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【映画】 『獣の戯れ』  〜「文子的・奥さん文化」のススメ

2008.06.02 Monday

私はあまりというかほとんど結婚願望というものがないのですが、それはたぶん、結婚して奥さんになっちゃったら、色気とかそういうものとは距離を置いた、雑誌『素敵な奥さん』的日々を送らねばならないのだ、と心のどこかで固く思い込んでいるからに違いない、と最近自己分析しました。でも実際は、奥さんになっている友人や知人を見ても、そんなこと全然ないと思うのですが。え? 『素敵な奥さん』がお気に召さないのなら『婦人画報』的日々っていうのもあるんじゃないか、って? あの、私も自分のこと分かってるんで、玉の輿系統の幻は20代の早いうちに消滅済みです(笑)。

そんな私でも、たまに「奥さんもいいかも〜」と思うときがあります。それは……若尾文子映画を見たとき。人妻の色気をかもしださせたら日本一、いや世界一、それが若尾文子。人妻、というよりも、奥さん、と言うべきでしょう。何しろスクリーンのなかの若尾文子は、いつもこう呼ばれるのですから。「奥さん……」と。

文子的奥さんは、いつだって和服着用。足には足袋。髪はもちろんアップスタイル。稼ぎのよい夫。何不自由のない暮らし。情熱は過剰気味、でも愛情は不足気味(トホホ)。そんな文子の熱っぽいうるんだ目に見つめられると、若い大学生にしろ、仕事一筋のマジメな会社員にしろ、女を手玉にとるジゴロにしろ、男は皆こううめくしかなくなります。「奥さん……」。そしてまるで磁石に引っ張られる砂鉄クズのように、文子に引きずられ離れられなくなり、こうつぶやくしかなくなります。「奥さん……」。

これが、「文子的・奥さん文化」の基本であり、定型。これって、「『素敵な奥さん』的・奥さん文化」とは違うし、「『家庭画報』的・奥さん文化」とも違う、もう一つの「奥さん文化」ではないか、と思うのですけど。実在するかどうかはまた別として。


そんなアナザー奥さん文化を背負って立つ、孤高の奥さん、若尾文子。『獣の戯れ』でも期待に違わず、色気をシュウシュウと発しながら男の人生を怪獣映画並みにメチャクチャにしてくれます。ちょうどタイトルも「獣」となってますけど、ホント、怪獣並みなんですよねぇ。「色気怪獣あらわる! みんな逃げてー!」みたいな。


そんな奥さんの色気の虜となってしまうのが、大学生の幸二(伊藤孝雄)。幸二は、奥さんの夫(河津清三郎)の経営する店で、アルバイトをしているんですね。で、ある日、届け物を頼まれたために訪れた社長の家で、和服姿の美しい奥さん(若尾文子)と出会うことになるのです。

さて、奥さんはこの大学生を(意識的にせよ無意識にせよ)どうやって誘惑するのかと言いますと。奥さんは、趣味で栽培している花をお見せするわ、ということで、幸二を温室に案内します。そしてとりあえず手始めに、虫を捕らえるためにグロテスクな形をしている蘭の花を見せて、
「誘惑的な花でしょう?」
「でも、不気味だな……」
「あなたって、案外、臆病なのね」
こんなセリフを軽〜く投げかけるわけですよ(意識的にせよ無意識にせよ)。で、どう受けとめてよいのか分からずうろたえる幸二に追い討ちをかけるように、その花を一本、プレゼントするんです。

単に花の話をしているのか? 比喩的に女の話をしているのか? もしくはまさに奥さんの話をしているのか? 3つの選択肢に戸惑っているときに、すかさず奥さんから花をプレゼントされた、と。それは、奥さんの好意のしるしである、と。そうなると、アラ不思議、さまざまな意味に受け取ることができたそれまでの会話の意味あいが、ギューッと奥さんだけに絞られてしまうじゃないですか! うーん、お見事。上級者。まるで、ホセに花を投げるカルメン。このテクニック、ぜひ応用してみてくださいね(ってかなり難しそうですけど)。


そんな奥さんは、実は、夫の浮気に苦しんでいる、ということが判明します。幸二は義憤に駆られ、「このままでいいんですか?!」と奥さんを説き、挙句の果てに、奥さんを夫の浮気現場に連れて行く、という余計なことをする始末。そこで妻を殴りつける夫、泣き叫ぶ奥さん、逆上する幸二→スパナで夫の脳天を殴打→服役。といったサイアクな展開を見せるのでした……。

3年後、シャバに戻ってきた幸二は、伊豆へ。そこでは、脳天を殴打されてバカになってしまった夫と、花の栽培を生業にしている奥さんが暮らしており、幸二は彼らの家に住みながら、仕事を手伝うことになるのですが。


