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【本】 『埴谷雄高 思想論集』  〜「ここではないどこか」を思うこと。もしくは、宇宙占い師。

2009.05.27 Wednesday

昨日、とある本を読んだところで、一気にアンドロメダ・ギャラクシー(M31またはNGC224)へとふっとばされました。このやりきれない地上に縛られて這いつくばっている私を、一瞬にして宇宙にまでつれて行ってくれたのが、『埴谷雄高 思想論集 』(講談社文芸文庫)。

埴谷雄高については、以前、「「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」を見た! 〜最高の乗りものとは、思索である。」というエントリーにも書きましたが。特殊な内容(笑)だったにもかかわらず、かなり反響があって何人かの方からメールをいただきました(ありがとうございます!)。やっぱり、みなさん、こういうの、好きなんですね。そうですよね。私も大好きですもの。著書をろくに読んでいなかったとしても(笑)。


というわけで、昨日体験した大宇宙旅行の快楽は、たとえば、以下のような内容によってもたらされました。以下、引用(抜粋)。

「アンケート」 (「文芸」昭和38年10月号より)

どこに行きたいとお考えですか?
   ――意識が即ち存在であるような何処かの世界
人生の最上の幸福は?
   ――そんなものはありゃしない
人生最大の不幸は?
   ――群棲しているのに単独者であること 或いはその逆
あなたが寛大になれない過ちは?
   ――子供を生むこと
あなたの好きな職業は?
   ――宇宙占い師 但しそういう職業があるとして
あなたが欲しいもの三つ?
   ――大沈黙 時を告げない大時計 暗黒星雲
誰になれたらいいと思いますか?
   ――宇宙人 Nobody
あなたの性格の主な特徴は?
   ――暗さへの偏奇
友人に一番のぞむことは?
   ――無限の時間のなかで偶然一緒に生れあわせた哀感
あなたの主な美点は?
   ――あきらめ そして、やけくそなことをあまり見せずに生きている
好きな動物は?
   ――単性生殖するもの
好きな食物は?
   ――水
好きな現存の男性は?
   ――偶然一緒に生れあわせた友人達
好きな現存の女性は?
   ――何処かのマダム
現在の心境を一言で?
   ――寂滅
あなたの現在の文学的信条は?
   ――できないことばかり考えること
座右の銘は?
   ――そんなものはもたない
『死霊』完結の予定は?
   ――死ぬまでに。できねば『紅楼夢』のごとく誰かにのりうつって続けさせる予定。
     これ即ち死霊の『死霊』



という調子で……(笑)。ちなみに私のお気に入りは、「好きな職業=宇宙占い師」と、「欲しいもの=暗黒星雲」と、「好きな動物=単性生殖するもの」と、「好きな現存の女性=何処かのマダム」、ですね(笑)。



それにしても、埴谷雄高は本当に、宇宙が好きだったようで。本書のなかにも「宇宙ばか」というタイトルの一文が収められているくらいですが、そのなかで、どうしてそんなに宇宙とか惑星とか恒星が好きなのかということについて、以下のように書いています。
「その惑星がもち得るだろう生物の存在様式、思考様式についてあれこれ荒唐無稽な考えを数百重ね、そして暗い想像力を果てしなくふくらませて倦むところを知らないからである」
そうなんです。埴谷雄高は宇宙が大好きで大好きでしょうがなくて、「好きな職業は、宇宙占い師」なんて答えるわ、「欲しいものは、暗黒星雲」なんて言っちゃうわ、「地球と地球よりも、アンドロメダと銀河のほうが近い兄弟! ……ということで、僕の兄弟はアンドロメダにいるっ! “X(エックス)埴谷”というのがいて、僕も見てるし向こうからも見てる!」なんてことを口走ったりするわ(→詳しくはこちら)、誰がどう見たって「宇宙ばか」でしたけれど、決して、「宇宙について研究しよう!」とか「宇宙飛行士になりたい!」とか「天体観察が趣味!」とか、そういう類いの宇宙好きではありませんでした。全く、そうではなかった。

このことに気づくたび、私は胸をしめつけられるような気がするのです。そう、埴谷雄高にとって「宇宙」とは、何も天文学的宇宙のことではなく、彼の「宇宙」とは、「ここではないどこか」の比喩だったのではないか、と。それは、「夢」と言ってもいいし、「幻想」と言ってもいいし、「妄想」でもいいし、「可能性の王国」でもいいし、「エメラルドの都」と言ってもいいような、そうした「ここではないどこか」のことだったのではないか、と。

先に引用したアンケートで、「どこに行きたいとお考えですか?」の質問に、埴谷雄高が答えた「意識が即ち存在であるような何処かの世界」という一文。この一文にクギづけになってしまった自分もまた、「ここではないどこか」のことばかり、考えているのです。意識=自分が感じたり考えたりしていることと、存在=この世に自分がある状態が、全く一致しないどころか、ますますその距離が広がっていく、ということへの、疲労感。



絶望の肯定。そんなふうに言ってしまっていいのか、わかりませんが、現世に絶望し諦めたうえであえて生きるのは、希望をもって前向きに生きることよりも、はるかに壮絶なエネルギーが必要になるはずで。そんなエネルギーをどこからもってきていいのやら皆目わからない私たちは、たぶん、「そこそこの希望」と「そこそこの前向き」をつくり出し、何とかやっていくしかないと思うのです。

だけど、埴谷雄高みたいな人は、「生への絶望」と「生への肯定」という正反対の矢印をもった異物を、わざわざぶつけて化学反応を起こし、その爆発によって放出されたエネルギーを血眼になってとらえて、貪欲に吸い込んでいたのではないかと。そうすることで、あそこまでエネルギッシュに生き続けられたのではないかと。

そんな化学反応と爆発の様子がおさめられたこの本、触ると熱い、です(笑)。私もここから放出されたエネルギーを血眼になってとらえ必死になって吸い取った……どころか、GWに旅行もいけなかった可哀相な私が、アンドロメダにまで行けてしまいました! GWに旅行に行けなかった方、ぜひ読んでみてくださいね。



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■関連本


変人 〜埴谷雄高の肖像 』木村俊介・著/文春文庫

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