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【映画】 仲代達矢版『四谷怪談』  〜私は男性の何にセクシーを感じるのか?という問題について

2008.06.07 Saturday

日本の戦後の映画俳優のなかで、最もカッコよくて、最も美しくて、最も男らしくて、最も演技力があって、最も存在感があって、最も素晴らしい役者は、だれ? 

答え―――仲代達矢

なーんてことを、普段一人でブツブツつぶやきがちな私ですが、一つだけどうしても腑に落ちない自分でも解決しがたい問題がありました。その問題とは、「これだけ惚れこんでいる仲代達矢に、何故セクシーさを感じないんだろう?」。って、私以外の人にとっては心底どーでもいい問題ですよねすみません。でも、上から見ても下から見てもどこを切ってもカンペキに理想のタイプなのに、セクシーさを感じないっていうのは、結構不思議だなぁと。

そんなわけで、仲代達矢セクシー問題は、私にとって大きな課題でした。ところが先日、仲代達矢が主演した『四谷怪談』(1965年 豊田四郎監督)を見にいき、やっとこの問題が解決したのです……!

もともと歌舞伎狂言だった「四谷怪談」は、数多く映画化されていて、特に、天知茂主演の『東海道四谷怪談』(1959年 中川信夫監督)が名高いのは、映画ファンの方々もご存知のとおりです(これについては昔書きました→こちら)。以下に、「四谷怪談」の映画化リストをあげておきます(wiki参照)。

四谷怪談(前・後篇)』(1949年松竹 監督:木下惠介 伊右衛門:上原謙、お岩:田中絹代)
四谷怪談』(1956年新東宝 監督:毛利正樹 伊右衛門:若山富三郎、お岩:相馬千恵子)
四谷怪談』(1959年大映 監督:三隅研次 伊右衛門:長谷川一夫、お岩:中田康子)
東海道四谷怪談』(1959年新東宝 監督:中川信夫 伊右衛門:天知茂、お岩:若杉嘉津子)
怪談お岩の亡霊』(1961年東映 監督:加藤泰 伊右衛門:若山富三郎、お岩:藤代佳子)
四谷怪談』(1965年東京映画 監督:豊田四郎 伊右衛門:仲代達矢、お岩:岡田茉莉子)
四谷怪談 お岩の亡霊』(1969年大映 監督:森一生 伊右衛門:佐藤慶、お岩:稲野和子)
魔性の夏 四谷怪談より』(1981年松竹 監督:蜷川幸雄 伊右衛門:萩原健一、お岩:関根恵子)
忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994年松竹 監督:深作欣二 伊右衛門:佐藤浩市、お岩:高岡早紀)
嗤う伊右衛門』(2004年東宝配給 監督:蜷川幸雄 伊右衛門:唐沢寿明、お岩:小雪)


というわけで、上記のリストを見ればわかるとおり、「伊右衛門役は代々、二枚目俳優がやるもの」と相場が決まっています(若山富三郎は除く)。

というのも。実は、この『四谷怪談』ストーリー、「伊右衛門はイイ男」ということがそもそもの事件の発端、になるのですから、まずは伊右衛門がイイ男じゃなかったら、ストーリーが転がらないんです。この事実、結構忘れられがちなんですけど。

『四谷怪談』ストーリーを知らない人でも、これだけは誰だって知っているのが、「お岩さんの祟り」でしょう。では何故、お岩さんが幽霊になって祟るようになったのかというと、毒薬を飲まされて顔が醜く崩れてしまい、そのまま死んでしまったから。その毒薬はどこからやってきたのかというと、大金もちの武家・伊藤家から届けられた。じゃあ何故、伊藤家はお岩に毒薬を飲ませたのかというと、伊藤家の一人娘・お梅が、お岩の夫・伊右衛門に一目惚れしてしまい、「自分の夫は伊右衛門じゃなきゃヤダヤダヤダヤダ!」と言い出したから。なのでした。

ハァ。それだけですか? ハイ。それだけです。相当、たわいもない話ですよねぇ。ま、ほかにもいろいろな登場人物や背景や因果がからんでいるため、たわいもない話だっていうことはあまり気にならないようにはなってますけど。でも、江戸の文化って、まわりをはがしてはがしてはがし続けていくと……、中心にあるのはただのダンボール芯でした、アハハッ、みたいなことが標準です。トイレットペーパーに色をつけたりイラスト入れたりしていくらゴージャスにしてたところで、中央にあるのはいつも決まってダンボール芯、というのと同じく。

なんて、江戸論はまぁ置いておくとして。そんな、深窓の令嬢に一目惚れされてしまうのですから、伊右衛門は相当、イイ男のはず。あ、ここで注意しておきたいのは、男にとってのイイ男ではなく、女にとってのイイ男、ってことで。それはつまり、美形のヤサ男、ってことです。特に、武士の家の令嬢なんて世間知らずもいいとこで、役者錦絵(江戸のブロマイド)とか草双紙(江戸の雑誌)なんかを見てぽわわ〜んと恋に恋してるに決まってるわけですから、松田優作的イイ男の魅力なんて理解できるはずもなく、完全にキャナメ(=要潤)的イイ男の魅力にコロッとやられちゃうはずなんですよね。って、キャナメじゃなくてもいいんですけど……(単に私の好みってだけ笑)。まぁ、木村拓哉とか藤木直人とか、そういうちょっと綺麗め系統の。

