
私を診察して熱があると確かめることができた者はついぞいない。ある医者は、私を神経病患者として扱って来たが、とうとう次のように言った。「間違えていました! 貴方の神経は何ともありません。私自身が神経質になっていただけです」と。
お医者さんも、もうこう言うしかなかったのでは……(同情)。



隣人愛とか同情などは、単に弱さやデカダンの一種に過ぎない、と言い放つニーチェ。
私の人間愛は、私が相手の身になって共感共苦する点にあるのではなく、相手に共感共苦しているそのことに私が耐え忍んでいる点にあるのである。
正直すぎる。。



罪の意識や後悔を感じるなぞ、愚か者のすることだ、と息巻くインモラリストのニーチェ。
なぜ私は他人より多く物事を知っているのであろうか? そもそもなぜ私はかくも怜悧なのであろうか? 私は問題でもないような問題については考察をめぐらしたことが一度もない。――私は自分を浪費しない人間なのだ。(中略)どの程度まで自分は「罪深い」人間かなどという問題は、まるっきり私の念頭に浮かんだことがない。それと同様に、良心の呵責とはいったい何かに対する、自分でも信頼している判断基準が、私にはない。それについて通例誰でも耳にしていることに即していえば、どうやら良心の呵責などはさして尊敬すべきものではなさそうに思える。
「良心の呵責ゼロ」の領域……。



完璧な芸術には「悪意」が絶対に必要、というスバラシい芸術論を披露するニーチェ。
叙情詩人というものの最高の概念を私に与えてくれたのは、ハインリヒ・ハイネである。(中略)彼に匹敵するほどの甘美でそして情熱的な音楽を見つけ出すことには、成功すまい。ハイネは神域にまで達した悪意というものを持っていた。この手の悪意を抜きにしては、私は完璧ということを考えることが出来ない。――私は人間や種族の価値を量るのに、いかに彼らが神と半人半獣神(サテュロス)とを必然的に切り離さないで理解する術を知っているかどうかという点を、尺度にしている。――それに、ハイネは何とみごとにドイツ語を操ることであろう! 後世の人はこうも言うと思う。ハイネとはドイツ語にかけてのずば抜けて第一級の芸術家であった、と。
芸術論からいきなりグイっと自己礼賛へ! この展開、シビレます。



読書し過ぎると自分では何も考えなくなるぞ、と言い切るニーチェ。
学者は要するに本をただ「あちこちひっくり返して調べる」だけで(中略)しまいには、自ら考えるという能力をすっかりなくしてしまう存在である。本をひっくり返していないときに、彼は何も考えていない。学者の場合は考えるといっても、何かの刺激(本で読んだ思想)に答えているだけである。(中略)――早朝、一日がしらじらと明け染める頃、あたり一面すがすがしく、自分の力も曙光と共に輝きを加えているとき、本を読むこと――これを私は悪徳と呼ぶ!
読書は悪徳(笑)! 新しい!



努力とか願望とか目的といった、あさましい近代的概念に唾を吐くニーチェ。
私は願いというものを持ったことがない。四十四歳を過ぎていながら、自分はまだ一度も名誉のために、女のために、お金のために苦労したことがないなどと言える人間が、私のほかに誰がいるだろうか。――といっても、名誉や女や金に私が無縁だった、というのではないのだ
このオチ、最高!



予言するニーチェ。
そのうちいつか、私の生き方や考え方を実践し、教育するような公共機関を設けることが必要となるであろう。
ニーチェ・インスティテュート、とか?(ちなみに、ゲーテ・インスティテュートはあります)



哲学という言葉も知らないような「普通一般の人々」を、心から愛するニーチェ。
彼らは私が何処へ行こうと、例えばこのトリノにおいても、私の姿を見掛けると、誰しもみな晴れやかで和やかな顔になるのである。これまで私が一番悪い気がしなかったことといえば、露店で葡萄の呼び売りをしている老婆が、売りものの葡萄の中から私のために最も甘い房を探し集めてくれないうちは、安心した顔を見せなかったことだった。哲学者たるものはざっとこれくらいにならなけりゃあ駄目である
おっしゃるとおりです。



ドイツ人の悪口となると、俄然、文章が冴えまくるニーチェ。
簡単に言うと、私の著作に慣れ親しむと、他の本にはもう我慢できなくなるのだ。哲学書などはその最たるものである。高貴でそしてデリケートな私の著作の世界に足を踏み入れることは、比類ない一つの特典である。――この特典に与かるためには、人は絶対にドイツ人であってはならない
ニーチェってドイツ語で本書いてるのに、ドイツ人読んじゃダメ! って。



