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【着物】 「小唄in神楽坂」でのキモノと髪型。もしくは、日本舞踊や『さわぎ』について。

2010.11.02 Tuesday

先日の日曜日(10/31)、「小唄in神楽坂」に踊りで参加いたしました! 文筆家であり小唄師でもある宮澤やすみさんが主催するこのイベント、踊りで参加するのは今年で5年目! 最初はホントに気軽なノリで引き受けていたのですが、年々、「人前で踊ること」の怖さ恐ろしさを感じつつあります…。これも成長ゆえ、と思いたい。。分解能が上がれば上がるほど、自分の無力さに気がついて愕然とするものですから…。逆に、分解能が低ければ低いほど、無知であればあるほど、未熟であればあるほど、自信満々だったりエラそうだったりして(笑)。そういう人っていますよね? 誰でもそういうものだと思うのですよ人間って(と、己れを諫めつつ)。

と、最初から反省モードな私ですが、とにかく最近、日本舞踊の奥深さをしみじみ感じているのです〜。去年、花柳流の名取になりましたけど、名取というのは「やっとABCD〜のアルファベットを言えるようにはなった」ということに近くて、それができて初めて「そのアルファベットを組み合わせて、意味や感情や情景や空気や世界を表現し、伝える」という段階に入れて、で、それはアルファベットを覚えることの“比ではない”のだ、ということに改めて気付きました。って、そんなの文章や絵とかに例えてみれば、当然すぎるほど当然のことですが…。日本舞踊を始めて10年目に入ろうとしている今、やっとそういうことに気付いた…というか、やっとそういう表現欲求が少しは出てきたということなのかもしれません。遅い?!

そう、実は私、踊りでなにかを表現したいとは、ほとんど思っていなかったのです。とにかく踊りの基礎をしっかり身につけたいと思うばかりで、踊りでなにかを表現したいなんて滅相もない、と…。自己表現なんて、最も難しいことですしね。

話はちょっと脱線しますが、こういうことって人それぞれの感覚だとは思うのですが、私は「自己表現」ということに関して結構懐疑的というか慎重派でして。「いち表現者として」「自己表現していきたい」みたいなことを何の躊躇もなく口にされる方(芸能人含む)をたまに目にすることありますけど、「表現者と自称するほどの鍛錬を積んでるのかな?」「表現するほどの基礎があるのかな?」「表現するほど自己が充満しているのかな?」と思ってしまうのですよ。もちろん、「基礎とか鍛錬とか自己の充満とかなくたって、表現は自由だろ?」と言われればそのとおりです。ただ、「基礎とか鍛錬とか自己の充満とか、そういうことはほとんど気にならずに、“表現者として・自己表現したい”とか言えちゃう」ような、良くも悪くも“ニブい”感覚の人の表現って…、たぶんかなり“大味”なんだろうなぁ、と思うだけで。でも、大味は大味で需要はあるからいいんですけどねもちろん。私も1年に1回くらいはマクドナルドのハンバーガーとか食べますから。




なんて、わ〜話が飛びました! そうそう、「小唄in神楽坂」でのキモノと髪型について書きたいと思います! 

このイベントでは毎年、祖母が娘時代に着ていた鮮やかなブルーの加賀友禅中振袖に、これも祖母が娘時代に締めていた丸帯を袋帯に仕立て直した帯を締めて、「アンティーク風」かつ「華やかめ」にしていました。
 →2009年のレポート;
 「先月、「小唄in神楽坂」で踊りました記。 〜もしくは、「ものまね」と「野望」、「技術」と「個性」について。」。
 →2008年のレポート;
 「「小唄in神楽坂」で踊りました記 2  〜本番編。

去年の写真がコレ。





ですが、毎年同じキモノっていうのもそろそろまずいなーと思いまして、今年はガラッと変えて「現代風」かつ「渋め」してみました。



グレーがかった地味な青の訪問着は、肩と裾にほんの少しだけ花が散っていて、ところどころ白いぼかしが入っているだけのホントに地味な柄ゆき。いただきものでちょっと大きかったので、少し身幅があまってしまっていますが。

金銀の箔をはった帯は、母の帯を借りてきました。「この帯ちょうだい!」と言ったところ、「留袖にあわせるためのすごくいい帯だからコレはあげられない!」と拒否されました。が、私も妹もヨメにもいく予定もない昨今、母が留袖を着る機会っていつよ? ってことで、今回私が使ってあげました(笑)。これも親孝行かな♪