そう考えると、仲代達矢。ちょっと骨太な気もしますがそれは目をつぶるとして、綺麗め系統のイイ男。女好きするはずです。



だけど。この綺麗め系統のイイ男を、徹頭徹尾、冷酷で残酷で人間としての情愛に欠けた「人でなし」に設定した。ここが『四谷怪談』の作者・四世鶴屋南北のスゴイところなんですけど。

綺麗め系統のイイ男が、冷酷な人でなしだったとしたら? 自動的に、女が不幸になる。ええ、展開は決まっています(笑)。その逆を考えるともっとわかりやすくて、たとえば、ブ男が、冷酷な人でなしだったとしたら? 自動的に、男(っていうか本人)が不幸になる。それだけです。女は、ブ男で冷酷な人でなし、なんていう男とは特に関わろうとしませんから、ドラマが生まれるはずもない。

そんなわけで、「綺麗め系統のイイ男+冷酷な人でなし、という設定でいこう!」と決まった瞬間、「女が不幸になる」という展開も自動的に決まる。そして、普段は無意識下に追いやっているけれど心のどこかに潜んでいるはずの女の自虐的心理やら破滅願望やらを刺激することになり、妙な熱狂が渦巻くであろうことは、必至。

だいたい、『四谷怪談』以前までは、こういう綺麗め系統のイイ男は、いい人、やさしい人、と決まっていたんです。正確に言えば、頼りないというか、優柔不断というか、主体性がないというか、そういう意味での、やさしい人、ですけどね(笑)。いや、でも、今だってそういうタイプの二枚目がもてはやされている気もしますが。

でも、そういうのって、ちょっとばかりつまんないんですよね。刺激がない。面白くない。心が揺さぶられない。唯一面白いとしたら、そういうぼんやりさんの心をこっちが揺さぶること、ですか(笑)? でもそれもやがて飽きるでしょう。何ていうか、「え、そういうのもアリ?!」「あぁ、もう理解不能!!」というような興奮や驚きを、他人の上に見出したいんですよね。ましてやそれを、イイ男の上に見出せたとしたら。たぶん、これ以上ないくらいの快楽なんじゃないか。そう思うのです。


実は、そんな驚きを、今回この『四谷怪談』の仲代達矢の上に見出すことができました……! 映画前半の仲代達矢は、普通の悪人・伊右衛門だったんです。まるで眠狂四郎のように虚無的なニヒルな表情で人を殺して、「うーん、天知茂バージョンとあまり変わらないかなー」なんて思ってました。

ところが、ラストに近づくにつれ、仲代達矢、バリバリと狂い出すんです! 目をむき、叫び、転げまわり。以前自分に向かって「お前、女に惚れたことねぇのか?」と言った直助(中村勘三郎)の幻覚に向かって、「女に惚れたことのない悪党ほど始末におえないものはねぇだとー?!」と食ってかかり斬りまくり、充血した目をギラつかせ。お岩の亡霊から身を守るための結界も斬り捨て、女も斬り捨て、転げ出るように戸を開けると、サーッと眼前に吹き上げる木枯らしに、舞う粉雪。恐る恐る、ゆっくりと正面を見据えるまでの、自分が何をしているのかもう分からなくなっていることへの恐怖と憤怒と冷酷のまじった、その凄い表情といったら。

ここで私、初めて仲代達矢にセクシーなものを感じてしまいました。何故なら、このときの彼の顔に、何かよくわからない、自分の理解を超えた、謎のような未知のような怖いような底なしのようなものを見たから。このときの仲代達矢には、決して、「実は心の奥底ではお岩を愛していたのだ」とか「何がどうあっても立身出世したかったのだ」とか、そういう「なるほどねー」と腑に落とすことができるようなものは何もなかったと思う。そこには、「意味」なんて何もなくて。それこそ、結局すべてを失くしてすべてがはぎとられた後に残ったのは、真ん中が空洞のダンボール芯だけ、というような。でもそのダンボール芯が異様に頑丈でつぶそうとしてもなかなかつぶれないどころか、なんだか異様な存在感を発している、というような。

そんな空洞と無意味をあらわにしたまま、異様な存在感だけを発して、ただただ目をむいて虚空を睨んでいる。そんなものを目の前にしたら、もうどうしていいのかわかりません、私だったら。まぁ、それがトイレットペーパーの芯だったら「このダンボール芯、なんか不気味だから捨てちゃお」で済みますけど、それがイイ男だったとしたら。もう金縛りにあったように固まりますね。間違いなく。


つまり、セクシーとは、そういうものなのでしょう。きっと。それは、自分の理解を超えたものに対してはそうした反応をするしかない、そうした反応によって未知のものを乗り越えようとするしかない、人間の切ない本能なのかもしれません。だから、外見的に好みだとかスペック的に好みだとか、そういうこととセクシーはあまり関係がないのかもです、実際は。たぶん。もちろん、イイ男であるに越したことはないでしょうけれど、ね。






◆『四谷怪談』(1965年 東宝)
監督:豊田四郎
原作:鶴屋南北
脚色:八住利雄
撮影:村井博
音楽:武満徹
美術:水谷浩
出演:仲代達矢(民谷伊右衛門)
   岡田茉莉子(お岩)
   中村勘三郎(直助権兵衛)
   池内淳子(お袖)
   平幹二朗(佐藤与茂七)
   小沢栄太郎(伊藤喜兵衛)
   大空真弓(お梅)
   淡路恵子(おまき)
   永田靖(四谷左門)
   三島雅夫(宅悦)


 シネマアートン下北沢「ふるえるほどの愛シネマ」特集にて。


 
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