最高の書物、それが私の著作だ、と言い切るニーチェ。
およそ私の本より以上に、矜持に満ちて、それでいて洗練された種類の書物がほかにあるなどとは、断じて思えない。(中略)このような書物を征服するには、繊細きわまる指と、大胆きわまる拳との、両方をもってせねばなるまい。魂に少しでも虚弱な処があったら、もう駄目だ。絶対に駄目である。消化不良の気味が少しあるだけで駄目なのである。
駄目の駄目押し。



道徳を重んじる善人な人々を、不埒な精神をもった虚言家、と呼ぶニーチェ。
私の著作の内容とは関わりになるまいと思っている人、例えば私の自称友人たちは、そういうときには「非個人的」になる。つまり、「ご本を出すまで」に再びなられてお目出度うございます――文章の調子が一段と明るくなられたことに進歩の跡が窺われますね、などと言うのである
それ、一番ニーチェに言っちゃいけないことだよー(笑)!



自分は最高の言葉の使い手だと、自認するニーチェ。
私自身でさえも『ツァラトゥストラ』を書く以前なら、あのようなことがドイツ語で可能であるという証明を行うことは、最も強硬に断っていたであろう。私以前には、ドイツ語で何を行うことが出来るか――そもそも言葉で何を行うことが出来るかは、誰にも分かっていなかったのだ。
私以前、私以後。



さらには、言葉の使い手でもなくなっているらしいニーチェ。
私は今、ある高い処(ところ)にいるので、もはや言葉で語っているのではなく、稲妻で語っている
詩人。



ドイツ人のヴァーグナーへの熱狂ぶりを、皮肉るニーチェ。
余りに多くの人々が然るべき時期も来ないうちに自分の進路を決定し、その挙句、いまさら投げ出せなくなった重荷を抱えて病み衰えて行く、という運命を背負わされている。……こういう連中が阿片を求めるようにしてヴァーグナーを求めるのである。――ヴァーグナーを聴いて彼らは自分を忘れる、一瞬自分から開放される。……とんでもない、一瞬どころか五時間も六時間も! 
私もローマのオペラ座まで行って寝ました(ワーグナーの『ローエングリン』)



キリスト教に鉄槌を打ち込むニーチェ。
宗教などは愚衆の所轄事項である。宗教的な人間と接触した後では、私は必ず手を洗うことにしている。
「愚衆の所轄事項」って(笑)。訳者の方のセンスも素晴らしい。



宗教や道徳など、世に蔓延するまやかしを決して許さないニーチェ。
私がはじめて真理を発見するに至ったのは、まず嘘を嘘として感じとった――嗅ぎつけた、そのことによってである。……私の天才は私の鼻孔の中にある。
「私の天才は」という言い回しが、ファビュラス!



善人とか善意の人を、徹底的に否定するニーチェ。
善人の生存条件は嘘なのである。(中略)近視眼的なお人好しの人間が手を差し出したとき、現実はいつでもそれを我慢してくれるとは限らないのだが、これがまた善人にはどうしても見えて来ない。(中略)現実というものの恐怖を惹き起こす諸相(情念における、欲望における、権力への意志における)は、小さな幸福のあの形式、いわゆる「善意」などよりも量り知れないほどに必要なものなのである
行け! 善悪の彼岸へ……!





そんな感じで、『この人を見よ』には笑える文章がたっぷり詰まっています。笑えるというのは、馬鹿らしくて可笑しいという意味ではなく、精神が限りなく高揚する、という意味で。私が病気になって精神的にグルグルしてしまった時に、迷わず『この人を見よ』を手にとってしまったのも、この本の持つ強力なエネルギーに触れることで、自分のエネルギーを少しでも高めたかったから。そして、そうすることで、自分にとって決して薔薇色ではない現実世界に、自分をしっかりと繋ぎとめておきたかったから。大袈裟かもしれないけれど、そういう効果が欲しいときにこの本は効くはずです。




