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【本】 「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」を見た! 〜最高の乗りものとは、思索である。

2009.01.18 Sunday

本読みピープルの悩みは、次から次へと読みたい本が出現し、「欲しい本のリスト」と、「ついつい買ってしまった本の山」が増殖しつづけること。そして、本読みピープルの悲しみは、「それらをすべて読む時間なんかない」という人生の短さに、わりと早い段階から気づかざるを得ないこと、です。

本というものは、そこから得られる快楽と引き換えに、「時間」を必ず要求してきます。たとえば映画のように「2時間あれば終了」と所要時間を測定することができず、読了するのに10時間とか1ヶ月とか、平気でかかってしまったりする。

でも、本を読むひとは絶対知ってるはずなんですよね。本から得られるものは、本以外からは絶対に得られない、ということが。だから、飲み会やデートやショッピングや美容院の時間を削ってまでも、本読みに時間を費やすことになり、そしてリアルがどんどんどんどん遠のいていく……ということになります(しかし、「よく考えたら実際どっちがリアルなのよ?」という議論もあるかと思う。それについてはまた後ほど…)。

今、私が一番読みたいのは、埴谷雄高の『死霊(しれい)』です。でも、今の私には、『死霊』を読む時間がありません。いや、正確に言えば、読む“時間”はあると言えばある。というのも、私は10冊近くの本を平行して読むのを常としているので、1冊増えたってどうってことないはず。でも、『死霊』は、無理でしょうね……。『死霊』を片手間に読みながら、仕事のための本を読んだり企画を練ったりって、できない気がする。仕事モードや社交モードの自分に、サッサと戻れないような気がする。それは、非常に、困る(笑)。

そのくらい、人を別世界に引きずり込むエネルギーが込められていそうな文学。人間の存在や宇宙の謎について壮大な思索が繰り広げられる、形而上学的文学。……それが、『死霊』。だって、最後の審判のシーンかなんかで、チーカナ豆が、お釈迦様に向かって、「オマエは、生き物は虫でさえ殺してはならぬと言っておきながら、なぜオレを食べた!!!」とか追及するんですよ……。スゴすぎる。こんなの読みふけってしまったら、私、しばらく普通の社会生活送れないです(のめりこみやすいのでね〜)。

ちなみに、ですけど、よく「夢野久作の『ドグラ・マグラ 』を読むと気が狂う」って言われますが、ドグラ・マグラでキチ○イになることはないです、登場人物が全員キチ○イってだけで(笑)。もの凄くよくできた素晴らしいエンターテイメント小説ですから。私なんて、大学浪人中に読んでヘラヘラ笑ってましたもん〜。(右の画像は、角川文庫版。あります)

話は脱線しますけど、私は予備校に行かずに宅浪してたんですが、夏期講習だけ代ゼミに行ってまして。サテライト授業っていうのがあって(今もあるのかしら?)、「土屋の古文」という授業だけなぜか受けてたんです。で、この土屋先生のギャグがかなり面白くてですね〜、勉強そっちのけで、落語を聞きに行くような感覚で代ゼミに行ってひとりでゲラゲラ笑い、その行き帰りの電車で『ドグラ・マグラ』を読んでひとりでヘラヘラ笑い、千葉のとある一地方のヤンキーたち(その時代でさえ既に“過去の遺物”と化していた、短ラン&ボンタン&リーゼント&つぶし鞄の人々)にたまに遭遇してひとりで笑いをかみ殺す、っていう、私的には「最高に楽しい」日々を送った浪人生活でした(笑)。あー、あの頃の私は輝いてたな〜(どこが?)。


えー。話は飛びましたが。なぜ、突然、埴谷雄高の『死霊』が読みたい!! と思ったかと言いますと。お正月に録画しておいた「ETV50 教育テレビの逆襲 〜よみがえる巨匠のコトバ」(NHK教育)での、埴谷雄高が、最高に強烈だったから。思想・文学・科学・芸術の巨匠たちの映像を集めた番組だったんですけど、三島由紀夫とか、湯川秀樹とか、手塚治虫とか、岡本太郎とかとか……などの並み居る巨匠たちをさしおいて、埴谷雄高が最高にキョーレツだったから(ちなみに、2番目に強烈だったのは、矢沢永吉。超カッコよかった!)。

