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【雑記】 スケジュール帳が真っ白であることの幸せについて。  〜または、時間の使い方について。

2009.09.29 Tuesday

秋はいい。何も考えずに外に出て、空を見上げて風に吹かれて空気を吸うだけでいい。春のようにソワソワすることもなく、夏のようにカーッとすることもなく、冬のようにキュウッとすることもなく、そのままスーッと、空か、風か、空気になれるのが、秋。

先日もTAICOCLUB'09 KAWASAKI に行き、夜空と夜風と夜気になってきました! 会場は、できて1年ちょっとという新しすぎる公園、「東扇島東公園」@川崎市。この公園の格別にステキだったところは、何といってもイキナリ現われる海と砂浜! 打ち寄せる波! 汐の香り! 貝殻! 夜空! 夜風! 音楽! レーザービーーム! ……な中で踊り狂いすぎて、ケータイ、デジカメ、マルちゃん等、落としました……(これについて多くは語らない予定)。



(上は、月影屋にてサプライズなバースディパーティをしていただいたときの画像。ショウちゃんケーキありがとう♪)


秋になってあんまり仕事もないし、ということは遊ぶお金もないし、しばらく大人しくしてよ……と、読書三昧、たまに自転車、の日々。え、ヒマそう? いや、でも、忙しいと言えばこれ以上ないくらい忙しいのです、個人的には(笑)。というのは、私は、「時間を拘束される予定(仕事や打ち合わせや遊びや付き合い)が入っていない状態」=「忙しくない状態」とは捉えていないので。むしろ、「時間を拘束される予定(仕事や打ち合わせや遊びや付き合い)が入っている状態」のほうが、私にとっては「忙しくない状態」、かもしれません。って、別に、負け惜しみ大会じゃありません(笑)。どういうことかと言いますと。

「時間を拘束される予定」が入っている日は、まとまった時間を確保しにくいため、じっくり何かを読んだり考えたり作ったり書いたり、ということが難しくなります。つまりそういう日は、細切れ時間に見合ったことしかできません。ですので、何かにじっくり取り組むことは最初から諦めることができます。そういう意味で、そういう日は「忙しくないよ」と公言していろいろな予定を入れることができます。

逆に、「時間を拘束される予定」が入っていない日は、まとまった時間を確保できるため、じっくり何かを読んだり考えたり作ったり書いたり、ということが可能になります。そういう貴重な日は、細切れ時間ではできないようなことにじっくり取り組むことができるので、個人的にはとっても忙しい。そういう意味で、「ちょっと忙しい」と言えるわけです。

なんて、こんなことを書くと、「せっかくの仕事や遊びや社交を、時間を拘束される予定、だなんて言いやがって! 反社会的な人間め!」「あんなヤツもう誘ってなんかやらない!」なんて思われるでしょうか? でも、決してそういう意味ではないのです。



なぜなら、自分の世界と外の世界と、どちらも大事にしたいと思うからこそ、そうしたやりくりがとっても大事なのだと私は思っているからです。だって、自分の世界をしっかり充実させられない状態で、どうして他人に興味をもったり気を配ったり優しくしたりする余裕がもてるでしょうか? もちろんそういう人もいるでしょうけれど、私はムリです。自分のやりたいことやしなければならないことが気になって、心あらずになったり、イライラしたり、どちらにせよ集中できない状態となってしまう。

そして、もしかしてここが一番重要なことかもしれないのですが、「自分の世界を充実させるには“ある程度まとまった一人の時間”を必要とする種類の人間」というのがいて、幸か不幸か、自分はそういう種類の人間の典型だ、ということなのです……。こういう種類の人間にとっては、時間って、本当に本当に、他人が想像する以上に、大切なんですよね。切実に。



そうそう、スケジュールと時間の使い方に関して、最近読んだドクター苫米地の新刊『テレビは見てはいけない』(←かなり面白かったです)に、こんな一文がありました。
私はかつて慶応義塾大学の湘南藤沢キャンパスが設立されたときに、クラスを手伝っていたことがありました。(中略)

彼ら(上記の学生たち)と話してみると、「スケジュール帳がいっぱいになっていないと不安だ」というのです。自分のスケジュールが予定で満タンであることが、日々を有意義に過ごしている判断基準になっているのです。(中略)

私たちのような科学者は逆に、スケジュールがすっからかんであればあるほど嬉しく感じます。なぜなら予定の入っている時間は、科学者にとって生産性のある時間とはいえないからです。(中略)

学問というのは、すっからかんの時間がないとできないのです。だれにも会わずに考えているのが学問なのですから。だから学者にとっては、スケジュールが空っぽのときがいちばん生産的なのです。世界じゅうの学者が、そのように生きているはずです。

もちろん、私は科学者でも学者でもありません。でも、上記のくだりには深く納得したのです。なぜなら私も、スケジュール帳がすっからかんだと嬉しがるタイプなので。だって、スケジュールでいっぱいだったら、単純な話、本さえもじっくり読めないじゃないですか? ねぇ? そういう人たちって、本も読まないのかしら? そういえば、こないだ山崎ナオコーラさんと山崎まどかさんが(別々に)出演する「読書」をテーマにしたトークイベントに行ったのですが、司会をされていたアナウンサーのキサアヤコさんが「本は月に1冊も読まないくらい」と仰っていて、「普通はそういうもんなんだろうなぁ(=自分は変わりもんなんだろうなぁ)」とちょっぴりしんみりしました。。

そんなわけですが、「スケジュール帳全然埋まってないくせして、何忙しがってるんだよ?」と笑われようが、自分の時間を確保することにおいては頑なに必死にがんばりたいです。

……と言っても、ずっと一人でいたいわけじゃないんですよ、もちろん、人と会ったり遊んだりするのは大好きなのですよ。ただ、結局のところ、私たちはヒマな子供ではないので(って、最近の子供は私より忙しいのかもしれないが)、放っておけば大人の雑務に追われて人生終了、ってことも十分ありえてしまうということだと思うのです。そして世の中というのは、人にボーッと考える時間を与えないように(正確に言えば、そんなボーッと考える余裕があるならそのぶんお金を使わせる方向に)動いているものだとも。なので、ある程度まとまった自分の時間を手に入れたいのなら、それは意識して必死にコントロールする必要がある、と。そうじゃないと、そんな時間は手に入らないまま人生終わってしまうかもしれないよ、と。ただ、それだけのこと、なのでした。




(上は、月影屋のなつき姐さんがケーキの上のチョコレートに、何の躊躇もなくマジックで「36」と書き入れた瞬間の図。キャー)




 
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