ついでにですが、『この人を見よ』のなかで披露されている、ニーチェの女性観がとっても面白かったので、そちらについてもちょこっと紹介。


人はしっかりと自己の上に腰を据えていなくてはなるまい。また自分の両足で毅然として立っていなくてはなるまい。さもなければ、人を愛するなんてことは出来ない相談なのだ。この点は結局、女の方がずっと良く知っている。女というものは、自我がなくてただ単に公平にすぎないというような男には、興味を示さないものである
ふふふ。そうかもね……。



完全な女というものは、自分が愛するときには相手を八ツ裂きにするものなのだ。……私はそういう愛すべき狂乱巫女(マイナス)たちを知っている。……ああ、何という危険な、忍び足で歩く、地下に住む、小さな猛獣! それでいて何とまあ好ましい!
なんと、女を「猛獣」呼ばわり。それでも「好ましい」んだって! 大変だねー(笑)。



女は男より、言いようもないほどに邪悪である。男より利口でもある。女に善良さが認められるとき、早くもそれは女としての退化の一形式である。
かなり女に苦労した模様。



どのようにして女を治療したらよいか――「救済」したらよいか、この問いに対する私の答えを聞いた人はいるだろうか。子供を産ませることである。「女は子供を必要とする。男はつねにその手段にすぎない」とツァラトゥストラも語った。
こんな発言、今の時代だったら確実に闇討ち決定ですよ。ちなみに、「ツァラトゥストラも語った」ってありますけど、ツァラトゥストラを書いたのはニーチェ本人なんですが……。




だけどホントにニーチェって魅力的。ニーチェ本人は知りませんが、ニーチェの書いたものって格別にオモシロい。良い悪いとか正しい正しくないとかじゃない。こんな言い方したら、わかってないクセに勝手なこと言いやがってって思われちゃうかもしれないけど、「凄い芸を見せてもらった!」っていう感動に近いかも。と、ついにはニーチェを「芸人」呼ばわり(笑)。



ついでに言えば、ニーチェはこの『この人を見よ』を脱稿した1888年11月の数ヵ月後、精神的に崩壊し、1900年に病死。でも、この精神崩壊は、必ずしも哲学による精神失調だと断言できるわけではなく、脳腫瘍によるものという意見が大多数だとか。精神崩壊と哲学とをロマンティックにリンクさせられるのは、おそらくニーチェにとっては反吐が出るほど嫌なことでしょう。あんなに、「私の精神は健康だ!」「病気などしたことがない!」「熱だって出ない!」って言い張ってたんだから(笑)。


そんなわけで、超人ツァラトゥストラというヴィジョンを言葉で(稲妻で?)もって具現化したニーチェ。芸人じゃなかったら、何でしょう、幻視家? 妄想家? それもやっぱり違う気がする……と思っていたら、『この人を見よ』の最後の章に、素晴らしい一文がありました。すなわち、

私は人間ではないのである。私はダイナマイトだ。

ニーチェ、わかってる!!! 自分のことは自分が一番良くわかってる。健康ですよアナタは。良かったね、フリードリヒ!

| 【本-book】 | 07:24 | - | -
 

【本】 『わが悲しき娼婦たちの思い出』 G・ガルシア=マルケス

2007.09.01 Saturday

昨日は、誕生日でした。誕生日って、どうしていつも特別な思いに胸締めつけられるんでしょう。別に、誕生日に一気に年をとるわけではなく、日々一刻、少しずつ年をとってるはずなのに。過ぎた日々とこれからの日々との狭間で、ふっと息継ぎをするような。過去でもなく未来でもない、時の流れの中間地点にいるような。そんな感覚に襲われて、いつも誕生日は落ち着かない奇妙な気もちにさせられます。

いつもは、そんな落ち着かない気分をやり過ごすため、「別に誕生日なんか、特別でも何でもないわよ」的な態度で自主的に虚勢を張ることにしていますが、今年はちょっとだけ特別なことをしよう、と決めていました。と言っても、私のことだから全然たいしたことではなく、ただあらかじめ決めておいた本をじっくり読もう、というだけの話なんですけど!


