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【映画】 「美女とキモノ。または、映画におけるキモノ美女の研究」、もしくは、自己完結燃焼継続ツールとしての映画について。

2010.09.23 Thursday

以前、このブログで「え? 日本映画を見ないで、キモノを着るつもり?! え、なんでなんで??」という文章を書きましたが(その経緯についてはこちらをご覧ください笑)、別に映画を見ずにキモノを着たって、全然いいと思います(笑)。でも、映画を見てキモノを着ると、自分のなかでイマジネーションがもの凄い加速度でふくらんでゆくのを感じて、ホントに楽しいのですよ。

昨日、「自分が自分で自分を楽しむ方法」について書きましたが、キモノってある意味、「自分が自分で自分を楽しむための方法」の典型ですよね。語弊を恐れずに言えば、「自己完結」の世界ですよね。誰にも頼まれてないのに、今の生活には便利とは言いがたいキモノをわざわざ着て、ハッキリ言って周囲にはあまり理解されず、「なんか、和風!って感じっスねー!」的な微妙なコメントをされ、そしてお金と手間は確実にとられてゆく……にも関わらず、本人はキモノを見たり触ったり着たり想像したりするだけで、楽しくてワクワクしてしょうがないんですから〜。要するに、「イマジネーション」の世界に殉じるほどのパワーを持っているというわけで、まずは自己完結こそ、パワフルな人間の証(あかし)ですよ!(?)


…と、このように自己完結はとても楽しくパワフルなものではあるのですが、ところが人間って我儘なので、自己完結をずーっとやってると、それはそれで飽きてくるんですよね(笑)。自己完結に勢いやパワーが無くなってくるのですよ…。というわけで、「自己完結も素晴らしいけど、でも、あの人やこの人やあちらの方々になんらかの影響を及ぼすことも可能なんじゃない?」っていう趣旨で(たぶん…)拙書『色っぽいキモノ』を書いたりもしましたが、でも逆説的なようですけど、あの人やこの人になんらかの影響を及ぼすためには、自己完結できるほどのパワーを内臓していることが前提だったりもするのです。

つまり、「自己完結」と「自己外部への働きかけ」とそのどちらも大切で、その両端を行ったり来たりすることが、正しいエネルギーの使い方…というか、生きていて楽しいエネルギーの使い方なのではないかな、と。いつも思うのですが。

で、それには大前提として、「自己完結への火」が消えないよう、絶え間なく燃やし続ける努力(というか単なる習慣)が必要になりますが、そのためには、キモノに関して言えば、映画ほどベンリでリーズナブルでゴージャスな自己完結燃焼継続ツールはない! と思うんです。映画って、あのひとつの世界を完成させるために、膨大なお金と、膨大な人の知恵と、膨大な人の努力が注がれているのにも関わらず、250円くらいでDVDを借りて見ることができるのですから、あまりのありがたさにいつもDVDに手を合わせてますよね…ホント。


と、前置き?が長くなりました。そんな前置きに続けたいのが、着物や和小物などのブランドでありセレクトショップ「WAGU」さんでの連載コラム、「美女とキモノ。または、映画におけるキモノ美女の研究」。毎月、1日と15日に更新しております。

今までのラインナップのリンクを以下に貼ってみました。人気イラストレーターコダカナナホさんによるイラストも毎回とってもステキだと評判なので、ぜひご覧くださいね! (ちなみに、作品セレクトは、新作と旧作とをなるべくまぜるように、そしてなるべくDVDなどをレンタルできるようなものを選んでます)


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■No.16 :『自由戀愛
岩井志麻子の小説『自由恋愛』を原田眞人監督がダイナミックに作り変えた恋愛映画。もともとwowwowのドラマを劇場公開したもので実はあまり知られていませんが、無表情のトヨエツをめぐって長谷川京子と木村佳乃がとっくみ合いの喧嘩をしたり、大正時代の着物や洋館も美しく、とても面白い映画でした!

■No.15 :『カポネ大いに泣く
・鈴木清順監督の1985年作品。ハッキリ言ってよくわからない怪作ですが(笑)、ショーケン、ジュリー、田中裕子と芸達者な豪華メンバーだけで楽しい作品。特に、芸者役の田中裕子の色っぽさは、絶品!

■No.14 :『大奥
・ドラマ『大奥』のスピンアウトで、江戸時代に実際にあった「絵島生島」事件を素材にした映画。江戸城奥女中の絵島に仲間由紀恵、歌舞伎役者の生島に西島秀俊。大奥で仲間由紀恵をイジメる高島礼子のセクシー熟女っぷりが見どころ!

■No.13 :『女は二度生まれる
川島雄三監督&若尾文子主演の、大傑作。神楽坂の枕芸者→赤坂のホステス→二号さん→また芸者…と流れてゆく、ふしだらでカワイイ小悪魔、若尾文子! あまりにキモノ姿がカワイイので、拙書『色っぽいキモノ』でもさんざん言及しました〜〜

■No.12 :『ヴィヨンの妻
太宰治の『ヴィヨンの妻』ほか、太宰のほかの作品もないまぜした映画。太宰をモデルとした作家に、浅野忠信。その妻に、松たか子。浅野忠信と心中未遂する女に、広末涼子。キモノは銘仙が多し

■No.11 :『浮草
・小津安二郎が唯一「大映」で撮った映画なだけに、小津なのに濃厚な、珍しい作品。娘の縁談話も出てきませんのでご安心を(笑)。若尾文子や京マチ子の浴衣の着こなしは、要チェック。ジミなタイトルですが、とてもスリリングな面白い映画。

■No.10 :『さくらん
安野モヨ子のマンガ『さくらん』の映画化で、フォトグラファーの蜷川実花が監督。とにかく映像がキレイ! ストーリーも面白い! 木村佳乃がここでも土屋アンナととっくみ合いの喧嘩をしてました(笑)。
 ⇒⇒「【映画】 WAGUコラム 映画『さくらん』について 〜「可哀想に」なんて言われたくない貴女のための物語

■No. 9 :『流れる
幸田文の小説『流れる』を、成瀬巳喜男監督が映画化。柳橋の芸者置屋を舞台にした、しみじみといい映画です。大女優・杉村春子、大大女優・山田五十鈴、大大大女優・栗島すみ子の、「これぞ芸」というべき大演技合戦が見どころ。あ、あと仲谷昇がすっごい二枚目です。

■No. 8 :『山のあなた 徳市の恋
SMAPの草なぎ君が盲目のあんまさんを演じる、切ないラブストーリー。戦前の映画『按摩と女』(清水宏監督)のリメイクで、オリジナルをそのまま細部まで再現したとか。にしても草なぎ君、演技うますぎ!!!

■No. 7 :『初春狸御殿
・キラキラした和製ミュージカル・ファンタジー。お姫様の若尾文子が踊りまくるのが可愛すぎて倒れそうになります。王子役の市川雷蔵もステキ。後に、鈴木清順がチャン・ツィイーとオダジョーでリメイク。

■No. 6 :『細雪
谷崎潤一郎の小説『細雪』を、市川コンが映画化。大阪船場のお金持ち四姉妹の、キモノとっかえひっかえライフ! 何度も映画化されてますが、やはり岸恵子と佐久間良子が出てくるだけで画面がセクシーになるので、この市川コンver.が好き。

■No. 5 :『雪之丞変化
三上於菟吉の小説『雪之丞変化』を映画化した、市川コン監督作品。長谷川一夫が美形の女形役者なのですが、ほとんど太った女装のおっさん。なのに若尾文子ふんするお姫様やら、山本富士子ふんする美人泥棒などにモテモテなのが少々笑えます。

■No. 4 :『春の雪
三島由紀夫の小説『春の雪』の映画化で、行定勲が監督。とにかく美しい映画で、撮影が李屏賓(リー・ピンビン)と知って納得。岸田今日子、大楠道代、若尾文子などの往年の女優たち(なぜかすべて大映系)の貫禄にウットリ。

■No. 3 :『外科室
・歌舞伎役者の坂東玉三郎が始めて映画監督をつとめた、泉鏡花の小説『外科室』の映画化。当時47歳の吉永サユリと29歳の加藤雅也の、ロマンティックな視線の交差が美しい! キモノも美しい!! ロケ地は小石川植物園。
  ⇒⇒「【雑記】 前髪の話と、47歳のサユリの美を堪能する『外科室』の話。

■No. 2 :『舞妓Haaaan!!!
・宮藤官九郎の脚本、阿部サダヲが主演のコメディ映画。舞妓マニアのサラリーマン・サダヲが繰り広げる珍騒動に、爆笑。舞妓さんのキモノも叫びたいほど可愛い。ちなみに、ロケ地には金沢のひがし茶屋街がつかわれてましたー。

■No. 1 :『黒い十人の女
・市川コン監督によるフィルム・ノワールな一品。岸恵子、山本富士子、中村玉緒、岸田今日子など、ヒトクセある女優たちが勢ぞろい。山本富士子のキモノにピストル!なシーンは必見です。

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というわけですが、キモノという視点から見る日本映画(昔のも新しいのも)、オススメです〜。イマジネーションがものスゴい加速度でスゴい音をたててふくらんでいく快感を、ぜひ♪

(ちなみに、トップに上げたキモノにピストル!な画像は、『日本女侠伝 侠客芸者』の藤純子(→寺島純子→富司純子(すみこ))です!もう大好き〜〜。この映画も最高です。泣けます。)



 

【映画】 WAGUコラム 映画『さくらん』について 〜「可哀想に」なんて言われたくない貴女のための物語

2010.06.28 Monday

ジメジメと蒸し暑いですね。昨晩、近所のコンビニ「セ○ン○レ○ン」の前を通りかかったら、あまりの湿度の高さに、店のガラス窓が全面、結露してくもりまくりになってました。どんだけ湿気高いんだ? って話ですが。ちなみに言うと、そのコンビニは以前よく行ってたんですが、何だかいつもヘンな異臭がしているため、行かなくなってまして。ざっくり判断してしまうと、たぶんおでんのにおいだと思うんですよ、カウンターで売ってる簡易おでん屋台の。でも昨日は「さすがに夏はおでん売ってないだろう」→「異臭はしないだろう」と判断し、とにかくこの湿気から逃れたくて店に入ったところ、なんといまだおでん絶賛販売中!!で、店内にはしっかり漂うおでん臭(?)。なんでしょうか〜、この蒸し暑い夏におでん食べる人っているの? あ、お惣菜代わり? というか、あのにおいはホントにおでん臭なんだろうか? そういえば、いくら昨晩の湿気が高かったとはいえ、ほかのコンビニのガラス窓は、別に結露してなかった。なぜあの店のガラス窓だけ、異常にくもりまくっていたのだろうか? おでんのせい? もろもろ、ナゾです。



そんなことはいいとして、着物や浴衣、和装小物のブランド「WAGU」の通販サイト「WAGU select」に、今年からキモノ映画コラム「美女とキモノ。または、映画におけるキモノ美女の研究 」を連載させていただいていますが、今掲載させていただいているのが、映画『さくらん』について。

この映画、本当にいろんな意味で「パーフェクトな映画」ですよねぇ! もともと原作である安野モヨコさんのマンガ『さくらん』(イブニングKCDX)が大好きでしたが、蜷川実花監督による映画(DVDはこちら)もまた素晴らしかった!!! 何が素晴らしいって、今までの「花魁もの」「女郎もの」「吉原もの」のジメジメ感を吹っ飛ばしてくれたところ!


