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【着物】 『Numero』での米原康正さんのコラム、「日常着としての着物編」  〜ヤンキー的価値観。逃げることと、自分で探すこと。

2009.06.24 Wednesday

月影屋in伊勢丹の第一弾の売り子稼業が終了し、やっとブログが書ける感じになりました。お友だちをはじめ、拙書やブログを読んでくださっている方もたくさん来てくださって、とても嬉しかったです。ありがとうございました! 月影屋inラフォーレ原宿も、ちょっぴり手伝う予定(今のところ6/30確定)ですし、7/22〜8/11には、月影屋in伊勢丹の第二弾(男子浴衣メイン)もありますので、ぜひいらっしゃってくださいね……!



numero.jpgというわけで、キモノ絡みでお知らせですが、『Numero TOKYO』(7・8月合併号)で参加させていただいた「米原康正のポップな東京文化人類学。 Tokyo girls」が、webサイト「Numero.jp」にUPされました。→こちら! 

登場している女性は、みなさん、オシャレの選択肢のひとつとして着物を日常的に楽しんでいる方ばかり。さすがのコーディネートで、圧巻でした。私は、月影屋の★浴衣の下に襟つけて長襦袢着て、「コレ、木綿のキモノですの」というコンセプトのもとに着ましたが……(無理あり?)。着物コーディネーターの如月まみさんや、先日ブログに書いた柳家紫文さんのお店「ちんとんしゃん」(高円寺)の美人女将も登場されています。「どこに行っても雑誌なかったんだけど……」というメールもいただいたりしたので(笑)、ぜひサイトをご覧くださいね。



さて、このページは、エロカワ系人気カメラマンの米原康正さんの連載ページなのですが、毎号、米原さんのコラムがついていまして。これが、とっても面白いのです……! タイトルが「東京文化人類学」というだけあって、「東京」「女の子」「流行」「文化」などについて、独自の視点から鋭く「斬って」いるのですが。決して、ありがちな、何かを言ってるようで結局は何にも言ってないぼんやりエッセイとか、ワタシのキラキラライフ自慢エッセイとか、ではありません。長年、編集者&カメラマンとしてシゴトをしてきた米原さんが肌で感じた「東京」「女の子」「流行」「文化」などを、誰に迎合することもなく(女の子にも迎合せず)、スパッと言いたいことを書いている。いや、こんなに媚びていない(著名人の)コラムは、最近見かけない! と、ちょっぴり感動したのでした。

今の時代って、批判したり主張したりするよりも、「この流れにノッかっちゃったもの勝ちじゃん?」的空気、ありますよね? いや、ネット上で批判……というか、ヒガミやタタキやサラシなどが蔓延し過ぎてしまった結果、そういうものに辟易してしまって、「もう主張とか批判とか面倒なことはいいから世の中の流れに乗ってしまえー!」と、思わなくもなかったり。もう何もかもが面倒くさくなって、ふっとそういう誘惑にかられることが私もあります。

でも、それは、怠惰な姿勢なんですよ。というか、そうしようとしたところで、結局はできないんですよ……だいたいつまらないし(笑)。やっぱりどうしたって、「これってヘンじゃない?」「あれはなぜ?」「それでいいんだろうか?」「これはオカシイと思うんだけど」っていうことに日々、遭遇しますから。確かに、「ま、いっか。どうせ関係ないし」で済むことも多いです。でも、そういう自分と関係ないことにさえ「なぜ?」を追求して考えていくと、思わぬところで自分と関係あることにつながったりする。メビウスの輪みたいに、「わ! こことここがつながってた! うわー」という異次元が、ポカッと目の前に現れたりする。そのときの快楽と言ったら!! だからやっぱり、「なぜ?」の謎解きは、楽しいんです。一度クセになったら、止められません。

そんな「なぜ?」の謎解きの楽しさが、米原さんのコラムにもありました。きっと、米原さんもそういう謎解きがお好きなんだろうなぁ……と、勝手に想像してしまったのですが。