そんなわけで、ガルシア=マルケスの『わが悲しき娼婦たちの思い出』(新潮社)です。この本を書店で手にとったとき、二つの理由で誕生日にふさわしい本だと思いました。ひとつには、本の装丁がとても美しく、手触りも繊細で、自分への誕生日祝いにいいかもしれないと思ったこと。もうひとつは、物語の書き出しが誕生日ネタだったこと。

書き出しは、こんな感じ。

満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた。

なんて、胸を締めつけられる書き出し。切なくて愚か。という、私が最も抵抗することができないツボに、書き出しのたった一行が深く突き刺さってしまいました。最初から太刀打ちできないと分かってるし、抵抗する気力さえ沸かないような、そんな魅力的な一文に出会うことってあるんですよね。人との出会いと同じように。もちろん逆に、何となく受け入れて読み進めると徐々に魅力が立ちのぼってくる文章もある。それも人との出会いと同じ。だから本を読むのって止められないのです。



G・ガルシア=マルケスは、ご存知のとおり、1982年にノーベル文学賞を受賞したラテンアメリカを代表する作家。『百年の孤独』は文学ファンの必読書。もちろん私も読みました、と言いたいところですが、お約束のように本棚にはあるものの、数ページしか読んでいません……。アラマタ的に言えば、「どんな新刊本も十年ほど寝かせておいて、内容も装幀も手になじんでくるのを待つのが、愚生の読書法である。(中略)活字が熱くて目に痛いのだ。」ってことで(笑)。(→アラマタ伝説の詳細はこちらへ)。



この作品の語り手は、90歳の老人。遠くから分かるほどの醜男で、未婚、両親から譲りうけた家に住み、仕事は新聞のコラムを書いたり、外国語の教師をするくらい。だけど過去には、娼婦街で「年間顧客ナンバー・ワン」として表彰されるほど、勤勉な猛者ぶりを発揮していたことも。そんな彼が、90歳になって初めて、狂おしいほどの恋をした。しかも、会うときは必ず眠っているだけの14歳の少女に。……という物語。


小説好きならすぐにピンと来るかと思いますが、ガルシア=マルケスはこの作品を、同じくノーベル賞作家である川端康成の『眠れる美女』からインスピレーションを得て書いたのだそう。この作品を発表したときのガルシア=マルケスは、77歳。ちなみに、『眠れる美女』を執筆した当時の川端は、61歳。どちらにせよ、何歳になっても、こういう濃厚な世界観を堂々と世の中に発表できる、そんな情熱とエネルギー、図々しさとふてぶてしさには、本気でシビレます。

人間の行き着く先として、欲のすっかり抜けた枯淡の域に住まう老人、という理想があります。私は非常に欲にまみれた人間なので、そんな水墨画のなかに住まうような人間になれたらどんなにいいだろう……と心の底から思います。でも。その一方で、煩悩と業にまみれてもなお心身喪失することなくエネルギッシュに生きる老人、というものに凄く凄く、惹かれるのです。というのは、自分はそうした人間になかなかなれそうにないから。

なぜって、自分の内なる声や欲望に素直に耳を傾けるって、実はとっても疲れるし面倒くさいし、危険なこと。枯淡の域にサッサと引越しちゃうほうが、ラク。心も平穏、身体も安泰。誰からも後ろ指さされず、平穏無事に暮らして畳の上で死ねる。こちらを志向するほうが自然だしラクなんです。

そんな、どうしたって平穏無事な日々を志向してしまう人間にとっては、こうした情熱的で活力みなぎる人間がつくった物語、もしくはそんな人間が登場する物語を摂取することが、喜びとなり至福となる。そして、叶わない自分や人生に対する埋め合わせとなり得る。でも、そもそも物語の役割って、そういうものですよね。誰もがシンデレラや白雪姫になれるわけじゃない。たとえ運良くシンデレラになれたとしても、その先の物語だってやっぱり必要なわけで。




この作品には、随所に心をうつフレーズが散りばめられていて、そんな一文を見つけるのもまた楽しいのです。たとえば、
過ぎ去った過去の人生に耐えられなくなったさまよえる亡霊の行く先はといえばニューヨークしかない

とか、
この世界を動かしてきた抗(あらが)いがたい力が幸せな恋ではなく、報われなかった恋だということに気づいた

とか、
私は、事物には本来あるべき位置が決まっており、個々の問題には処理すべきときがあり、ひとつひとつの単語にはそれがぴったりはまる文体があると思い込んでいたが、そうした妄想(オブセション)が、明晰な頭脳のもたらす褒賞などではなく、逆に自分の支離滅裂な性質を覆い隠すために考え出されたまやかしの体系であることに気がついた