何しろ、こういう「日本・江戸・吉原・花魁・女郎・売春・男女の駆け引き」みたいな話になると、ジメジメジメジメした湿度の高い話&絵になりがちなんですよ〜〜。もちろん、それはそれで素晴らしいものもあると思いますし、個人的に大好きな五社英雄監督の『吉原炎上』みたいなああいう感じもいいとは思うのですけど、今の感覚とは大きなズレを感じます。なんていうんでしょう、男性や、女性も含めたインテリ中流層(?)は、たとえば花魁や女郎のような「カラダを売らねばならない」という境遇をどう把握していいのかわからないため(そりゃそうでしょうけど)、カラダを売る女たちに対する哀れみ、同情、もしくは罪悪感みたいなものが、ものすごく安易に投影されてしまうように思います。それで、結構カンタンに、そういう女たちの悲哀を描くことになってしまうんですよね。何ていうんでしょうか、「自分とは異質なものに対する、無意識の“上から目線”」と言いましょうか。

そう、この「哀れみ・同情・罪悪感」っていうのは、わりと「蔑み・軽蔑・見下し」みたいなものと表裏一体だったりするんです。よく考えたら、哀れまれるほど屈辱的なことって、なかったりしますよね。「ちょ、ちょっと、何もアンタに哀れんでもらうほどじゃないんですけど?! バカにしないでいただけますかー?」ということ、たまにないですか(笑)? そういう感覚に敏感な人は、たとえば「カラダを売る女たちの悲哀バナシ」に今まで何とな〜く座り心地の悪さというか、違和感を感じてきたのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

だいたい、たいていの人っていうのは、自分のトクになるように動いているものです。トクっていうのは、もちろんその人にとってのトクで、あくまでも相対的なものですけど。江戸時代の人たちも、それは同じで。江戸時代のいろいろな文献を読むたびに思うのは、もちろん、吉原の花魁や女郎も悲惨な状況にあったかもしれないし、カラダを酷使したせいで早死にしたりしたかもしれないけど、でも、たとえば極貧の山奥で泥にまみれて何の文化的洗練に触れることもないまま一生を終えるよりは、一生かかったって袖を通せないようなゴージャスな絹の衣装を着て、文化的教養を身につけて、ほんのひと時でも美しいともてはやされて、美味しいものを食べて、時にはイイ男と恋をして、一生懸命自分なりに働いたほうが、本人にとっては生きているかいがあったかもしれない、じゃないですか? ……というか、そう思ってあげないとそれこそあまりに可哀想だと、私なんかは思ってしまいます。だって、私なら「彼女の人生は悲惨だった、可哀想に」なんて言われたくないですから。気が強くてすいません、という感じですが。……って、あー、でも確かに、「可哀想に」って言われたがり屋さんもたまにいますけどね(メンドクセー笑)。


なんて、もちろんこういうことは一概には言えないことですし、微妙な問題だということは承知ですが、少なくとも『さくらん』は、自分に与えられた運命を精一杯、プライド高く生きようとする人間の強さが、とても正直にまっすぐに描かれていて、スカッとしました! ヒロインのきよ葉(土屋アンナ)ふうに言えば、「女郎だからって、女だからって、可哀想がってんじゃねーよ。ナメんじゃねーぞ!?」って感じです♪ ジメジメジメジメしがちな夏、スカッとしたい方は、絶対にオススメ!


そして、コダカナナホさんが描いてくれた、『さくらん』イラストも、すっごく色鮮やかでカッコイイので、ぜひぜひご覧くださいね!!!

「美女とキモノ。または、映画におけるキモノ美女の研究 」vol.10『さくらん』






★お知らせ1
「美女とキモノ。または、映画におけるキモノ美女の研究 」を連載させていただいている「WAGU」が展開する、浴衣ブランド「KAGUWA」が、松屋銀座店で限定ショップをオープン中です! この機会をお見逃しなく♪
・松屋銀座店7階呉服売場 6月23日(水)〜29日(火)
詳しくは、こちら


★お知らせ2
去年に引き続き、浴衣と帯のブランド「月影屋」がラフォーレ原宿と新宿伊勢丹にて、限定ショップをオープン中です! 去年同様、伊勢丹で私もたまに売り子やってます(土日メイン)。ぜひいらしてくださいね!
・ラフォーレ原宿正面玄関 6月21日〜7月13日
・新宿伊勢丹7階呉服売場 6月23日〜7月6日、7月21日〜8月2日
詳しくは、こちら


★お知らせ3
7/9(金)、7/23(金)、7/30(金)、浴衣や帯のブランド「月影屋」富ヶ谷本店にて、浴衣着付け講座in月影屋「色っぽい着付け、教えます。」が開催されます♪ まだ参加者募集中です! ぜひぜひいらっしゃってくださいね。詳しくは、コチラコチラへ。

★追記(7/3) 9・23・30日ともに定員に達したため、〆切らせていただきました。お申し込みありがとうございました!






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【映画】 『二匹の牝犬』  〜不幸を楽しむためのレッスン。真っ暗だって、いいじゃない!

2009.05.13 Wednesday



GWが過ぎると、一気に初夏の香り! 外を歩いていても、植物がメキメキと繁っていくような、新しい土がモリモリ作られていくような、生きものたちが一気に息を吹き返すかのような、何とも言えないよい匂いがしますよね。

だけど私、子どもの頃、この初夏のみずみずしい匂いを、「ミミズの匂い」だと思っておりました。この匂いが鼻腔をかすめると、「うわ! ヤバイ! 近くにミミズがいるッ!!!」と、私のなかで危険信号がピコピコ点滅。道路脇のドブに近寄らないよう、うっかり目をやらないよう、わき目もふらずに一目散に帰宅(笑)。

私が通っていた小学校は、千葉の田舎にありまして。この時期になると、学校帰りの道でよくミミズに遭遇したんです。でも私、一応は東京生まれだし(笑)、住んでいたのも新興住宅地だったんで、そういうのが一切ダメで。だけど、地元の田舎育ちチーム(いやバカにしてるわけじゃないんですよ、念のため)の子たちは、そういうの平気だったりするんですよ〜! で、ドブの中からそういうのをつまんで、私に見せようとするのが、もう恐怖で恐怖で……(しかし、虫類を手づかみできる女子なんて、今から思えばすっごいクール!)。

そんなわけで、今でもこの初夏の香りを嗅ぐと、「なんていい匂いだろう!」と思うのと同時に、「ミミズの季節だな……」と思ってしまう、風情があるんだかないんだかよくわからない感慨にふけらざるを得ない私でした。




そんなことはいいとして!

先日、映画を見てきました! 渋谷シネマヴェーラで上映中の「緑魔子 特集」! 全部見たいけど、とりあえず大傑作『二匹の牝犬』だけは見なければ! と、まっ昼間から円山町へ。


二匹の牝犬』(1964年 東映)
監督:渡辺祐介
脚本:下飯坂菊馬、渡辺祐介
出演:小川眞由美、緑魔子、杉浦直樹、沢村貞子、宮口精二、若水ヤエ子、岸田森



(左:緑魔子 右:小川真由美)
(上の画像は、愛読雑誌『映画秘宝』6月号より)




二匹の牝犬』については、以前、「『観賞用男性』 〜日本のお洒落なロマンティックコメディ! または、徹子の部屋。」というエントリーでも書きましたが(←杉浦直樹が演じた男の「映画でもめったにお目にかかれないほどのサイテー男っぷり前代未聞のダメ男っぷり」について、くどいほど褒めたたえました!)。とにかく、ものスゴイ傑作なんです!!!!!! どうして未ソフト化?? 不思議です。ま、好き嫌いは分かれるとは思いますけど……(楽しくてしょうがないっていう作品でないことだけは確かだが)。




あらすじを、少しだけ説明します(ネタバレ、ちょっとだけアリ)。

小川真由美ふんする朝子は、トルコ嬢。「300万円貯めるまでは、死んでも恋愛しない」と決心し、トルコで稼いだ金を株につぎ込み、大金をためる日々。

証券会社の若いイケメン証券マン杉浦直樹)は、謎めいて美しい朝子に好奇心を刺激され、「あなたの住所と職業が知りたいんだ! 教えてくれ!」と迫りまくります。

実際、朝子のほうもこのオトコマエ証券マンに惚れており、好きで好きでしょうがないのに、「300万円貯めて美容院の権利を買うまでは」と、証券マンを拒み続けます。……真面目すぎ。そう、真面目すぎる人は、損をするんですよ!! それが、この世のルール。じゃなかった、映画のルールってことで(笑)。



そんなある日、朝子の妹・夏子(緑魔子)が、千葉の田舎から上京してきて、朝子の部屋に転がり込みます。それまでエレガントだった朝子、イキナリ男言葉で妹をどなりつける!
「かえんな! かえんな!!」
「オマエみたいな田吾作(たごさく)がぁ!! トンマ!!」
「バカヤローッ!」
「まるっきりキチガイ沙汰じゃねェかよッ!!!!」
……ち、千葉の田舎って、男言葉なのかな? と、千葉の田舎で育った私が問う(笑)。



そこからが朝子の悲劇の始まり。ちょっぴりネタバレになりますが、あっけらかんと売春で荒稼ぎする現代ッ子な妹・夏子は、ひょんなことから先のイケメン証券マンと知り合いに。でも夏子は、まさかこのイケメン証券マンが自分の姉の知人だなんて思いもよらないし、イケメン証券マンも、まさか夏子が朝子の妹だとは知るよしもありません。