それと、キモノ姿の一番の要(かなめ)が、髪型です。以前もキモノの時の髪型について書きましたが(→「キモノの時の髪型について! 〜ついでに、2009年まとめ。」)、キモノ姿を決定するのは、実は髪型だったりするんですよね〜。で、今年も違う美容院にいってみました。今回お願いしたのは、新橋芸者さんや銀座ホステスさん御用達セットサロン「小林榮二美容室」です。


セットの時は、まず髪全体をカーラーで巻く。この段階が一番ドキドキして好き。




全体にカーラーを巻いた後、さてどんな髪型にするかという段階に。

「今日はどうしましょうか?」
「あの〜、実は、小唄の会で踊るんですけど、毎年夜会巻きっぽくしてるんですが…」
「うーん、夜会巻きもいいけど…ちょっとそれ普通すぎて面白くない気もするから、もっと遊んでみたらどうかな? クラシカルな感じとか似合うんじゃない?」
「ク、クラシカル!!!!! そ、それでおまかせします!!」

というようなやり取りの後、作っていただいた髪形がこれです!








ほぼおまかせしてしまって、大正解でした! 今までいろいろな美容院で結ってもらいましたが、これが一番好きかも…!! 髱(たぼ)をかなり下めにふくらませて、前髪から鬢(びん)にかけて抑えめにふくらませた、クラシカルな髪型。こういうの、今の新橋芸者さんや銀座ホステスさんはほとんど結わないそうですが、とある有名銀座クラブのオーナーママが結っていてトレードマークのようになっていたのだそうです。

そういえば、映画『極道の妻たち』の岩下志麻といえば、「髱(たぼ)を下めに大きくふくらませて、前髪から鬢(びん)にかけても大きくふくらませた髪型」。通称「極妻ヘア」と言われていますよね〜。

歌舞伎や浮世絵などを見ていると、「上に上げれば上げるほど甘く(若く)なり、下に下げれば下げるほど粋に(年増に)なる」という、江戸時代から続く美意識の法則がだいたいわかります。




というわけで、神楽坂の毘沙門天(善国寺)境内の書院にて、「小唄in神楽坂」が開催されました。

宮澤やすみさん登場! まずは、やすみさんの小唄演奏です。




今回はトークの時間もありました。内容は、日本舞踊について、着物について、三味線について、小唄について。



特に日本舞踊についてはどこかで話したいと思っていたので、とてもよい機会でした。「日本舞踊と、西洋のダンスとの違いは?」とやすみさんに聞かれて話したのが、「西洋のダンスは上へ上へとからだを伸ばす動きが基本だと思うのですが、日本舞踊は下へ下へとからだを沈ませる運動が基本」だということ。

例えば、この写真を見ていただければわかると思うのですが、



足を曲げて中腰状態(空気椅子状態)になっています。これ、たまたま中腰になった瞬間を撮影したのではなく、踊っているあいだ中ずっとこの中腰状態をキープし続けるのが、日本舞踊の基本のカタチ。これを日本舞踊では「腰を入れる」と言います。何はともあれ、日本舞踊では「腰を入れる」ことがすべての基本なのです。

で、さらに言えば、ふつうは中腰になると上半身が前のめりになりがちなのですが、そこは逆に背筋でもってグッと上半身を反らさねばなりません。そうするとお腹を出っ張らせたくなりますが、そこは腹筋でもってグッとお腹を引っ込めなくてはなりません。そうするとお尻を出っ張らせたくなりますが、そこは腿の筋肉でもってグッとお尻を出っ張らせずにからだの重心を下へ〜地面へ〜とおろさねばなりません。…と、細かいことを言い始めるときりがないほどで、私もまだまだわからないことだらけなのですが…。とにかく想像以上に、筋肉、つかいます! 私の師匠(花柳美嘉千代先生)のからだがアスリート並みなのも、納得。

で、この「腰を入れる」っていうのは、「かたち」の問題っていうより「機能」の面で優れていて、腰を入れて重心を落とすことによって、激しい動きや複雑な動きも、バランスを崩さず安定した状態でとることができるようになるのです〜。

たとえばこの写真を見ていただければわかるかと思いますが、



これは左足は右方向に向けつつ、右足は左方向に向け、さらに上半身は右方向に向けて、さらにこの数秒後、頭部は左方向に向ける、というそれぞれの部分がジグザクに別方向を向いた「ねじり」のかたちですが、こういう無理な態勢をとってもからだがグラつかずにいられるのは、腰を入れているから、なのです。