など、思わず本を抱きしめてしまいたくなる文がそこかしこに。翻訳文がとってもセンスがよいのも嬉しい(←大事です)。




ところで、ガルシア=マルケスは、ローマの映画実験センター(Centro sperimentale di cinematografia)(←増村保造も留学していたイタリアの国立映画学校)で、映画監督の勉強をしていたこともあり、その後、メキシコでは映画製作に携わっていたそうです。そんなこともあって、ガルシア=マルケスによるTVドラマのシナリオのワークショップがおこなわれ、そのときの討論をまとめたものが本になっています。

日本では、『物語の作り方 〜ガルシア=マルケスのシナリオ教室』(岩波書店)というタイトルで翻訳されているこの本が、とにかく面白いのです。物語好きには、たまりません。「わたしは何かを物語りたいという幸せな奇病(マニア)にかかっているんだ」と語るガルシア=マルケスが、どのように物語をつくるか、そしてそれをどのように語るか、そういったことをダイレクトに読み取ることができるのですから。

このなかでとても面白かったのが、ワークショップ参加者がつくったストーリーに関して、ガルシア=マルケスが放ったひと言。

「このストーリーにはきちがいじみたところがない、そう言いたいんだ。君たちはまじめすぎるんだよ」

これですよ! これ! これなんです!! これ、こういうふうにも言い換えられますよね、つまり、この人生にはきちがいじみたところがない、私たちはまじめすぎるんだよ、だからつまらないんだよ、と。ま、そんなこと言われても困りますけどね(笑)。だからこそ、物語が必要なのです。つまり、そういうこと。

なんて妙に納得しながら、今年も平穏無事に誕生日を迎えることができて良かった……と胸をなでおろす、まじめで平凡な私なのでした。




ちなみに。ついでなんですけど、この『物語の作り方』のなかに、「ハテ?」と首をかしげざるを得ないガルシア=マルケスの発言が……。以下。

「知らないかな、日本じゃ人糞を肥料にしているんだ。ビニール製の袋を各家庭に配布し、次の日にその袋を回収するようになっている。契約でそうしているんだ」
えーと、、この本、原書は1996年発売なんですけど……。それとも私が知らないだけで、もしやそういう地域が日本のどこかにあるのか? ご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ情報をお寄せくださいませ。



| 【本-book】 | 18:33 | - | -
 

【本】 『この人を見よ』 闘病記風に。

2007.07.04 Wednesday

ご無沙汰してしまいました…。でも、「更新してないって言っても2ヶ月くらいだよね、アタシ!」と思っていたのですが、暗算ができないので指でイチニ…と数えてみたところ、3ヶ月以上も更新していないのだということに気づき、驚いて思わず淹れたばかりのマリアージュ・フレールのルシュカ(日本舞踊の会の差し入れに2525稼業のachacoさんからいただいたお気に入り。フルーツとベルガモットがベースのロシア風味の紅茶ですの)をキーボードの上にビシャッとこぼしてしまいました。もちろん、キーボードが乾いてから書いておりますが。

実は、死んでも見なくちゃいけない(と自分で思い込んだ)映画をダッシュではしごするような勢いで見に行ったり、期間限定とはいえ夜のバイト(残念ながら色っぽい系ではありません)までやってみちゃったり、しかも本業のお仕事もとても忙しかったりした挙句、睡眠時間がとれなかったり眠れなかったり、そんな日々が続いて体調を崩してしまいました。そんな無理をする年齢でもなかろうに……と笑った方、正解です!

先月の半ば頃から、急に左耳がつまったようになって、近所の病院で検査したらある域の低音の聞こえが悪くなっていることが判明。病院を転々とした結果、広尾の日赤医療センターを紹介され、結局「低音障害型急性感音性難聴」と診断されました。これはつまり、ストレスや睡眠不足により、交感神経が緊張しっぱなしになってしまい、耳のなかのリンパ液の量の調節がうまくいかなくなって、水腫ができてしまうらしいのですね。そのせいで、低音担当の耳の神経が圧迫されて聞こえにくくなってしまうとのこと(たぶん)。でも直接的な原因はわからないので、数日で治る人もいれば、2年かかって治る人もいるらしい。「まぁストレスのない生活を送ってください」と言われ、「はぁ…」としか言いようがありませんでしたが(笑)。

数日前には、至って普通に聞こえるようになって大喜び!だったんですけど、また今ちょーっとなんですけど、左耳がつまった感じです。飛行機とかエレベーターで高い場所に行った時に、耳がつまる感じ。でもまぁ日常的にそれほど支障はないし、このまま薬を飲んでいれば問題ないらしいのですが。