そのときの埴谷雄高のコトバは、以下のとおり。


精神のリレーを、死んだ人と精神のリレーを僕はやってるんですよアナタ。仲間なんですよアナタ。人類はぜんぶ、精神によって……、僕がギリシャの哲学者のものを読んでわかるってことは、ぜんぶ、友だちなんですよアナタ!!!!! 僕の先輩であるとともに、僕の友だちなんですよアナタ!!!! その精神を共有して、リレーして、それをまたつなげなきゃ誰かに。僕は。



その映像は、1995年にNHKで放送された「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」からの1シーンで。「うわー!! 凄すぎる! 全部見たいーっ!」そう思って検索してみたら……、動画がありました! スゴイですねー、インターネットって!!!
(以下は、「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」の(1)。動画は、全部で(21)まであります)



 


「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」(1)〜(21)




上記の映像のなかで、魂をわしづかみにされたコトバは、以下のとおり。

「自由の始まりっていうのは、夢想家なんですよ、幻想家。自由の最高は、夢想なんですよ」(2)

文学の最高っていうのはすべて、時間と空間から脱却してるんですよ!」(ドストエフスキーの『白痴』をあげて)(3)

「アナタ、最高の乗りものは、思索なんですよ!!」(10)

「生と宇宙の謎をとくために、われわれは生まれさせられた、と。文学が発生するっていうのはそういうことなんですよ」(19)

「なぜか書くか、という問いに、私は容易に答え得ぬ。私にとってその文学は、一般から非常にずれた妄想の延長上にあるのだから。けれども、なぜ妄想するか、とさらに問われるならば、私は比較的ラクになり、ただちに答えを返し得る。内的自由の追求、と」(「何故書くか」より)(19)

「私は現在でも、小説をひとつの手段としか考えていない。もし混沌たるなかで、よろめく私の思考を十全に入れ得る容器が他にあれば、私は、そのほかの方法へいさぎよく飛びつくだろう」(「あまりに近代的な」より)(19)

すべての人間が詩人になるのでなければ、人間の真の幸福はありません。これからは、人類を救えるのは文学だけですよ。文学はもう娯楽でも楽しみでもありません。それは、新しい宗教にならなければいけないんですね。信じることを失った人間、さめきった人間の心を、文学によってそう思わせて意識を変えていく。それが真の革命です」(辻邦夫「埴谷さんの宇宙圏のなかで」)(20)

「無限の夢想から、無限の夢から、こうなりたいと思う無限の夢、夢想から、今度は新しい宇宙が生まれるということですね。うまくいけば」(21)

「地球と地球よりも近いんですよ、こっちのほうが!! 地球と地球よりも、アンドロメダと銀河のほうが近い兄弟!!! ……ということで、僕の兄弟は、アンドロメダにいるっ! “X(エックス)埴谷”というのがいて、僕も見てるし向こうからも見てる、と。ぼくが見てるように、向こうからも見てる。同じように。僕が見てるってことは、向こうからも見てるってわけだ。あっ、あそこに兄弟、いつ会えるか、っていうようなことですよ」(21)





最高の乗りものは、思索」。

……強烈。久しぶりに、脳髄にモノリスが突っ込んできたような、そんな興奮を味わいました(ニーチェの『この人を見よ』以来、かも)。思索という乗り物があれば、私たちは何億光年彼方にまでも、行くことができる。いやいや、空間だけじゃない。何千年過去にも、何千年未来にも、行くことができる。それこそ、思索という乗り物があれば、空間と時間を脱却することができる

どんなに科学が発達したって、どんなに人が宇宙まで行ったって、どんなにアンチエイジングが進んだって、やっぱり人が「考える」ことのほうがいつも先へ奥へ、縦横無尽に進んでいて。やっぱり、考えるって、楽しいし、考えなきゃ、世界は確実におしまいになる。何となく、「考えたってしょうがないじゃん?」「考えるより世の中のやり方に合わせちゃったもん勝ちだよ?」という貧しくて下品な声が幅をきかせているような気がする、うすら寒すぎる昨今ですけど、やっぱり、考えるって、人間のあり方として、悪くない。いや、むしろ、そうあるべきなんだ。そう思わせてくれる力強い言葉を、当時86歳だった埴谷雄高がくれたのでした。




◆埴谷雄高について詳しいことを知りたい方は、
 埴谷雄高リンク集へ。

 特に、講談社『埴谷雄高 全集』第1回配本の特典CD「自作朗読と講演」(非売品)より、
 講演「文学と私」をテキスト化したものが掲載されています。必読!
 


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 「『埴谷雄高 思想論集』  〜「ここではないどこか」を思うこと。もしくは、宇宙占い師。
 「『この人を見よ』 フリードリヒ・ニーチェ
 「ニーチェの命日に。


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