そんなある日、朝子がトルコ嬢たちの社員旅行(というものがあったらしい…)に出かけてるすきに、夏子はイケメン証券マンを部屋に連れ込みます。ところがちょうどそのとき、朝子が金をつぎ込んだ会社の株が暴落するというニュースが! 驚愕した朝子、旅行をきりあげて帰宅すると、なぜか妹が裸! なぜか脱ぎ散らかった男もののジャケット! シャツ! ネクタイ! 見覚えのあるネクタイ! あのネクタイ! クローゼット、開ける! そこにいたのは……!? 緊迫の対面シーン。こんなに緊迫したシーンは、『用心棒』での仲代達矢と三船敏郎の「一対一の対決シーン」か、『鬼龍院花子の生涯』での仲代達矢による夏目雅子の恋人役・山本圭への「指ツメ強要シーン」ぐらいのものですよ! たぶん。



しかし、ここが最大の山場だとしたら、よくあるメロドラマかもしれません。が、『二匹の牝犬』の山場は、こんなもんじゃありません。さらなる山場、さらなる修羅場、不幸の淵、苦悩の奈落、とにかく真っ暗です! これから見ることになる人のために、詳細は控えますが(あまりにもったいないので)。






……というわけで、この映画、「真面目な女の転落」と、「自堕落な男の転落」と、「あっけらかんとした女の転落」、を描いていて、とにかく秀逸。だって、真面目な女も、あっけらかんとした女も、自堕落な男も、よく考えたらフツーにそこらへんにいるじゃないですか? 私だってそうだし、あの子もそうだし、あの人だってそう。真面目も、自堕落も、あっけらかんも、フツーのこと。そして転落も、ある意味で、フツーのこと。すさまじく真っ暗な映画なんですけど、あまりに真っ暗すぎて、フシギと、心が落ち着くんです。「そんなの、フツーのことなのよ」。そう思えるって、実は、心が晴れ晴れとするものじゃないかと思うのですが。まぁ、暗闇大好き(→こちら)な私だから、かもしれませんけど……。

でも、そんな暗闇好きな私だって、もちろんもキラキラしたもの、ドキドキすること、ラッキーなこと、ハッピーなこと、大好きです! だけど、それだけだと、何故か心が落ち着かない。それだけだと、どうしても、片手落ちなのです。だって、この世は、どう頑張ったって、キラキラドキドキラッキーハッピーばかりじゃないんですもの。

別にやさぐれてるわけじゃありません(笑)。だけど、「自分の尺度をどのくらいまで広げることができるか」、というのは意外と大切なことで。キラキラドキドキラッキーハッピーしか尺度に入れていないと、それが自分の横を素通りしてしまったときに、「どうして私だけ?」となる。そして、他人を羨んだり、毒を撒き散らしたり、運命を呪ったりする。それも悪くはないかもしれませんが、私はそういうことは好きじゃない。真っ暗も、受け入れられれば、それも楽し。そのほうが、生きるかいがある、というものですよね。



小川真由美ふんする朝子が、トルコ仕事から一人で部屋に帰ってきて、くわえタバコしつつ、コートを脱ぎ、ワンピースを脱ぎ、スリップだけになり、アクセサリーもはずし、お金を数え、ガーターベルトをはずし、ストッキングに伝線がないかチェックする。その一連の動作の、下品で崇高なやさぐれた美しさを見よ!

こんな美しさを醸し出せるなら、ここまで不幸で、ここまで真っ暗で、転落しまくりの運命が待ち受けていたとしても、それはそれでいいのかもしれない。こんなふうに、不幸さえも、「これで、いいのかも」と思わせる。それこそが傑作映画の、醍醐味。

そう。今こそ唱えよう。

真っ暗だって、いいじゃない! 







ちなみに、この映画は、60年代の小悪魔イットガール・緑魔子のデビュー作。緑魔子のトークショウ、行きたかった……! 人気イラストレーター・野川いづみさんのブログ「ひみつの花柄」に、その様子が詳しく面白く書かれていたので、詳細を知りたい方はそちらをご覧ください♪

上記の画像は、緑魔子の唄を集めたコンピレーションCD『アーリー・イヤーズ 〜シングル・コンピレーション+』。可愛いですねぇ!




■「緑魔子伝説」@渋谷シネマ・ヴェーラ

 タイムスケジュールは、こちら

 この次の『二匹の牝犬』上映は、
 5/15(金)の15:00〜の回と、18:10〜の回です。




 

【映画】 『観賞用男性』  〜日本のお洒落なロマンティックコメディ! または、徹子の部屋。

2008.11.06 Thursday

昨日、何気なくTVをつけていたら、『徹子の部屋』のゲストが往年の大女優有馬稲子さんで。イネ子さんってば、あのゴージャスな美貌にも関わらず、テツ子に負けず劣らずの超早口! 両者がマッハ並みのスピードで「同時に」しゃべりまくる様子は、かなりスリリングで、思わずTVに釘付けに……。

現在76歳で独身のイネ子さんは、400人以上が暮らす横浜のライフ・ケア・マンションにお住まいだそうで、そこでの楽しい暮らしぶりについてお話されていました。仲間との楽しい共同生活を送るイネ子さんですが、「でもホントは、私、“旅に病んで 夢は枯れ野を 駆けめぐる”って言いますけど、最後には旅先でポカンと死にたい、って思うんです」と、松尾芭蕉の辞世の句を引用しながら、心の奥底をしみじみと吐露……したのに、超早口で「まーねーみなさんそう言いますけどねーなかなかねー!」と速攻言い放つテツ子(笑)。

番組の後半、イネ子さんが、そんなわけでお一人様の老後生活を楽しんでます風にしめくくろうとした最後の最後で、「でもアナタ、(イネ子さんはイギリスがお好きなのをふまえて)たとえばイギリスとか行って、ステキな男の人がいたらそこに居ついちゃうっていうのはどーおー?」と混ぜっ返し、それを受けたイネ子さん、乙女のようにはしゃぎながら「でもね〜、私ね、英語ができないのよ〜〜!!」と答えると、テツ子キャラキャラ笑いながら「でもイギリスも広いから、日本語ができるイギリス人もいるかもしれないじゃない〜!!!」……で、番組終了。

何なのこの女子ノリは(笑)! あーもーテツ子、最高!! 最後の最後でイネ子さんの可愛さを引き出したテツ子、さすが!! イネ子&テツ子のゴージャス70歳代女子トーク。何だか年をとるのが怖くなくなりました。




なんて、そんな『徹子の部屋』のトークを見てしみじみとしたのも、先月、神保町シアターで有馬稲子主演の『観賞用男性』(1960年 松竹)というロマンティックなコメディ映画を見たばかりだったから。

しかも、監督は野村芳太郎。VTR&DVD世代には、「松本清張ものと言ったら、野村芳太郎」という『砂の器』なイメージが強いかと思われますが、松竹で良質なコメディもたくさん作っていました(何しろ、山田洋次や森崎東などが野村監督の門下だったくらいですから!)。なのに、彼が手がけたコメディ作品があまりソフト化されていないため、野村監督と言えば『砂の器』『八つ墓村』なイメージが固まってしまっている様子。とても残念です。っていうか、『砂の器』と『八つ墓村』がいろんな意味で強烈すぎた、っていうのもあるのかもしれませんけど……(ほとんどトラウマの域)。



そんな『砂の器』と『八つ墓村』の監督が1960年に作った作品、『観賞用男性』は、とってもオシャレでロマンティックな映画。昔の日本にもこんな洒落たロマンティック・コメディがあったんだ!! って、嬉しくなっちゃうくらい。たとえるなら、オードリー・ヘプバーン×フレッド・アステアの『パリの恋人』とか、シャーリー・マクレーン×ジャック・レモンの『あなただけ今晩は』みたいな感じ!(褒めすぎ?)

ロマンティック・コメディの欠かせない条件として、
1. 主演する男女がとにかく魅力的(必ずしも美形である必要はない)。
2. 衣装やセットなどがとびっきりオシャレ。
3. 仲違い・すれ違い・誤解を経て、ハッピーエンド!

だと私は勝手に思っているのですが、まさに『鑑賞用男性』はそれに当てはまるのです。というわけで、それぞれを以下に解説。

■主演する男女がとにかく魅力的。
当時28歳の有馬稲子は、どこからどう見ても、本当に可愛くてキレイで美しい。で、肝心の稲子さんの相手役が、杉浦直樹ですよ! キャー。ある世代の方々には、発毛関係・育毛関係の宣伝でおなじみらしいんですが、私にとってはもう何はともあれ、『二匹の牝犬』です!! ……って、「何それ?」って感じかもしれませんが、『二匹の牝犬』(1964年 東映 渡辺祐介監督)は、知る人ぞ知る超超傑作映画(未ソフト化。もう一度見たい映画ナンバー1!)。ある姉妹(小川真由美!と緑魔子!)がそれぞれトルコ嬢と売春で荒稼ぎ(ってまたスゴイ設定ですけど)、証券会社につとめるボケーっとした男(杉浦直樹)を取り合うんですが、ここでの杉浦直樹のサイアクでサイテーなダメ男っぷりに、私、思いっきりやられてしまったんです! あんなにヒドイ男、映画でも見たことないよ、ってくらいヒドイ。ホント、サイテー。なのに、ハートを奪われてしまったんですよ〜〜。

ダメ男とは縁がない私なのに(ホントか笑?)、『二匹の牝犬』を見て以降、「私、だめんずの素質あるかも……」と自己認識の変更を余儀なくされました。『二匹の牝犬』以前と、『二匹の牝犬』以後。私は変わってしまったのです(マジで?) そんなわけで、私にとってはちょっと特別なヒト。杉浦直樹。ああ、あの育毛剤の……とか、私、知りませんから情報はいりません。

■衣装やセットなどがとびっきりオシャレ。
有馬稲子が演じるヒロインは、パリ帰りの新進気鋭のファッションデザイナーという設定。ということで、衣装が本当にステキ! 私が「コレはマネしたい!」と思ったのは、背中が大きくVの字にあいたドレスに、大きな青いラインストーンが一粒ついたネックレスをしているんですが、そのネックレスのラインストーンを後ろに垂らしていたこと! 前はごくシンプル。後ろはセクシー。私、Vネックのセーターは後ろ前に着るのを常としていますが(もちろん、ゴダール映画でのアンナ・カリーナの影響)、さすがにネックレスを後ろ前にしたことはありませんでした。これ、やってみたいです!