でも、低音だけでも聞こえなくなるって、相当恐怖でしたー。低音だけ聞こえないと、何故かわからないのですが、外からの音や、自分のしゃべる声が、頭のなかでガンガン響くんです。とてもじゃないけど、聞いてられないし、しゃべる気もしません。それに、音楽を聞いても不協和音になります。ある音域では、別の歪んだ音が二重になって聞こえる。それに加えて、めまいも襲ってきます。ふわ〜んふわ〜んと。

このまま治らなかったら、耳鳴りで苦悩した尾崎翠とか、自分を追い詰めすぎて一時期耳が聞こえなくなったらしい坂口安吾をめざそうかしら…と、そんなおこがまし過ぎる考えが一瞬頭をよぎりました(笑)。


そんなわけで、ずっと不安な暗〜い日々を過ごしておりました(大げさですみません、もっと辛い苦しい日々を送っている人はたくさんいるでしょうに…)。私、根が暗いので、暗さを引き出してくださる外的働きかけさえあれば、いくらでも暗く重くなれますの、って自慢することじゃないか。でもふと今思ったんですが、人の性質に関して「暗い」という言い方をするのって、よく考えたら下品ですよね。明るいとか暗いとかって、意味がわかりません。電気じゃあるまいし(って、自分で言い始めたんだった)。


そんなわけで、とにかくしばらくは安静にということで、楽しみにしていたステキ系取材仕事も泣く泣く(ホントに泣いた)キャンセルし、ちょうど来日していたあのディータ・フォン・ティーズのバーレスクショウへの一生に一度あるかないか?の貴重すぎるお誘いもお断りし、最近大ファンになった坪内佐智世さんの東京ライブも行かず、しばらく布団の中でじっとしていたわけです。

で、ひとり横たわって考えました。病気は治るのだろうか→もし治らなかったら仕事はどうするのか→それでも私にできることとは何か→その中でも私にしかできないことは何か→何が何でもこれだけは死ぬ前にやりとげたいことは何か→つまり私は何をするための人間なのか→私がこの世に生まれてきた意味は何だと自分で考えるのか……という根本的な問いがグルグルグルグル頭のなかでまわっちゃって、よけい眠れないという(笑)。

だけど、こういう根本的なことって、日常のさまざまなことに追われて忙しくしていると、頭の隅っこに追いやられてしまうものです。時々は取り出して確認はしているつもりでいても、やっぱり深く考える余裕がなかったりする。とにかく目の前のコレとアレをこなさなきゃ! もしくは、とりあえずは目の前のコレとアレで楽しめばいいや! と、そうなりがちです。そういう意味で、自分について考え直すための、ちょっとした休養をもらったのかもしれないな、と思いました。


だけどそんな重い空気が充満した部屋で、ひとり横たわってグルグル考えるだけではなく、何か外的な救いも欲しい。そこでワラを掴むような思いで救いの手を求めたのは、やっぱり本なのでした……ほかには何ももっていない私のことですから……。でも、こういう時には、何か「意味」が欲しい。漠然としたイメージや、気晴らしではなく、「こうなのだ!」とハッキリ言ってくれるような強烈な「意味」が欲しい。

私の部屋には、ほとんど本しかないくらいなんですが(別に自慢でも何でもなく、どんな本や雑誌も捨てられない性格なので)、その膨大な本のなかから何の迷いもなくスーーッと指が伸びていったのが、ナボコフでもなく、泉鏡花でもなく、コレットでもなく、カポーティでもなく……フリードリッヒ・ニーチェの『この人を見よ』。……ここ、一応、笑っていただけたらとっても嬉しいのですが(笑)。

実は私、大学の2年生まで哲学科にいたのですが、その時は哲学ってよくわかりませんでした。自分にとって切実な問題ではない、赤の他人が重大だと思って考えた事柄について、さも自分にとっても重大問題であるかのように議論するなんて意味がわからない、と思ってたし、それと「ファッションとしての哲学」を愛する(としか私からは見えない)人がうようよしている(ように見えた)のにも辟易しました。それに、哲学的問題(たとえば、客観と主観がどうこうとか)に全く興味ももっていなければサッパリわかってもいない(ように見える)のに、ちゃんとその授業を受けてゼミにも出席できるクラスメイトたちも不思議でたまりませんでした。何故そんなことができるのだ?!と思ったりしていまして…(なんと真面目で青かった、若かりし頃の私よ…)。それで、その時の私はかなり江戸文化に傾倒していたので、これを機にサッサと3年生から国文学科に転科したのです。だから大学時代は、「哲学ってどうなのよ?」と、ちょっとうさんくさく思ってました。

