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【本】 『江戸の女の底力』 氏家幹人

2007.03.02 Friday

ドラマや映画で『大奥』が身近(?)なものになった昨今。ちょっと前まで「大奥」という言葉の周辺には「ピンク」で「マル秘」な空気が漂っていましたが、そんな“日活”で“東映”な空気など、現在ではすっかり払拭されてしまったようす。時代に合わせて、大奥もちゃんと進化しているのですね。

だけど実際、当時の大奥はどんな感じだったんでしょう? そんな疑問に答えてくれるのが、この『江戸の女の底力』(氏家幹人・著 世界文化社)。タイトルは『江戸の女の〜』ですが、サブタイトルは「大奥随筆」。大奥や奥向き周辺でたくましく生きた女性たちを、膨大な史料から集めて紹介しています。2年ほど前、ドラマ『大奥』が始まった頃に出版されて、即買いました。最近ふと再読してみたのですが、改めて面白い。知的でたくましい女性がぞろぞろ出てきて、元気が出ます。

大奥」というのは、徳川将軍が住む江戸城本丸にあった、将軍の正室・側室・生母・子、そしてそれぞれの女中たちが住む場所のこと。もちろん男子禁制です。詳しく言えば、世子(せいし。次期将軍のこと)が住む江戸城西丸にも、大奥と同じようなものがあったそうです。一方、諸大名の藩邸にも、大奥と同じようなものがありました。これを「奥向」と言います。

結局、大奥(将軍家)や奥向(大名家)に住む人々というのは、正室・側室・生母・子ども以外、全員女中。使用人。ということは、大奥に住む女性たちのほとんどが働く女性だったわけで、大奥や奥向というのは、大半の人にとって仕事場だった。そう考えると、大奥=女同士のドロドロ、というイメージがありますが、意外とサバサバ&テキパキしてたんじゃないかなぁって思うのです。




話はちょっと飛びますが、女が集まるとドロドロするとよく言いますね。でも女ばかりの世界って、意外とサバサバしてるのではないでしょうか。ちょうど先日友だちと話していて、女子高出身の女子は共学出身の女子に比べると、言いたいことを歯に衣着せず自然に言える人が多い、つまりサバサバ率が高い、という話になりました(あくまでも率ですが)。

幼稚園から大学までずっと共学で、歯に衣を着せてしまいがち(笑)な私が思うに。男子の割合が高い中にずっといると、知らないうちに女子は男子の価値観を取り込んでしまうのだと思うのです。その結果として、無意識のうちに、女子は男子から期待される役割を担ってしまうということもあり得る(必ずしもそうだとは言いませんが)。よって、どこかで本音を薄衣で包まねばならないこともあり、サバサバ度に歯止めがかかりやすい。という仮説を立ててみました。

ホントに今振り返ってみると、若い(10〜20代の)女子ライフは、意外と大変なのでした。無防備に女の子っぽいと、隙を見せることになっちゃうし、かと言ってそれに反発しようとすると、変に肩肘張ったようになって無理してんの?と言われかねないし、なかなか複雑なバランス感覚が必要とされます。でも別に女子が抑圧されていた!とか言いたいわけじゃなく(笑)、良くも悪くも対社会的にそうしたふるまいをせざるを得ないのが若い女子である、と。どちらにせよ、「女子として自然にふるまう」ということには意外と定まった形がなくて、その置かれた環境に左右されるものだったりするのかもしれません。特に10〜20代の娘ざかりにおいては。

そんなわけで、ともかく男目線と女目線という異なった視点を常に考慮しつつ日々ふるまわなくてはならないというのは、かなりメンドーなことで、勢い、用心深く、歯に衣着せがちにもなる(笑)。30歳過ぎたらラクになった〜という声をよく聞きますし実際私もそう思いますが、それには、無理せず「人間」としてふるまえるようになってラクになった〜という意味も、ある程度は含まれているのかもと思ったりするのです。

…と、話は飛びましたが、つまり女性しかいない環境下にある女性は、女性としてふるまうというよりも、シンプルに「人間」としてふるまうことができるため、サバサバ度が高くなりやすいのではないか、と思った次第。

それに、もし女性が集まってドロドロするんだったら、男性が集まったってドロドロするはずですよねー。美輪明宏氏いわく、女性より男性のほうが「出世」や「モテ」に対する嫉妬心はスゴイとか…(笑)。ま、でも本当のところは私にはわかりませんが〜(と、歯に衣着せてさらに奥歯にものを詰め込もうとする私は、共学出身です)。




えーと、話を大奥・奥向に戻しますと。この女ばかりの職場には、もちろん経済的な理由から就職する人もいましたが、花嫁修行、社会修行、女学校、的な効果を求めて就職するお嬢様が多かったそうです。奥勤めの俸給はたいてい安く、それなのにお洒落やらお付き合いやらでかなりの出費を余儀なくされたとか。

しかしその修行効果はバツグンだったようで、奥女中には高い教養と知性を身につけた女性がたくさんいたそうです。本書で紹介されている奥女中のなかで、ひときわ知的でカッコイイ女性として紹介されているのが、川路聖謨の妻だった、高子さん。彼女の職歴を紹介しますと。

文化元年(1804年)、下級武士の家に誕生。文政元年(1818年)、15歳の時に、姫君付きの奥女中として紀伊徳川家の江戸藩邸へ。23歳の時、姫が亡くなったため退職。その数年後、今度は11代将軍徳川家斉の娘で、広島藩主にお嫁入りした姫君付きの奥女中として、広島藩の江戸藩邸へ。そして35歳の時に、勘定吟味役の川路聖謨と結婚しました。

彼女がどんな家で育ち、どのような教育を受けたのかは不明だそうですが、かなりの美人であるうえに、非常なキレ者だったそうです。そんなエピソードをひとつ。

ある時、夫が妻の本箱にあった柳亭種彦の『御誂染遠山鹿子(おあつらえぞめとおやまかのこ)』(お芝居仕立てのエンターテイメント本)を思わず読んでしまった。夫が、こんな本についつい夢中になっちゃって時間を無駄にしたよ〜と言うと、高子はこう答えました。
「能狂言もいにしへの芝居ならずや、こころをたのしましむる上は、雅楽も芝居の淫風ならむものなるべし」 (本書P236より)
本書を参考にして簡単に訳すると、「能狂言だって、つまりは昔のお芝居だったわけよね? 人を楽しませるという意味でお芝居が低俗だって言うなら、人を楽しませるという意味で雅楽だって低俗と言わねばならないと思うけど!」。・・・ごもっとも! ちなみにここでいう芝居とは、歌舞伎のこと。江戸時代当時、歌舞伎は「卑俗なもの」と見なされ、一方の能狂言や雅楽は「高尚なもの」として扱われていたのです。いつの時代でも、古いもの=価値あるもの、現代のもの=卑俗なもの、と見なされがち。私自身も古いもの崇拝の傾向にあるので、ちょっと反省(笑)。

そんな感じで、面白エピソードがいっぱい。最後についている参考文献リストも詳しく、読んでみたい本がたくさんあって親切かつ便利です!

そういえば…。この『江戸の女の底力』と似たタイトルのステキな着物本が出たので即購入したのですが、拙書『色っぽいキモノ』で書いた文とソックリな個所(文節を入れ替えただけとか…)を発見してしまいました。。細かいですが。せめて参考文献に入れて欲しかったな〜とちょっぴり残念に思ったのでした。


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