さらに、ファッション・ショウのシーンも沢山あって、当時のトップモデルたちが続々出演。ロシア貴族の血が4分の1入っている入江美樹(現・小澤征爾の妻)、元祖パリコレ・モデルの松田和子(後にパリ移住)、後にTVの司会などで有名になった芳村真理など。一番ステキだったドレスは、黒のコルセット風のキャミソールに、素朴な赤×白のギンガムチェックのスカートが裾を長〜くひいているドレス。素朴で田舎っぽいギンガムチェックと、洗練された豪奢なドレス、というミスマッチな組み合わせ! 今年の東京国際映画祭で、長澤まさみのギンガムチェックのドレスが話題になっていましたが、まさに現代にも通用するセンスでした。

そもそもこの映画は、当時ファッション・デザイナーとして著名だった中林洋子のエッセイが原案になっています。中林洋子は当時、有馬稲子の専属デザイナーでもありました。中林洋子について私は詳しくないのですが、海月書林さんが出している『いろは』4号で彼女について特集されているそうです。ブック・デザイナーとしても活躍し、三島由紀夫の『お嬢さん』とか、北原武夫の『体当り女性論』とか、中央公論社の「世界推理名作全集」「日本の文学」「世界の文学」「日本の名著」「世界の名著」などのシリーズなどの装丁を手がけています。そんなトップデザイナーだった中林洋子には、『貴女のためのアイディア』(1960年 絶版)という本があるんですけど、どんな内容なのか……かなり読んでみたい。

■仲違い・すれ違い・誤解を経て、ハッピーエンド!
ヒロインのリマ(有馬稲子)は、3年ぶりにパリから日本に帰国した、新進気鋭のファッションデザイナー。帰国するなり、リマは、日本の男たちがオシャレもせずジミな背広を着ていることに憤り、「世の男性の美化に尽力したい!」と「観賞用男性論」を唱え、「観賞用男性服」を発表。さらに、一族が経営する会社の男性社員たちに「観賞用男性服ユニフォーム」を着せることを決定します。ところが、若手社員のひとり、文二郎(杉浦直樹)だけはそれに猛反発。実は、文二郎は、リマの姉の夫の弟なのでした(つまり血のつながらない親戚)。

そんなわけで、「観賞用男性服ユニフォーム」をめぐって、リマと文二郎が対立するわけですよー。だいたい、このユニフォームっていうのが、タータンチェックのスカートにロングソックス、首にはロングストールなんていうトンデモないシロモノ。そんなユニフォームを着せられた男性社員たちは、恋人に逃げられ、妻に去られ。そんな中、文二郎ひとりが「オレは背広を着続ける!」「オレは断固戦うぞ!」「あれが美人か?! だいたいあんな才女ぶった女、鼻持ちならないんだよっ!」と息巻くわけです。んー、気骨のある男性って、ステキ!

ところが。文二郎ってば、社員のユニフォームの採寸のため会社を訪れていたリマにバッタリ遭遇し、「あら〜! ブンちゃん、久しぶり〜〜! こないだまでこ〜んなにちっちゃかったのにねぇ〜!!」と、キラッキラした笑顔を無邪気に向けられ、何も言えなくなって固まり、そのまま回れ右して逃げる。……ダメ過ぎ(トホホ)。

どっちかと言うとトホホなくせに強情っ張りな文二郎と、無邪気なゆえに情熱が空回りしがちなリマ。そんな2人が反発しあいながらも惹かれあい、結局はどのようにして結ばれるのか? ……ね、これこそロマンティック・コメディの王道ですよね! 2人とも目の前のことばかりに躍起になって、自分の奥底の気持ちに気が付かない。いやいや、薄々気が付いているんだけど、気付きたくない気持ちの方が強すぎるわけで。意外と人って、無意識のうちに自分の気持ちをコントロールしてしまうもの。無意識のうちに、「これはあり得ないから」「そっちはナシね」と、自分でコントロールしていると思うのです。驚くほど。

話は飛びますけど、昔働いていた職場で、非常にクセのある上司(女性)がいました。とにかく他人の悪口や非難が多くて、ヒステリックな気分屋さんで。根本的に悪い人かどうかっていうのは私が知るよしもないので分かりませんが、そんな負のエネルギーを受けているうちに精神的に消耗してしまい、結局その職場は辞めたんですけど。先日久しぶりにその人の話が出たのですが、私、名前を覚えていなかったんです。知人が「○○さん」と名前を出しても、「アレ……そんな名前だったっけ?」と、全然ピンと来ない。ビックリしました。忘れるはずもないのに。そこで気付いたのは、「その記憶はナシね」と、自分のなかでそのことを「ないこと」にしてたんだ、ということで。想像以上に、人って自分の気持ちをコントロールしているんだなぁ、と改めて悟った次第(ま、どーでもよかっただけかもですが)。

なんていうこととはちょっと違うかもしれませんけど、「自分の奥底の気持ちに気付きたくない」ことって、あります。たとえば、自分の奥底の気持ちと、自分が直面している状況が、どう考えてもそぐわない場合。そんなとき人は、状況のほうを優先させて、自分の気持ちのほうを「ないこと」にします。この映画では、「相手のことを本当は好き」という気持ちを無意識のうちに「ないこと」にしようとするわけですが、その逆に、「相手のことを本当は嫌い」という気持ちを「ないこと」にしようとすることもありますよね。何とかして、その人のいい面ばかり見ようとする、傷つくことを言われても悪意からではないんだと思おうとする、そんな経験、私も結構あります(その前述の職場にいたときがそうでした笑)。

そんなふうに自分の奥底の気持ちに気づかないよう、無意識下で「そっちはナシね」と自分の気持ちを必死にコントロールする。そんな状態って、結構っていうか、かなり、キツイ。短期間はいいけど、長期間はムリ。ある閾値を超えると、心がポキッと折れます。なので結局は、あまり自分をコントロールしようとしない方がいいのですね。でも、それって無意識にやってしまうことだから、或る程度はどうしようもないところもある。だけど、そんな自分にうっすら気が付き始めたら、素直にそれを認めてあげましょう。そして、なるべく早く、自分コントロールの呪縛を解いてあげましょう。……って、お前は心理カウンセラーか(笑)? エラソーによく言うよね〜(笑)。


そうそう、『観賞用男性』は、ロマンティック・コメディ映画。なのでリマ&文二郎の2人は、最終的には素直に自分コントロールの呪縛を解き、めでたくハッピーエンドとなるのでした! 素直になれて、よかったね♪ (……っていう感想しかもてない結末、っていうのがロマンティック・コメディのステキなところでもありトホホなところでも、ある




そんなわけで、『観賞用男性』は、3つの必須条件を備えた、ロマンティック・コメディの正統派。何故、ビデオにもDVDにもなっていないのか? 謎です。60年代、70年代には、オシャレな日本のコメディが沢山あるのに、ビデオにもDVDにもなっていないものが多過ぎるんですよね。日本のコメディって、寅さんシリーズのような「人情もの」は、「泣ける」というところに異様に価値を見出す国民性のためか、非常に尊ばれますけど(私も好きですけど)、こういうソフィスティケイテッドなコメディや、はたまた、瀬川昌治監督による太地喜和子三部作のようなセクシーなコメディや、フランキー堺とか伴淳三郎や三木のり平なんかのスラップスティックなコメディは、「人情もの」に比べるとB級扱いされているようで、本当に残念です。野村監督だって、こんなオシャレ・ロマンティック・ムーヴィーを作ってるのに、いつまでも『砂の器』とか『八つ墓村』ばかりじゃ浮かばれないですよね? いや、『砂の器』とか『八つ墓村』だから浮かばれないなんて言ってるわけじゃないですよ、いやいや、『砂の器』とか『八つ墓村』は嫌いじゃないですけどね、ええ、『砂の器』とか『八つ墓村』、もちろん嫌いじゃないです、「祟りじゃーー!」とか「知らない! 知らない!」とか、全然嫌いじゃないですから(つーか、相当好きだよね? お前こそ自分に素直になれよ、って話でした笑)。




◆『観賞用男性』(1960年 松竹)
監督:野村芳太郎
原案:中林洋子
脚本:水沼一郎
出演:有馬稲子、杉浦直樹、仲谷昇、芳村真理、
   細川ちか子、十朱久雄、上田吉二郎
   松田和子、入江美樹、河原日出子、木村洋子、高島三枝子
   桑野みゆき、渋谷天外、左卜全



◆オシャレ関連ドキュメンタリー映像上映情報!
 「短篇調査団」による、短編映画上映の会in御茶ノ水。
 今回はオシャレの巻。ということで、とても面白そうです!

11月12日(水) 20:00〜(上映時間100分)  
スペースneoにて

『くらしを衣裳で残す ―水島家の明治・大正・昭和―』
1989年/22分/カラー
制作:桜映画社/企画:水島衣裳雑貨資料研究室/監督:大島善助・原村政樹
脚本:大島善助・福間順子/撮影:村山和雄・木村光男/音楽:角田敦
ナレーション:杉田郁子
 六本木のマンションの一室にある、夥しい衣裳の数々。衣替え等の風習を厳格に守ってきた船場の商家の一人娘・水島千代さんの祖母の代からの衣裳と生活雑貨である。明治からの使った人の息づかいの伝わる服飾文化史。

『生活をひらく化学繊維』
1968年/28分/カラー
制作:日本映画新社/企画:日本化学繊維協会
プロデューサー:岡田弘/脚本・監督:大沼鉄郎/撮影:川村浩士
 現代の生活に欠くことのできない化学繊維は、単に衣服に使用されるばかりでなく、意外なところに、様々な形で使われ役立っている。肩のこらないコミカルなタッチで楽しくみせてくれる化学繊維百科。

『洗う ―洗濯の理論―』
1984年/20分/カラー
制作:岩波映画製作所/企画:ライオン家庭科学研究所
プロデューサー:陣内直行/脚本・監督:四宮鉄男/撮影:増川勇治
 私たちは毎日、沢山の衣服を洗っている。この洗うという日常的な仕事も、科学の目で探ると実に複雑なメカニズムをもっている。洗うことのメカニズムを解き明かす最新の理論と実験を通じて、洗濯の理論の知識と理解を深める。

『東京の衣生活 ―かっこいい男・洋服―』
1965年頃/30分/白黒/制作:NET/企画:東京都教育庁
 日本のモードの最先端をゆく東京に住む私達は、どのような衣生活をしていくか。自分をよく見出して適切な衣生活を考えよう。



 

【映画】 『赤んぼ少女』 & 楳図かずおトークイベント!