日本語には「本腰を入れる」とか「腰を据える」なんて言い回しがありますけど、日本人は昔から、「自然や重力に逆らわず、どっしりと重心をおろす」ことを重視したんでしょうか。それは、むしろ、「自然や重力の力を、自分のよいように利用する」ということだったのかもしれませんね。ハッキリ言ってしまえば、「無駄な抵抗は最初からしない」っていうか。…リアリスト! 日本人って勤勉とか努力家とか言われてますけど、意外と怠け者(いい意味で)だったような気がしてならない昨今です(笑)。



そんなわけですが、そうそう、今回私が踊ったのは、「移り香」と「今日もまた」の2曲。

「移り香」
移り香や たたむ寝巻きの 襟もとに
ひと筋からむ こぼれ髪
帰してやるんじゃ なかったに
ふくむ未練の 夜のさかずき

「今日もまた」
今日もまた 逢えぬ座敷の 深酒や 醒めりゃ泣き癖 
新道の 雨は夜上がり 薄明かり
送りましょかよ 送られましょか
せめてあの丁の角までも
こうも逢いたくなるものか エエ気にかかる 恋の辻占や




「今日もまた」は、宮澤やすみさんの「本手(ほんで)」と、お弟子さん(美人)の「替手(かえで)」の二挺で、にぎやかな雰囲気に。


特に、この「今日もまた」という曲は、「さわぎ」という別の曲が始めと途中と最後に挿入されています。「小唄in神楽坂」では毎回自分で振り付けをしているのですが、「さわぎ」は以前に踊ったことがあったので、その振り付けを少しアレンジしました。「さわぎ」は、全国の花柳界で芸者さんによって踊られている有名な曲ですが、ふつう、日本舞踊のお稽古場で教えるものではありません。なのにいつ私が「さわぎ」を踊ったのか? と言うと、今年のはじめに日本舞踊パフォーマンスグループ「和楽」でのおシゴトで、踊ったのでした。

「さわぎ」を踊った時の写真。某ホテルにて。




ちなみに、今では各地の花柳界で踊られている「さわぎ」ですが、本来は吉原芸者しか演奏してはいけない曲だったそうです。今年6月にお亡くなりになった最後の吉原芸者・みな子姐さんに、音曲師の柳家紫文さんがインタビューをした、ものすご〜〜く面白い本『華より花』(主婦と生活社)によると、「さわぎ」は、江戸から戦前にかけて繁栄した遊郭「吉原」で、吉原芸者(花魁とは違いますよー)が演奏した吉原のテーマソングだったのだとか。本書によると、

「今は他所土地(よそとこ)の花柳界でも当たり前にさわぎをやっているけれど、ホントは吉原の許可がないとやってはいけないものです。昔はその許可をもらいに吉原に来たものですけどね」

「他所土地(よそとこ)では「さわぎ」で踊るようですが、吉原では決して踊ることはありません。「さわぎ」は踊る曲ではないというのが吉原の基本です」

というのは全然知らなかったので、驚きました! 思いっきり違反しまくりですよ!(>自分)

あ、あと、念のためですが、芸者と花魁は全く別のものです。「吉原」には、からだを売る「花魁(おいらん)」のほかに、唄・三味線・踊りなどで客を楽しませる「吉原芸者」がいました。吉原には「引手茶屋」という今の料亭のような場所があり、お金持ちの客はまずこの引手茶屋で吉原芸者の芸を楽しんでから、「貸座敷」とよばれた遊女屋にいって花魁と遊ぶ、というのが基本の流れだったそうです。もちろん、芸者はからだは売らないのが建て前。吉原芸者についての詳しいことは、『華より花』(みな子・主婦と生活社)をぜひ読んでみてください。ものすご〜く面白かったです。こういう貴重な歴史的証言を残すこと、しかもそれを一部の専門家向けにというよりは、一般向けに紹介することは、とても大切なことですよね。




そんなわけで、長々と書きましたが、今年も無事終わってよかったです。お忙しいなかいらっしゃってくださった皆さま、本当にありがとうございました!!! 主催者の宮澤やすみさんいわく「来年も開催する」とのことですので、ぜひ来年もいらしていただけたら嬉しいです。





■宮澤やすみさんのサイト

 「宮澤やすみ 公式サイト 仏像と和菓子と三味線と

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