でも、卒業して何年目かもう忘れましたけど、ふと、『この人を見よ』を読んだら、もう面白くて面白くて面白くて。大興奮!!(ま、哲学をちゃんと学んだ哲学科時代の知人に言わせると、ニーチェは哲学のメインストリームとはちょっと違っていて、文学的要素が強いらしいのですが)

それ以来、この本を何度読んだか。大好き? いや、好きとか嫌いとか言うようなものではない気もするのですが…、でも、やっぱり大好きなのです。そんなわけで今回も、ひとりで布団に横たわりながら、もしくは病院の待合室でめまいと闘いながら、むさぼるように『この人を見よ』を読んでおりました。

あ〜また本題に入るまでが長い…。とりあえず第一弾ということで今日はここまでにします。無理するとまた耳がね(笑)。えっと、あの、もちろん、続きます……(遠慮深げに)。



◆ディータ・フォン・ティーズ来日スペシャルサイト
Very Lingerie Week

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【本】 『江戸の女の底力』 氏家幹人

2007.03.02 Friday

ドラマや映画で『大奥』が身近(?)なものになった昨今。ちょっと前まで「大奥」という言葉の周辺には「ピンク」で「マル秘」な空気が漂っていましたが、そんな“日活”で“東映”な空気など、現在ではすっかり払拭されてしまったようす。時代に合わせて、大奥もちゃんと進化しているのですね。

だけど実際、当時の大奥はどんな感じだったんでしょう? そんな疑問に答えてくれるのが、この『江戸の女の底力』(氏家幹人・著 世界文化社)。タイトルは『江戸の女の〜』ですが、サブタイトルは「大奥随筆」。大奥や奥向き周辺でたくましく生きた女性たちを、膨大な史料から集めて紹介しています。2年ほど前、ドラマ『大奥』が始まった頃に出版されて、即買いました。最近ふと再読してみたのですが、改めて面白い。知的でたくましい女性がぞろぞろ出てきて、元気が出ます。

大奥」というのは、徳川将軍が住む江戸城本丸にあった、将軍の正室・側室・生母・子、そしてそれぞれの女中たちが住む場所のこと。もちろん男子禁制です。詳しく言えば、世子(せいし。次期将軍のこと)が住む江戸城西丸にも、大奥と同じようなものがあったそうです。一方、諸大名の藩邸にも、大奥と同じようなものがありました。これを「奥向」と言います。

結局、大奥(将軍家)や奥向(大名家)に住む人々というのは、正室・側室・生母・子ども以外、全員女中。使用人。ということは、大奥に住む女性たちのほとんどが働く女性だったわけで、大奥や奥向というのは、大半の人にとって仕事場だった。そう考えると、大奥=女同士のドロドロ、というイメージがありますが、意外とサバサバ&テキパキしてたんじゃないかなぁって思うのです。




話はちょっと飛びますが、女が集まるとドロドロするとよく言いますね。でも女ばかりの世界って、意外とサバサバしてるのではないでしょうか。ちょうど先日友だちと話していて、女子高出身の女子は共学出身の女子に比べると、言いたいことを歯に衣着せず自然に言える人が多い、つまりサバサバ率が高い、という話になりました(あくまでも率ですが)。

幼稚園から大学までずっと共学で、歯に衣を着せてしまいがち(笑)な私が思うに。男子の割合が高い中にずっといると、知らないうちに女子は男子の価値観を取り込んでしまうのだと思うのです。その結果として、無意識のうちに、女子は男子から期待される役割を担ってしまうということもあり得る(必ずしもそうだとは言いませんが)。よって、どこかで本音を薄衣で包まねばならないこともあり、サバサバ度に歯止めがかかりやすい。という仮説を立ててみました。

ホントに今振り返ってみると、若い(10〜20代の)女子ライフは、意外と大変なのでした。無防備に女の子っぽいと、隙を見せることになっちゃうし、かと言ってそれに反発しようとすると、変に肩肘張ったようになって無理してんの?と言われかねないし、なかなか複雑なバランス感覚が必要とされます。でも別に女子が抑圧されていた!とか言いたいわけじゃなく(笑)、良くも悪くも対社会的にそうしたふるまいをせざるを得ないのが若い女子である、と。どちらにせよ、「女子として自然にふるまう」ということには意外と定まった形がなくて、その置かれた環境に左右されるものだったりするのかもしれません。特に10〜20代の娘ざかりにおいては。