2008.08.25 Monday

仕事と雑務に追われていた数週間がやっとひと段落して、先日、妹のお友達の主宰するパーティに誘われ、鼠先輩のライヴ(in atom)を観賞(笑)。あの『六本木 〜GIROPPON〜』って曲、これでもかってっていうくらいしつこく転調してくるところとか、フェードアウトして終わったかと思うとまた盛り上げてくるところとか、歌謡曲をメタ視点(ってほどでもないのだが…)でなぞっているところ、確かに笑えますね。しかも歌い出しが、「アナタにもらったきび団子 ホームでカラスがつついてる」って。んー。作詞した人、よく「きび団子」が出てきたなぁ〜と尊敬。だって、「きび団子」って言葉が出てきた瞬間、すべてがザーッと染まっていきますよね、「きび団子」色に。蛍光ネオン鮮やかなギロッポンさえも、「きび団子」色に。美しくもなければ鮮やかでもなく、毒々しくもさえない、素朴な田舎っぽーい、薄茶色に。で、表面にそこはかとなく白い粉が噴いてたりしてねー。


というわけで、ウメズです。というと、やっぱりあれですよね、紅×白。「ウメズ」という言葉が出てきた瞬間、すべてがザーッと染まっていきますよね、紅×白に。どんなに悲惨だったり醜悪だったり奇怪だったりするような作品でも、それがウメズってだけで、目の前が紅×白の縞々になる。紅白。それは、ご祝儀の色。おめでたいときの色。

そんな「この度は、誠におめでとう御座います!」と、誰彼かまわず口走ってしまいそうな場所に行ってまいりました! 楳図かずおの傑作『赤んぼ少女』の実写映画上映&ウメズトークイベント(@シアターN渋谷)。

トークイベントは、『赤んぼ少女』を監督した山口雄大監督と、小学館の雑誌「IKKI」の江上編集長と、ウメズ先生の3人。紅×白の縞々のTシャツ、紅×白の縞々のキャップのウメズ先生、登場するなり、いつものお手製グワシハンド(自作できます→こちら)で、当然「グワシ!」。で、江上編集長が「この『赤んぼ少女』というタイトルは…」と話し始めると、横からすかさず、「あかんべ、少女じゃないですよぉお〜!」と、ご自身あかんべをしながら意味不明のボケ投入。さらに、今回装いも新たに発売された『赤んぼ少女 』(小学館)の装丁の話になって、江上編集長が「この本には仕掛けがいっぱいありまして…」と説明し始めると、またウメズ先生が横から「エッ! 仕掛けって、まさか落とし穴とかじゃないでしょうねっ?!」ですって。キャハハ! あの、これは、去年の大晦日に放送された『ガキの使いやあらへんで大晦日年越しSP!』(日テレ)で、ウメズ先生が思いっきり落とし穴に落っことされて、「あのご老体で大丈夫なのか?!」「日本漫画界の(秘)宝があそこまで体を張る必要があるのか?!」などなど、先生のお体を心配するファンが続出し、ウメズHPで「大丈夫です」メッセージが掲載されるハメになったというエピソードをふまえての、ボケ、です(笑)。そんなナイスなボケをかますウメズ先生を拝見し、「あぁ、ウメズ先生、ボケが上達したなぁ……」と、先生の成長っぷりをしみじみ嬉しく思った私でした。

しかし、ウメズ先生、3人のなかでダントツ年長さん(今年72歳)だっていうのに、一番動くし、一番しゃべるし、一番ボケるし、一番大騒ぎするし、一番テンション高い。去っていくときも、何だかバランスのとれないアワアワした感じで、またもや「グワシ!」。そのキョロキョロ&ソワソワと落ち着かない挙動不審っぷりが、ホント可愛いかったぁ……。もう心つかまれまくりでした!!



映画『赤んぼ少女』は、ものすごく丁寧につくられた、正統派ホラー・ムーヴィー。たとえるなら、チェコ映画の最高峰(と勝手に私が思っている)『モルギアナ』(レビューはこちら)と、イタリアン・ホラー映画の最高峰(とおそらく誰もが認める)ダリオ・アルジェントの『サスペリア』『フェノミナ』、この3作品を足したものをわざわざ4で割って、そのあいちゃった隙間に、デイヴィッド・リンチの『エレファントマン』と、大人気(でも低予算)なホラーシリーズ『チャイルド・プレイ』を加算した感じです(って、わかりにきーよ…)。


ストーリーは、以下のとおり。
葉子(水沢奈子)は、孤児院で育った15歳の美少女。ある時、実の父親(野口五郎)に発見され、森のなかにある大きな洋館に引き取られることに。ところが、実の母親(浅野温子)はうつろな目でぬいぐるみの人形をあやすばかりで、葉子を娘だとは認めてくれない。おまけに、葉子を狙う誰かのブキミな気配が……。そう、それは、葉子の双子の片割れとして生まれ、醜い容姿に赤ちゃんのまま成長しない体をもった少女、「タマミ」だったのだ! タマミは美しい容姿をもった葉子に嫉妬し、恐ろしい行動に出る。かくして、森のなかの洋館を舞台に、惨劇の幕は降りた……!





そう、原作を読んだことある方なら絶対に思う、「タマミも実写なの?」ですが、「醜く生まれてきてしまったがゆえにモンスターと化す15歳なのに永遠の赤ちゃん、タマミ」は、パペットとVFXでヴィジュアル化。といってもタマミの表情は、AV女優で最近では井口昇監督の『片腕マシンガール』(見たいー!!)にも出演している亜紗美が担当し、パペットと合成させているらしいんですが。

原作のタマミは意外と人間くさかったんですけど(一応は…)、映画のタマミはさらにモンスター化。だって、赤ちゃんだっていうのに、どんだけ筋肉ついてるのか、巨大化した右手だけで縦横無尽にピョーンピョーンピョーンピョーーーン! とすごい飛距離でジャンプし、必ず背後から飛びかかってきて、「あうー!」みたいな赤ちゃん奇声とともに首にかぶりついてくるんですから、コワすぎ。チャッキーかよ? ていうか、チャッキーよりコワイ。顔が。エレファント・マンに近いかも。ちなみに、エレファント・マンのモデルになった実在の人物ジョセフ・メリックも、右手が肥大していたんですね。偶然の一致?


それにしても、この物語に込められたテーマは、非常に深い。もし自分がタマミのような怪物的外見をしていて、体も赤ちゃんサイズから成長しなくて、右腕だけ巨大化してしまっていたら……? そんなこと、あるわけないかもしれませんが、そう思うと何だか息苦しくて、とてもまともに見ることなんてできません。

私、この原作を読んだのは17、18歳ぐらいだったと思うのですが、もう辛くて苦しくて、その時は1度しか読めませんでした。怖くてじゃなくて、辛すぎて、苦しかった。タマミの苦悩が、ダイレクトに自分を映しているような気がして。だって、その年頃の女の子の頭の中なんて、半分以上は自分の容姿(オシャレやダイエットも含む)のことでいっぱいじゃないですか? 違うかしら。この年頃というのは、とかく理想主義に走りやすいもの。私なんて、本気でエマニュエル・ベアールとかイザベル・アジャーニを理想とし、「それに比べて自分は何故こんなに醜いんだろう?」って、思っていましたから(笑)。またよりによって、エマニュエル・ベアールとは。天使とデートですよ? 美しき諍い女ですよ? 理想主義も極まれり、っていうか、単なるバカだっただけじゃない? そんなんでしたから、17、18の私はマトモに恋愛もしてませんでしたねー。だってその頃の私、自分以外のことなんてあんまり興味なかったんだもん(笑)。あ、もちろん、今は興味ありますよ! だって、自分を知るって、結局「他者を通して」ということでのみ実現可能なことなんじゃないか、と今は思うからです。

そんなわけで、タマミという他者を通して、「自分が自分だと思っているその自分というのは一体何なのだろう?」と、改めて考えさせられてしまったのでした。だって、タマミのような超怪物的容姿だったら、私は自分を自分だと思えるだろうか? 答えは、ノー。でも人間って、「この自分は自分ではない!」なんて自己否定しながら生きていけるはずがないんです。あたかも自己否定しているように見える人だって、自分のどこかに気に入っている部分があるはずなんですよ。じゃあ、どうするの? 死ぬしかないの? でもそんな簡単に死ねるの? 死ねないならその自己否定のエネルギーをどうやって解消するの? タマミが、鏡台に向かってルージュを引き、まったく似合っていない自分が映った鏡を叩き割る、あのシーン。タマミの、「ただ綺麗に生まれてきただけなのに……」という、葉子への呪詛のようなあの言葉。そんな苦しい問いのようなものを突きつけられて、答えのない迷路に閉じ込められたかのような胸苦しい思いをする、それこそがホラーの、恐怖の、本質なのかもしれません。

そんなホラーな恐怖体験をしたい方、ぜひ『赤んぼ少女』を見てください! って、そんな胸苦しい思いなんかしたくないに決まってるだろ、っていう方も、ぜひ! というのもですね、あまりにもホラー・ムーヴィとしての完成度が高いため、そんな深遠なテーマなんてほとんど気にならないようになっていますから。「美少女の受難」というある種のホラー・ムーヴィの定型にきっちりはまっていますから、ちゃんとハラハラドキドキ、それだけで充分楽しめるようになっていますから。皆様ご安心を! 老若男女にオススメ! って、ガッツリ「R15」指定ですけどねー(笑)。




そんなわけですが、そう、いくつかウメズグッズを購入したんです! わーい。(以下は自慢コーナーなので、興味のない方はトバしてください)



赤んぼ少女ライター!

タマミ 「静かに歩かないと油がこぼれて燃え移るわよ」
葉子 「あつい!」

どんなシチュエーションだ?

欲しい方は、通販もあります→こちら




赤んぼ少女ミニタオル! 