というわけで、今回の米原さんのコラム「日常着としての着物編」は、以下。
(「Numero.jp」より転載しました)
ある着物メーカーとカタログ製作の仕事をした。そこで着物とは、成人式の日に合わせて販売するものであり、その顧客は成人式に参加する女の子たちであるということを再確認する。売れ筋の着物(晴れ着)をチェック。もちろん成人式に出席する女の子たちに買わせようとしているのだから、そんな彼女たちの趣味が色濃く反映されている。ひと言で言えば「小悪魔ageha」風。ヤンキーフレバーバリバリなのだ。だから良くない、とここで言いたいのではない。ただ成人式に参加する女子に合わせる、ということはそういうことなのだってことを伝えたいだけだ。成人式は長いことヤンキー的な資質を持った参加者に占拠されている。シーズンになればテレビは毎年各地の犢咾譴神人式瓩離縫紂璽垢鮗茲蠑紊欧襦ただし、ここで気づかなければいけないことは、どんなに態度が悪かろうが、どんなに大騒ぎしようが、彼ら彼女らがきちんと式典に参加しているという事実だ。行政側が彼ら、彼女らを排除したら、式典は成立しないのである。ヤンキー的な資質とは、発せられた情報を自分解釈なしにそのまま受け入れることである、と僕は考える。「なぜ成人式?」という理由をないがしろにして「今までそうだったから」というだけで式を開催する行政サイド、そこに合わせた着物柄を作るメーカー、そして毎年同じニュースを垂れ流すマスコミもヤンキー的な資質を持つ。そこに共通して流れる気分、それは「自分はそうは思ってなかったのに、そうなってしまった」という漠然とした被害者意識だ。だけど、それじゃあつまらない、と思うのなら簡単にそこを抜け出す方法は存在する。「自分で探し、自分で選ぶ」という行為を、楽しめればいいのである。

太字は、私が勝手につけましたが。呉服業界や行政関係や若者の状況に対して、「なぜ?」「ヘンじゃない?」と感じたのを手がかりに、「ヤンキー的な資質とは、発せられた情報を自分解釈なしにそのまま受け入れることである」というひとつの手がかりを見出し、そしてそれを軸にして「それじゃあつまらない、と思うのなら簡単にそこを抜け出す方法は存在する。「自分で探し、自分で選ぶ」という行為を、楽しめればいい」という解決策を導き出す。これが謎解きの楽しさなのです。



だけど、この解釈は面白いなぁ、と思いました。ヤンキーやツッパリや不良って、体制に反発する存在なので、どっちかというと自分なりに解釈する存在のようにも思えますが、そうじゃないのだ、というところが面白いところです。

そう、体制も反体制も、世の中のルールを絶対視している点で、実はある意味、同じなんですよ、ね……。私は千葉の田舎出身で、思いっきりヤンキー文化のなかで育ちましたが、中学時代のヤンキー少年少女たちは、現在、思いっきり「まとも」な日々を送っています。公務員もしくは家業を継いで、結婚して、子どもいて、家買って、車買って、犬も飼って、夜はドラマかバラエティを見て、年に1度はディズニーランドに行き(千葉県だから)、そしてお財布はヴィトンとかコーチ、だったりするんだろうな〜、と。あ、別にそれが悪いって言ってるのではありませんよ。私、ヤンキー文化って、どっちかというと好きですし(笑)。そうじゃなくて、あのとき優等生ぶってマトモぶってた自分のほうが、よっぽど道にはずれてしまっているという現状、「30半ばにもなって、ローンの組み方も知らないのかよ?」と笑われそうな現状に思いをはせると、なんとも言いがたいなぁ、と。そういうことです(笑)。



こないだ読んだテイ・トウワの対談集『BOOK FUN』(表紙デザインは大竹伸朗)で、米原さんが以下のような話をしていました。
米原 「(地元は)熊本。たぶん、田舎のほうに住めば住むほど勉強できるやつとかヤンキーとか関係なく、最初っから『これが世界のすべてなんだ』ってことが刷り込まれてるんだよね。それに気づいたときは逃げるしかない。それで僕は家出したんだけど」
テイ 「いま親はなんて言ってんの?」
米原 「親? 『就職しなさい』って(笑)」
一同 「(爆笑)」



そうなんですよねー、気づいたら逃げるしかないのです。ちなみに、私は、20歳って言ったってしょせんまだ学生なんだから成人式をする意味がわからない、とか、あの白い平べったい羽みたいなストールとかどうにも安っぽい振袖の群れに加わりたくない、とか言って、成人式は参加しませんでした。実家住まいだったくせに(笑)。生意気でした。今と変わらず(笑)。で、そういう価値観から逃げて私は、一体どこへ向かっているのでしょう? って、そんなこと一生わからないんだろうなぁ、と思うと、なんだかララララララ〜♪と鼻歌を歌いたくなるくらい気持ちが軽くなる昨今なのでした。




最近買ったこんな本。500円!



ヤンキー大集合

豹柄とか、紫色とか、ジャージとか、長丈スカートとか、藤あや子とか、工藤静香とか、好き〜〜!! 何しろ小学生のとき、伝説の大映ドラマ『不良少女とよばれて』(伊藤麻衣子主演)で“人生の重さ”を知ったので、どうしてもヤンキーテイスト、好きです。



 
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