そんなわけで、ともかく男目線と女目線という異なった視点を常に考慮しつつ日々ふるまわなくてはならないというのは、かなりメンドーなことで、勢い、用心深く、歯に衣着せがちにもなる(笑)。30歳過ぎたらラクになった〜という声をよく聞きますし実際私もそう思いますが、それには、無理せず「人間」としてふるまえるようになってラクになった〜という意味も、ある程度は含まれているのかもと思ったりするのです。

…と、話は飛びましたが、つまり女性しかいない環境下にある女性は、女性としてふるまうというよりも、シンプルに「人間」としてふるまうことができるため、サバサバ度が高くなりやすいのではないか、と思った次第。

それに、もし女性が集まってドロドロするんだったら、男性が集まったってドロドロするはずですよねー。美輪明宏氏いわく、女性より男性のほうが「出世」や「モテ」に対する嫉妬心はスゴイとか…(笑)。ま、でも本当のところは私にはわかりませんが〜(と、歯に衣着せてさらに奥歯にものを詰め込もうとする私は、共学出身です)。




えーと、話を大奥・奥向に戻しますと。この女ばかりの職場には、もちろん経済的な理由から就職する人もいましたが、花嫁修行、社会修行、女学校、的な効果を求めて就職するお嬢様が多かったそうです。奥勤めの俸給はたいてい安く、それなのにお洒落やらお付き合いやらでかなりの出費を余儀なくされたとか。

しかしその修行効果はバツグンだったようで、奥女中には高い教養と知性を身につけた女性がたくさんいたそうです。本書で紹介されている奥女中のなかで、ひときわ知的でカッコイイ女性として紹介されているのが、川路聖謨の妻だった、高子さん。彼女の職歴を紹介しますと。

文化元年(1804年)、下級武士の家に誕生。文政元年(1818年)、15歳の時に、姫君付きの奥女中として紀伊徳川家の江戸藩邸へ。23歳の時、姫が亡くなったため退職。その数年後、今度は11代将軍徳川家斉の娘で、広島藩主にお嫁入りした姫君付きの奥女中として、広島藩の江戸藩邸へ。そして35歳の時に、勘定吟味役の川路聖謨と結婚しました。

彼女がどんな家で育ち、どのような教育を受けたのかは不明だそうですが、かなりの美人であるうえに、非常なキレ者だったそうです。そんなエピソードをひとつ。

ある時、夫が妻の本箱にあった柳亭種彦の『御誂染遠山鹿子(おあつらえぞめとおやまかのこ)』(お芝居仕立てのエンターテイメント本)を思わず読んでしまった。夫が、こんな本についつい夢中になっちゃって時間を無駄にしたよ〜と言うと、高子はこう答えました。
「能狂言もいにしへの芝居ならずや、こころをたのしましむる上は、雅楽も芝居の淫風ならむものなるべし」 (本書P236より)
本書を参考にして簡単に訳すると、「能狂言だって、つまりは昔のお芝居だったわけよね? 人を楽しませるという意味でお芝居が低俗だって言うなら、人を楽しませるという意味で雅楽だって低俗と言わねばならないと思うけど!」。・・・ごもっとも! ちなみにここでいう芝居とは、歌舞伎のこと。江戸時代当時、歌舞伎は「卑俗なもの」と見なされ、一方の能狂言や雅楽は「高尚なもの」として扱われていたのです。いつの時代でも、古いもの=価値あるもの、現代のもの=卑俗なもの、と見なされがち。私自身も古いもの崇拝の傾向にあるので、ちょっと反省(笑)。

そんな感じで、面白エピソードがいっぱい。最後についている参考文献リストも詳しく、読んでみたい本がたくさんあって親切かつ便利です!

そういえば…。この『江戸の女の底力』と似たタイトルのステキな着物本が出たので即購入したのですが、拙書『色っぽいキモノ』で書いた文とソックリな個所(文節を入れ替えただけとか…)を発見してしまいました。。細かいですが。せめて参考文献に入れて欲しかったな〜とちょっぴり残念に思ったのでした。


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