おくるみ型に包んであるところが、イヤですね。
でも私、最初、「これってフライドポテト型かな?」と思っていまして。フライドポテトの入れ物に入ってるのがタマミ、って、そっちの方がイヤ過ぎですね。

欲しい方は、通販もあります→こちら




楳図パーフェクションシリーズ9 『赤んぼ少女』(小学館)

装い新たに再刊された『赤んぼ少女』。この作品は、これまで『赤んぼう少女』『呪いの館』というタイトルで単行本化されていましたが、その完全版がコレ。どこが完全版なのかと言うと。たとえば、連載時の扉絵を、ウメズ先生の自宅倉庫から探してきてわざわざ入れたとか。かつて単行本化するにあたって、連載時の重複部分を削除してコマをつなげるためにセリフを変えてしまったところを、連載時のセリフに戻したとか。

しかも、特筆に価するのが、装丁が、天才ブックデザイナー・祖父江慎(そぶえしん)さんだということ! 祖父江さん、大大大好き〜〜〜〜!!!!!! 私の永遠のバイブル『悪趣味百科』(ジェーン&マイケル・スターン 著/伴田良輔 訳)の、あのクレイジィでサイケデリックかつラヴリィなデザインは、祖父江さんにしか実現できません(だって、本文の「う」と「ん」と「こ」だけ、太字ですよ。全ページ。超マジメな研究書なのに笑。いいのかそれで?!)。しかも素晴らしいのは、祖父江さんが「愛の人」だということです。本への愛。書き手への愛。読者への愛。いろんな愛をかたちにしてくれる人。そんな祖父江さんが、ウメズ本をデザインしたということ自体が、「生きていて良かった」レベルの奇跡。そんなふうに思うのです……あ、今、泣きそう……。




そして! 会場でこの『赤んぼ少女』を購入した先着50人がゲットできた、ウメズ先生直筆サイン色紙がこれ! キャー! 

もう嬉しくて嬉しくて嬉しくて、ツーショット撮影。もう抱きしめて寝ちゃいたいくらい。これは、私の一生の「家宝」になるかと。って、将来「家」を構える見通しは全くありませんけど……。とりあえず、ウチの祭壇に祀っておこうと思います!







『赤んぼ少女』(2007年 日活)104分・R-15
監督:山口雄大 
原作:楳図かずお 
脚本:小林弘利 
特殊美術監督:西村喜廣 
VFXスーパーバイザー:鹿角剛司 
音楽:原田智英 中川孝 
出演:水沢奈子 野口五郎 生田悦子 浅野温子 斎藤工 板尾創路 堀部圭亮 亜紗美





◆『蛇娘と白髪魔』(1968年 大映 湯浅憲明監督)
 実は『赤んぼ少女』、40年前にも映画化されています。
 ウメズ先生の傑作『ママがこわい』と『赤んぼう少女』を原作とした、
 とてもよく出来た良質のホラー・ムーヴィ。
 ウメズ先生もタクシー運転手役で登場。まだお若いです……!


◆『おろち』 9/20(土) より全国ロードショー!
 ウメズの大傑作が、続々実写化!
 監督は、鶴田法男。出演は、木村佳乃、中越典子、谷村美月、山本太郎、嶋田久作など。
 詳しくは、こちら。公式サイトは、こちら
 

◆「UMEZZ.com
楳図かずお公式サイト。


◆祖父江慎さんのインタビューページ。
 「ほぼ日刊イトイ新聞」内「本の装丁のことなんかを祖父江さんに訊く。
 「Graphic Arts Center,Toppan」内「Creator's file




ウチの祭壇に安置中。

左から、ショパン、ウメズ、バッハ。
我が愛しの天才シリーズ♪



 

 

【映画】 仲代達矢版『四谷怪談』  〜私は男性の何にセクシーを感じるのか?という問題について

2008.06.07 Saturday

日本の戦後の映画俳優のなかで、最もカッコよくて、最も美しくて、最も男らしくて、最も演技力があって、最も存在感があって、最も素晴らしい役者は、だれ? 

答え―――仲代達矢

なーんてことを、普段一人でブツブツつぶやきがちな私ですが、一つだけどうしても腑に落ちない自分でも解決しがたい問題がありました。その問題とは、「これだけ惚れこんでいる仲代達矢に、何故セクシーさを感じないんだろう?」。って、私以外の人にとっては心底どーでもいい問題ですよねすみません。でも、上から見ても下から見てもどこを切ってもカンペキに理想のタイプなのに、セクシーさを感じないっていうのは、結構不思議だなぁと。

そんなわけで、仲代達矢セクシー問題は、私にとって大きな課題でした。ところが先日、仲代達矢が主演した『四谷怪談』(1965年 豊田四郎監督)を見にいき、やっとこの問題が解決したのです……!

もともと歌舞伎狂言だった「四谷怪談」は、数多く映画化されていて、特に、天知茂主演の『東海道四谷怪談』(1959年 中川信夫監督)が名高いのは、映画ファンの方々もご存知のとおりです(これについては昔書きました→こちら)。以下に、「四谷怪談」の映画化リストをあげておきます(wiki参照)。

四谷怪談(前・後篇)』(1949年松竹 監督:木下惠介 伊右衛門:上原謙、お岩:田中絹代)
四谷怪談』(1956年新東宝 監督:毛利正樹 伊右衛門:若山富三郎、お岩:相馬千恵子)
四谷怪談』(1959年大映 監督:三隅研次 伊右衛門:長谷川一夫、お岩:中田康子)
東海道四谷怪談』(1959年新東宝 監督:中川信夫 伊右衛門:天知茂、お岩:若杉嘉津子)
怪談お岩の亡霊』(1961年東映 監督:加藤泰 伊右衛門:若山富三郎、お岩:藤代佳子)
四谷怪談』(1965年東京映画 監督:豊田四郎 伊右衛門:仲代達矢、お岩:岡田茉莉子)
四谷怪談 お岩の亡霊』(1969年大映 監督:森一生 伊右衛門:佐藤慶、お岩:稲野和子)
魔性の夏 四谷怪談より』(1981年松竹 監督:蜷川幸雄 伊右衛門:萩原健一、お岩:関根恵子)
忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994年松竹 監督:深作欣二 伊右衛門:佐藤浩市、お岩:高岡早紀)
嗤う伊右衛門』(2004年東宝配給 監督:蜷川幸雄 伊右衛門:唐沢寿明、お岩:小雪)


というわけで、上記のリストを見ればわかるとおり、「伊右衛門役は代々、二枚目俳優がやるもの」と相場が決まっています(若山富三郎は除く)。

というのも。実は、この『四谷怪談』ストーリー、「伊右衛門はイイ男」ということがそもそもの事件の発端、になるのですから、まずは伊右衛門がイイ男じゃなかったら、ストーリーが転がらないんです。この事実、結構忘れられがちなんですけど。

『四谷怪談』ストーリーを知らない人でも、これだけは誰だって知っているのが、「お岩さんの祟り」でしょう。では何故、お岩さんが幽霊になって祟るようになったのかというと、毒薬を飲まされて顔が醜く崩れてしまい、そのまま死んでしまったから。その毒薬はどこからやってきたのかというと、大金もちの武家・伊藤家から届けられた。じゃあ何故、伊藤家はお岩に毒薬を飲ませたのかというと、伊藤家の一人娘・お梅が、お岩の夫・伊右衛門に一目惚れしてしまい、「自分の夫は伊右衛門じゃなきゃヤダヤダヤダヤダ!」と言い出したから。なのでした。

ハァ。それだけですか? ハイ。それだけです。相当、たわいもない話ですよねぇ。ま、ほかにもいろいろな登場人物や背景や因果がからんでいるため、たわいもない話だっていうことはあまり気にならないようにはなってますけど。でも、江戸の文化って、まわりをはがしてはがしてはがし続けていくと……、中心にあるのはただのダンボール芯でした、アハハッ、みたいなことが標準です。トイレットペーパーに色をつけたりイラスト入れたりしていくらゴージャスにしてたところで、中央にあるのはいつも決まってダンボール芯、というのと同じく。

なんて、江戸論はまぁ置いておくとして。そんな、深窓の令嬢に一目惚れされてしまうのですから、伊右衛門は相当、イイ男のはず。あ、ここで注意しておきたいのは、男にとってのイイ男ではなく、女にとってのイイ男、ってことで。それはつまり、美形のヤサ男、ってことです。特に、武士の家の令嬢なんて世間知らずもいいとこで、役者錦絵(江戸のブロマイド)とか草双紙(江戸の雑誌)なんかを見てぽわわ〜んと恋に恋してるに決まってるわけですから、松田優作的イイ男の魅力なんて理解できるはずもなく、完全にキャナメ(=要潤)的イイ男の魅力にコロッとやられちゃうはずなんですよね。って、キャナメじゃなくてもいいんですけど……(単に私の好みってだけ笑)。まぁ、木村拓哉とか藤木直人とか、そういうちょっと綺麗め系統の。

そう考えると、仲代達矢。ちょっと骨太な気もしますがそれは目をつぶるとして、綺麗め系統のイイ男。女好きするはずです。



だけど。この綺麗め系統のイイ男を、徹頭徹尾、冷酷で残酷で人間としての情愛に欠けた「人でなし」に設定した。ここが『四谷怪談』の作者・四世鶴屋南北のスゴイところなんですけど。

綺麗め系統のイイ男が、冷酷な人でなしだったとしたら? 自動的に、女が不幸になる。ええ、展開は決まっています(笑)。その逆を考えるともっとわかりやすくて、たとえば、ブ男が、冷酷な人でなしだったとしたら? 自動的に、男(っていうか本人)が不幸になる。それだけです。女は、ブ男で冷酷な人でなし、なんていう男とは特に関わろうとしませんから、ドラマが生まれるはずもない。

そんなわけで、「綺麗め系統のイイ男+冷酷な人でなし、という設定でいこう!」と決まった瞬間、「女が不幸になる」という展開も自動的に決まる。そして、普段は無意識下に追いやっているけれど心のどこかに潜んでいるはずの女の自虐的心理やら破滅願望やらを刺激することになり、妙な熱狂が渦巻くであろうことは、必至。

だいたい、『四谷怪談』以前までは、こういう綺麗め系統のイイ男は、いい人、やさしい人、と決まっていたんです。正確に言えば、頼りないというか、優柔不断というか、主体性がないというか、そういう意味での、やさしい人、ですけどね(笑)。いや、でも、今だってそういうタイプの二枚目がもてはやされている気もしますが。

でも、そういうのって、ちょっとばかりつまんないんですよね。刺激がない。面白くない。心が揺さぶられない。唯一面白いとしたら、そういうぼんやりさんの心をこっちが揺さぶること、ですか(笑)? でもそれもやがて飽きるでしょう。何ていうか、「え、そういうのもアリ?!」「あぁ、もう理解不能!!」というような興奮や驚きを、他人の上に見出したいんですよね。ましてやそれを、イイ男の上に見出せたとしたら。たぶん、これ以上ないくらいの快楽なんじゃないか。そう思うのです。