ここからが、奥さんの本領発揮です! ある日、村に現れた若い娘・キミちゃんが幸二を好きになり、幸二に会いに家を訪れます。このとき奥さんは、まるで賭場でイカサマを見破った緋牡丹お竜のような行動に出るのです! すなわち。キミちゃんと幸二のただならぬ様子を一瞬で見てとったスゴイ動体視力をもった奥さん、鷹が獲物を捕まえるかのように素早く髪からカンザシを抜きとり、幸二になれなれしく触れたキミちゃんの手にブスリ! ピンを突き立てた! ギャッ!(とは言わないけど)

しかもその夜、奥さんは蚊帳のなかで寝ていた幸二のもとへ忍びこみ。そうして蚊帳ごしに、さっきのはヤキモチを焼いたわけじゃないのよ! うぬぼれないでちょうだい! みたいなことをわざわざ言いに来る(笑)。じゃあ何であんなことをしたのかと言うと、
「無礼で生意気な子をたしなめるために、私はピンを使うの」

だそうで……。(いつもなのか?!)

でも、たぶん、そんなふうに強がりを言いながらも迫ってくる女、って、男にとってはたまらないでしょう。強がったりヤキモチを焼いたりすること=弱点を露呈すること、ですから。それまで余裕をかましてきて、高見からものを言うようなポジションにいて、翻弄したり狼狽させたり、というのは、ずっと奥さんの役割だった。なのに、ここにきて急に立場が逆転してしまったのですから。「コイツ、ついに隙を見せたな(ニヤリ)」ってとこでしょうね、男にしてみれば。というわけで、幸二ったら、急に大胆な言動に出るのですよー(「蚊帳のなかに入れよ」みたいな笑)。

でも。思うんですけど、こういうのも、ここぞ!というときのためにとっておいた、実は奥さんの上級テクニックなのかもしれませんよね。何しろ、本人が意識してやってるのか無意識でやってるのか、テクニックなのか本能なのか、いつもよくわからないところがやっかいで。たぶん、本人もわかってないんだろうな、と思いますが、だからこそもの凄いエネルギーが噴出する。そういえば、優秀な詐欺師は、嘘を嘘だと思って騙すのではなく、自分でも嘘を本当のことだと思いこんで騙すのだ、と聞いたことがあります。そんな「なりきり上手」で思い込みの強い、憑依体質の人のエネルギーにはかなわないよなぁ、と思うことがよくあります。

そんな意識も無意識もごっちゃになって混沌としてしまう「文子的・奥さん文化」においては、エネルギーが充満しすぎて、まわりの男の人生がメチャクチャになるし、さらには、奥さん自身の人生までもがメチャクチャになってしまうんですよ。結局は。噴出するエネルギーが凄まじすぎて、まわりだけじゃなく本人も、その竜巻のようなエネルギーに巻き込まれて、この世の外に吹き飛ばされてしまう。結局いつもそうで、「文子的・奥さん文化」の定型には、実は、「まわりも破滅すれば、自分も破滅する」なんていう一条もあったりするんですよね……。

そう考えたら、文子的奥さんって、怪獣っていうよりも、ほとんど自爆テロリストに近い(笑)。宗派はもちろん、愛。爆弾はもちろん、色気。

「文子的・奥さん文化」。かなり魅惑的なのですが、この世に未練たっぷりのシロウトが容易に手を出すようなものじゃないのかも。『素敵な奥さん』ばりに、ミカンの皮で洗剤を手づくりしたり、トイレのタンクに水を入れたペットボトルを沈めて水道代を節約したり、っていうほうがいいのかも(笑)。あ、でももちろん、手を出したい方は、男性としてでも、奥さんとしてでも、ぜひどうぞ。一生を棒に振るに値するような、甘露で甘美な思いに溺れるのも、この世に生を与えられたものとして価値あることでしょう。そんなエネルギーの竜巻に巻き込まれて、オズの国に飛ばされてしまうのも、人として幸せなことでしょう。それにはもちろん、覚悟が必要ですけどね。決して、ジュディ・ガーランド演じるドロシーのように、「There's no place like home」だなんて、後からグズグズ泣いたりしないようにしたいものです。私たちは大人ですから、ね(笑)。

ちなみに、「文子的・奥さん文化」を学ぶ予習教材としては、この『獣の戯れ』と『「女の小箱」より 夫が見た』と『妻は告白する』と『わたしを深く埋めて』と『千羽鶴』などがオススメ。特に、『「女の小箱」より 夫が見た』は、「文子的・奥さん文化圏」に生息する大物たち、田宮二郎岸田今日子などが登場する最高教材ですので、ぜひ! 



◆『獣の戯れ』(1964年 大映) 
監督:富本壮吉
原作:三島由紀夫
脚色:舟橋和郎
出演:若尾文子(草門優子)
   河津清三郎(草門逸平)
   伊藤孝雄(梅宮幸二)
   三島雅夫(寛仁和尚)
   加藤嘉(木部教誨師)
   紺野ユカ(喜美)

 シネマアートン下北沢「ふるえるほどの愛シネマ」特集にて。
 『獣の戯れ』は6/6(金)まで上映中。

 
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