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【本】 『雨月物語』上田秋成  〜執着と妄念について。または、再読のススメ。

2009.08.12 Wednesday

最近すっかりTVを見る習慣がなくなり、「時間が節約できてる!」と喜んでいたのに、のりP事件のおかげで「とりあえず起きたらTVつける」な日々になってしまいました……。どのワイドショウでも、サイケDJと化したのりPがどっかのパーティでskaziの『Hit 'n' Run 』をかけて踊りまくるこの映像が、流れまくり。……にしても、昼間から、地上波で、skaziの『Hit 'n' Run 』がかかりまくる日が来るとは(笑)。私これ、大好きなんですよ〜! 何も考えなくていい念仏感がたまりません。頭カラッポになれます(笑)。のりPも頭カラッポにしたかったんだろうなぁ。 
↓ skazi 『Hit 'n' Run』



あ、先日、お友達に「のりP事件見てナギちゃん大丈夫かと思っちゃったけど大丈夫?」と言われましたが、全くその気はないので大丈夫です(笑)。だって私、お酒に弱いので、テキーラ3杯+ジントニック3杯で、一晩中、超絶ハイテンションをキープできるんだもん(でもあまり記憶はトバないのが寂しいといえば寂しい)。

って、そんなことはよいとして! 

ようやく本格化してきた真夏の昼下がり。浴衣を着て出かけた先で、コーヒーを飲みつつ読んだ本が、『雨月物語 (上)』『雨月物語 (下)』(講談社学術文庫)。江戸中期の国学者・上田秋成による、怪異小説集。って、「なぜ今さら雨月物語?」な感じかもしれません。確かに、文科系学生にとっての必読書ですから、「あ〜昔読んだ」な方も多いでしょう。でも、実は、そういう正真正銘の名作こそ、大人になってからも何度でも再読すべき本、だと思うのです。

名作好きの教養主義者と思われてしまうかもしれませんが、名作と言われているものには、やはりそう言われるだけの深さや幅があるものだと思います(たいていは)。だけど、その深さや幅は、誰でも100%感受できる、というわけではないのですよね……残念ながら。実は、その作品の深さや幅は、受け手の深さや幅のぶんしか、感受できない。受け手のキャパシティ次第、のところがあるのです。

だから、良いものを若いうちに摂取することって、もの凄く大切だと思うんですけど、効率(?)を重んじるあまり、「コレは昔読んだから、もう読まなくていい」とか、「アレは学生の時に読んだけど、名作って言われてるわりにたいしたことなかったぜ」となってしまうのは、とっても残念でもったいないことなのではないかな、と。

そんなわけで、過去に読んだ本の再読というのは、私にとって、自分の成長や変化のバロメーターにもなってくれるのです。「私、10年前はコレを読んであんなふうに感じたのに、今は全く違う感じ方してる! うわー!」……っていうこと、よくあります。本だけではなく、映画とか、漫画とか、絵画とかでも同じですけど。つまり、昔読んだ本を再び読むことは、新たな自分を発見するきっかけにもなる。

そして、さらに、そういう体験を積むと、「自分はいつだって同じ自分だと思っているけど、自分が同じ自分でいることって、ありえないんだな」ということに気がつきます。そしてさらに、「ということは、自分だけでなく、他人も、世の中も、同じ状態が続くことなんてありえないのだな」と、つくづく思うようになるのですよね。そんな時、私はいつも『方丈記』の有名な冒頭、
行く川のながれは絶えずして しかも本(もと)の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは かつ消え かつ結びて 久しくとどまることなし。
を思い出してしまうのですけれど。無常観。常なるものは無し、という感覚。だって、当の自分でさえもこうやって変わっていくのですから。変わるなんて、思いもしなかったのに。そんなことをしみじみ考えると、他人にも、世の中にも、ちょっとだけ、優しくなれます(笑)。



だけど、それでもなお、人のなかには、変わらない思いや、変わらないものを求める心が存在してしまう、というのも確かなことで。物事はすべて移り変わるという“自然”に反して、というか、“自然”がそうであるがゆえにいっそう、人は、変わらない状態、変わらないもの、を求めてしまう。永遠に手に入らない何か、を求めてしまう。人間は“自然”の一部であるのにも関わらず、人間の観念は“自然”に抗おうとするものなのかもしれません。そして、それは、ある意味では、「信念」や「意志」となることもあるけれど、その一方で、「執着」や「妄念」となってしまう場合もある、のです。……え? その線引き? それが私にわかれば、私は今頃、観音様のような顔つきをしていることでしょう(笑)。



そんな「人間の心がもってしまう執着や妄念」や、それとは相反する「無常のこの世」を、厳しくも風情ある筆致で描いたのが、『雨月物語』なのです。

そんな作品ですから、『雨月物語』、ハッキリ言って、子供にわかるはずないんですよね(笑)。私、小学生の時に父親に強制されて読みましたが、単なる怪談集としか読めませんでした(もちろん、それはそれで楽しめるのでそれで良いのですが)。ええ、実は大学生の時だって、あまりよくわかっていませんでした。表向きは、「『雨月物語』って、スバラシイよね〜」なんてエラソーなことを言い、「なかでも『青頭巾』なんて、お付きの美少年を愛するお坊さんが出てきて、愛情が昂じてその美少年の死体まで食べちゃうんだから、最高!」なんて言っていましたが……。

無常のこの世に生きながらも、それでも永遠なる何かを追い求めてしまう悲しい人間の、恐ろしさ、凄まじさ。……そんなことに気づいた時、浴衣と肌のあわいに、ひんやりとした空気が流れ込みました。だって私も、そんな人間のひとりだもの。

真夏の蒸し暑い夜に、『雨月物語』。いかがですか? きっと、涼しくなること請け合いです。



……なんて言いながら。また数年経った後に『雨月物語』を読んだら、また違う感慨が得られるのかもしれません。その時の私によっては、ほのぼのした読後感だったりして? 「これを読んで戦慄していた頃の私は、まだまだ青かったわ〜」なんて思ったりしていたら、いいなぁ(希望)。願わくば、何年か後に『雨月物語』を読んだ時には、それなりに変化している自分でありますように。ま、変わらないなら変わらないで、それはそれでいいのですけどね。あ、それよりも何よりも、「また『雨月物語』を読もう!」と思えるような、そんなほどほどに情熱をもった自分でありますように。




★ついでにお知らせ。
8月21日(金)に、浴衣着付け講座in月影屋「色っぽい着付け、教えます。」が開催されます♪ ぜひいらっしゃってくださいね。詳しくは、こちらこちらへ。





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