実は、そんな驚きを、今回この『四谷怪談』の仲代達矢の上に見出すことができました……! 映画前半の仲代達矢は、普通の悪人・伊右衛門だったんです。まるで眠狂四郎のように虚無的なニヒルな表情で人を殺して、「うーん、天知茂バージョンとあまり変わらないかなー」なんて思ってました。

ところが、ラストに近づくにつれ、仲代達矢、バリバリと狂い出すんです! 目をむき、叫び、転げまわり。以前自分に向かって「お前、女に惚れたことねぇのか?」と言った直助(中村勘三郎)の幻覚に向かって、「女に惚れたことのない悪党ほど始末におえないものはねぇだとー?!」と食ってかかり斬りまくり、充血した目をギラつかせ。お岩の亡霊から身を守るための結界も斬り捨て、女も斬り捨て、転げ出るように戸を開けると、サーッと眼前に吹き上げる木枯らしに、舞う粉雪。恐る恐る、ゆっくりと正面を見据えるまでの、自分が何をしているのかもう分からなくなっていることへの恐怖と憤怒と冷酷のまじった、その凄い表情といったら。

ここで私、初めて仲代達矢にセクシーなものを感じてしまいました。何故なら、このときの彼の顔に、何かよくわからない、自分の理解を超えた、謎のような未知のような怖いような底なしのようなものを見たから。このときの仲代達矢には、決して、「実は心の奥底ではお岩を愛していたのだ」とか「何がどうあっても立身出世したかったのだ」とか、そういう「なるほどねー」と腑に落とすことができるようなものは何もなかったと思う。そこには、「意味」なんて何もなくて。それこそ、結局すべてを失くしてすべてがはぎとられた後に残ったのは、真ん中が空洞のダンボール芯だけ、というような。でもそのダンボール芯が異様に頑丈でつぶそうとしてもなかなかつぶれないどころか、なんだか異様な存在感を発している、というような。

そんな空洞と無意味をあらわにしたまま、異様な存在感だけを発して、ただただ目をむいて虚空を睨んでいる。そんなものを目の前にしたら、もうどうしていいのかわかりません、私だったら。まぁ、それがトイレットペーパーの芯だったら「このダンボール芯、なんか不気味だから捨てちゃお」で済みますけど、それがイイ男だったとしたら。もう金縛りにあったように固まりますね。間違いなく。


つまり、セクシーとは、そういうものなのでしょう。きっと。それは、自分の理解を超えたものに対してはそうした反応をするしかない、そうした反応によって未知のものを乗り越えようとするしかない、人間の切ない本能なのかもしれません。だから、外見的に好みだとかスペック的に好みだとか、そういうこととセクシーはあまり関係がないのかもです、実際は。たぶん。もちろん、イイ男であるに越したことはないでしょうけれど、ね。






◆『四谷怪談』(1965年 東宝)
監督:豊田四郎
原作:鶴屋南北
脚色:八住利雄
撮影:村井博
音楽:武満徹
美術:水谷浩
出演:仲代達矢(民谷伊右衛門)
   岡田茉莉子(お岩)
   中村勘三郎(直助権兵衛)
   池内淳子(お袖)
   平幹二朗(佐藤与茂七)
   小沢栄太郎(伊藤喜兵衛)
   大空真弓(お梅)
   淡路恵子(おまき)
   永田靖(四谷左門)
   三島雅夫(宅悦)


 シネマアートン下北沢「ふるえるほどの愛シネマ」特集にて。


 

【映画】 『獣の戯れ』  〜「文子的・奥さん文化」のススメ

2008.06.02 Monday

私はあまりというかほとんど結婚願望というものがないのですが、それはたぶん、結婚して奥さんになっちゃったら、色気とかそういうものとは距離を置いた、雑誌『素敵な奥さん』的日々を送らねばならないのだ、と心のどこかで固く思い込んでいるからに違いない、と最近自己分析しました。でも実際は、奥さんになっている友人や知人を見ても、そんなこと全然ないと思うのですが。え? 『素敵な奥さん』がお気に召さないのなら『婦人画報』的日々っていうのもあるんじゃないか、って? あの、私も自分のこと分かってるんで、玉の輿系統の幻は20代の早いうちに消滅済みです(笑)。

そんな私でも、たまに「奥さんもいいかも〜」と思うときがあります。それは……若尾文子映画を見たとき。人妻の色気をかもしださせたら日本一、いや世界一、それが若尾文子。人妻、というよりも、奥さん、と言うべきでしょう。何しろスクリーンのなかの若尾文子は、いつもこう呼ばれるのですから。「奥さん……」と。

文子的奥さんは、いつだって和服着用。足には足袋。髪はもちろんアップスタイル。稼ぎのよい夫。何不自由のない暮らし。情熱は過剰気味、でも愛情は不足気味(トホホ)。そんな文子の熱っぽいうるんだ目に見つめられると、若い大学生にしろ、仕事一筋のマジメな会社員にしろ、女を手玉にとるジゴロにしろ、男は皆こううめくしかなくなります。「奥さん……」。そしてまるで磁石に引っ張られる砂鉄クズのように、文子に引きずられ離れられなくなり、こうつぶやくしかなくなります。「奥さん……」。

これが、「文子的・奥さん文化」の基本であり、定型。これって、「『素敵な奥さん』的・奥さん文化」とは違うし、「『家庭画報』的・奥さん文化」とも違う、もう一つの「奥さん文化」ではないか、と思うのですけど。実在するかどうかはまた別として。


そんなアナザー奥さん文化を背負って立つ、孤高の奥さん、若尾文子。『獣の戯れ』でも期待に違わず、色気をシュウシュウと発しながら男の人生を怪獣映画並みにメチャクチャにしてくれます。ちょうどタイトルも「獣」となってますけど、ホント、怪獣並みなんですよねぇ。「色気怪獣あらわる! みんな逃げてー!」みたいな。


そんな奥さんの色気の虜となってしまうのが、大学生の幸二(伊藤孝雄)。幸二は、奥さんの夫(河津清三郎)の経営する店で、アルバイトをしているんですね。で、ある日、届け物を頼まれたために訪れた社長の家で、和服姿の美しい奥さん(若尾文子)と出会うことになるのです。

さて、奥さんはこの大学生を(意識的にせよ無意識にせよ)どうやって誘惑するのかと言いますと。奥さんは、趣味で栽培している花をお見せするわ、ということで、幸二を温室に案内します。そしてとりあえず手始めに、虫を捕らえるためにグロテスクな形をしている蘭の花を見せて、
「誘惑的な花でしょう?」
「でも、不気味だな……」
「あなたって、案外、臆病なのね」
こんなセリフを軽〜く投げかけるわけですよ(意識的にせよ無意識にせよ)。で、どう受けとめてよいのか分からずうろたえる幸二に追い討ちをかけるように、その花を一本、プレゼントするんです。

単に花の話をしているのか? 比喩的に女の話をしているのか? もしくはまさに奥さんの話をしているのか? 3つの選択肢に戸惑っているときに、すかさず奥さんから花をプレゼントされた、と。それは、奥さんの好意のしるしである、と。そうなると、アラ不思議、さまざまな意味に受け取ることができたそれまでの会話の意味あいが、ギューッと奥さんだけに絞られてしまうじゃないですか! うーん、お見事。上級者。まるで、ホセに花を投げるカルメン。このテクニック、ぜひ応用してみてくださいね(ってかなり難しそうですけど)。


そんな奥さんは、実は、夫の浮気に苦しんでいる、ということが判明します。幸二は義憤に駆られ、「このままでいいんですか?!」と奥さんを説き、挙句の果てに、奥さんを夫の浮気現場に連れて行く、という余計なことをする始末。そこで妻を殴りつける夫、泣き叫ぶ奥さん、逆上する幸二→スパナで夫の脳天を殴打→服役。といったサイアクな展開を見せるのでした……。

3年後、シャバに戻ってきた幸二は、伊豆へ。そこでは、脳天を殴打されてバカになってしまった夫と、花の栽培を生業にしている奥さんが暮らしており、幸二は彼らの家に住みながら、仕事を手伝うことになるのですが。


ここからが、奥さんの本領発揮です! ある日、村に現れた若い娘・キミちゃんが幸二を好きになり、幸二に会いに家を訪れます。このとき奥さんは、まるで賭場でイカサマを見破った緋牡丹お竜のような行動に出るのです! すなわち。キミちゃんと幸二のただならぬ様子を一瞬で見てとったスゴイ動体視力をもった奥さん、鷹が獲物を捕まえるかのように素早く髪からカンザシを抜きとり、幸二になれなれしく触れたキミちゃんの手にブスリ! ピンを突き立てた! ギャッ!(とは言わないけど)

しかもその夜、奥さんは蚊帳のなかで寝ていた幸二のもとへ忍びこみ。そうして蚊帳ごしに、さっきのはヤキモチを焼いたわけじゃないのよ! うぬぼれないでちょうだい! みたいなことをわざわざ言いに来る(笑)。じゃあ何であんなことをしたのかと言うと、
「無礼で生意気な子をたしなめるために、私はピンを使うの」

だそうで……。(いつもなのか?!)

でも、たぶん、そんなふうに強がりを言いながらも迫ってくる女、って、男にとってはたまらないでしょう。強がったりヤキモチを焼いたりすること=弱点を露呈すること、ですから。それまで余裕をかましてきて、高見からものを言うようなポジションにいて、翻弄したり狼狽させたり、というのは、ずっと奥さんの役割だった。なのに、ここにきて急に立場が逆転してしまったのですから。「コイツ、ついに隙を見せたな(ニヤリ)」ってとこでしょうね、男にしてみれば。というわけで、幸二ったら、急に大胆な言動に出るのですよー(「蚊帳のなかに入れよ」みたいな笑)。

でも。思うんですけど、こういうのも、ここぞ!というときのためにとっておいた、実は奥さんの上級テクニックなのかもしれませんよね。何しろ、本人が意識してやってるのか無意識でやってるのか、テクニックなのか本能なのか、いつもよくわからないところがやっかいで。たぶん、本人もわかってないんだろうな、と思いますが、だからこそもの凄いエネルギーが噴出する。そういえば、優秀な詐欺師は、嘘を嘘だと思って騙すのではなく、自分でも嘘を本当のことだと思いこんで騙すのだ、と聞いたことがあります。そんな「なりきり上手」で思い込みの強い、憑依体質の人のエネルギーにはかなわないよなぁ、と思うことがよくあります。

そんな意識も無意識もごっちゃになって混沌としてしまう「文子的・奥さん文化」においては、エネルギーが充満しすぎて、まわりの男の人生がメチャクチャになるし、さらには、奥さん自身の人生までもがメチャクチャになってしまうんですよ。結局は。噴出するエネルギーが凄まじすぎて、まわりだけじゃなく本人も、その竜巻のようなエネルギーに巻き込まれて、この世の外に吹き飛ばされてしまう。結局いつもそうで、「文子的・奥さん文化」の定型には、実は、「まわりも破滅すれば、自分も破滅する」なんていう一条もあったりするんですよね……。

そう考えたら、文子的奥さんって、怪獣っていうよりも、ほとんど自爆テロリストに近い(笑)。宗派はもちろん、愛。爆弾はもちろん、色気。

「文子的・奥さん文化」。かなり魅惑的なのですが、この世に未練たっぷりのシロウトが容易に手を出すようなものじゃないのかも。『素敵な奥さん』ばりに、ミカンの皮で洗剤を手づくりしたり、トイレのタンクに水を入れたペットボトルを沈めて水道代を節約したり、っていうほうがいいのかも(笑)。あ、でももちろん、手を出したい方は、男性としてでも、奥さんとしてでも、ぜひどうぞ。一生を棒に振るに値するような、甘露で甘美な思いに溺れるのも、この世に生を与えられたものとして価値あることでしょう。そんなエネルギーの竜巻に巻き込まれて、オズの国に飛ばされてしまうのも、人として幸せなことでしょう。それにはもちろん、覚悟が必要ですけどね。決して、ジュディ・ガーランド演じるドロシーのように、「There's no place like home」だなんて、後からグズグズ泣いたりしないようにしたいものです。私たちは大人ですから、ね(笑)。

ちなみに、「文子的・奥さん文化」を学ぶ予習教材としては、この『獣の戯れ』と『「女の小箱」より 夫が見た』と『妻は告白する』と『わたしを深く埋めて』と『千羽鶴』などがオススメ。特に、『「女の小箱」より 夫が見た』は、「文子的・奥さん文化圏」に生息する大物たち、田宮二郎岸田今日子などが登場する最高教材ですので、ぜひ! 



◆『獣の戯れ』(1964年 大映) 
監督:富本壮吉
原作:三島由紀夫
脚色:舟橋和郎
出演:若尾文子(草門優子)
   河津清三郎(草門逸平)
   伊藤孝雄(梅宮幸二)
   三島雅夫(寛仁和尚)
   加藤嘉(木部教誨師)
   紺野ユカ(喜美)

 シネマアートン下北沢「ふるえるほどの愛シネマ」特集にて。
 『獣の戯れ』は6/6(金)まで上映中。

 

【映画】 桃まつり、桜まつり

2008.04.04 Friday

そろそろ桜も散りはじめた昨日、さくらさくら〜と口ずさみながら向かったのは、渋谷の映画館ユーロスペースで行われている、女性監督たちによる短編映画の上映会「桃まつり 〜真夜中の宴」。

ちょっと早めの時間に着いた私、ふと思いつきました。そうだ、そう言えばあのあたり、桜が綺麗なんだったー。かくして目の前に現れたのは「桜まつり」と書かれたぼんぼりの、フューシャピンクの列。夜空に咲く桜と、桜吹雪と、花びらの絨毯。……とは言うものの、あたりはパーフェクトなまでの「渋谷状態」。桜並木の前には、コンビニ、ドラッグストア、チェーンの居酒屋。見上げれば、看板、高速道路、走るトラック。行きかうのは、黒服系にいさん、水風味ねえさん、歩きタバコのスーツ氏、タクシー、またタクシー、たまにバイク便。……趣き、ゼロ。そもそも、誰も桜とか見てませんしねー。

だけど。今年もいろいろな場所で桜を見ましたが、この渋谷での桜に、最も心を動かされてしまいました。汚いもの、醜いもの、下世話なもの、馬鹿馬鹿しいもの、五月蝿いもの、悪趣味なもの。そんなものに囲まれて生きていかなくてはならないのが、日本(特に東京)で生きていく私たちの宿命なのですもの。そんな悪趣味ななかにあって、超然として花を咲かせて、おびただしいほどの花びらを散らせて、風にまかせてもうもうと花吹雪を舞わせて。アスファルトの上に散らした大量の花びらを、行きかうタクシーが蹴散らしても蹴散らしても、平気でまた花びらを降らせて。あー、なんて図々しくもカッコイイんだろう。この桜、人間だったとしたら絶対、女だな(笑)。三十路半ばは軽く超えてるね(笑)。

なんてどーでもいいことを考えながら、桜並木の目の前にあるエクセルシオールのテラスで、お花見を楽しみました。余裕をもって行動するって、いいわぁ〜。なんて悦に入っていた私、ハッと思い出しました。そうだー、そう言えばユーロスペース、移転したんだったーっ!!! かくして私は桜ヶ丘から円山町まで、超ダッシュで走らざるを得なかったのでした……。




そんなわけで、「桃まつり 〜真夜中の宴」。以下HPからの抜粋。
『真夜中の宴』で腕を振るったのは、9人のオンナたち。そこには女性的な“弱さ”や“恋愛体質”ではない、どんな状況にあっても強く生き抜く人間のしたたかな本性が描かれる。

この、「女性的な“弱さ”や“恋愛体質”ではない、どんな状況にあっても強く生き抜く人間のしたたかな本性」というところに、共感しました。ちょっと前にも、映画作りに関わっている若い女の子と話していて、そんな話題が出たんですけど。男性視点から描かれる女性って、な〜んかみんな「愛だけが私のすべてなの…… (風、横から吹いて髪乱れる)」みたいな、恋と愛と性だけで人生が構成されているような、非現実的な女が多いよね〜と(笑)。仕事とかどうなってんのかなぁ、趣味とかないのかなぁ? みたいな(仕事も趣味も特にない……って、若いときはいいけど、30過ぎたら老けるの早くなりがちかと思いますけどハイ余計なお世話です)。男からしたら女ってそう見えるのかな? それとも、そういう女にふりまわされたい願望なのか(笑)?

まぁたぶん、「女ってよくわかんないから、そういうことにしとこう。ヤツら恋愛とか好きみたいだし……」っていう単純な「サジ投げ状態」ってことが多々あるような(笑)。でも、女性からしたら、男性だってよくわかんないですよ〜。でも、それを言ったら性別関係なく、他人ってホントにわかんないですし。で、さらに言えば、困ったことに、自分のことだってよくわかんないんですよねぇ、これが(笑)。そんなわけで、異性や、他人や、そして自分をも理解したい。つまり、人間って何だろう? そんな切実な思いから、人は文学や映画を求めるのではないでしょうか。

ちなみに、私が「リアルな女子(の魂)を描けてる!スゴイ!!」と思ったのは(異論はあるでしょうけど)、去年見たなかで最もクール&ホットだった映画『デス・プルーフinグラインドハウス』(レビューはこちら)。しかしタランティーノ、なんで女子のことがわかっちゃうかなぁ〜。タラのなかには女子がいるな、絶対。




今回、「桃まつり」で見た作品は、『感じぬ渇きと』『きつね大回転』『daughters』『あしたのむこうがわ』『希望』の5作品。いずれも「女性ならではの視点で」なんていうような甘さはなく、「人間としてのその人ならではの視点で」描かれていて、とても興味深く見ることができました。


感じぬ渇きと』(監督・脚本:大野敦子)で面白かったのは、作品のテーマとはズレるかもしれませんが、職員の若い男と、雇われ清掃員の中年男のテンションの差、物事における温度の差が、非常にサスペンスフルに描かれていたところ。お互いに相手の空気に合わせることもなく、平行線を描く2人。そんな空気に頓着せずしゃべり続ける若者と、口を閉ざす男。実はこういう状態って、日常茶飯事的にある。そんなとき、人は、どのようにその空気や感情の差異を感じ取り、どのようにそれに対処するものなのでしょうか。素直に戸惑う? 無いことにして放置する? ここぞとばかりに自分のペースを貫く? それとも自分を相手に合わせる? そんなときにその人の人間性が現れるのかもしれません(どれも良い悪いではなく)。


daughters』(監督・脚本:木村有理子)は、古い一軒の家が舞台。姉妹と幼なじみの男のあいだで交わされる会話劇。とても静かだけど、何かが迫ってくるようなぶ厚い空気感が、スゴい。何が迫ってくるのか? それは、最後に登場するガラスの壜に……。静寂のなかに突如立ち現れる、江戸川乱歩的な展開。そんな展開にミステリーやトラジックなものというよりも、ユーモラスなものを私は感じてしまいました。怖かったり壮絶だったり悲しかったりするものって、ときにはユーモアを帯びたものに変換される。でも、それによって人は、恐怖や悲しみから解放されることもあるのではないでしょうか。主人公の女性が庭でハンモックに揺れながら、ケイト・グリーナウェイのマザーグース絵本『窓の下で』を読むシーンも、危うい浮遊感があって好き。だぁれが殺したクックロビン♪ 


きつね大回転』(監督・脚本:片桐絵梨子)は、すごい傑作! 最近見た映画のなかでも、ダントツに面白かったです。キツネを退治しにある町を訪れた、便利屋の若い男女。稲荷神社前に油あげを置いてワナをしかけておくと、ワナにかかったのはキモノ美女。そのときから、便利屋の男は、美女に導かれて古い日本家屋を夜な夜な訪れることに……。はたして便利屋の女は、男を救うことができるのか? なんていうストーリーの枠組みも面白いのですが、その枠内を埋めるシーン展開や会話なんかに大胆な飛躍があって、バツグンに面白い。

たとえるなら、内田百里J・L・ゴダールを足して2で割ったような。リアルな世界から数センチ浮き上がってしまう感じ。リアルな世界から走り出ていく感じ。あ、でもそんな積極的な感じというよりは、リアルな世界からズルズルと後ずさっていく感じに近いかも……。ラストシーンの、「おかしいな、上っているのに、下に降りていくような」という男のつぶやきが、不思議なようでいて、私には逆に、異様にリアルに感じられました。そういうことってあるんですよね。生きていると。すべてが紙一重。すべてが表裏一体。そんな世界は、意外とリアルなものなのかもしれません。リアルから後ずさった先にあるのも、やっぱりリアル。そんな幻想奇譚。



そんなわけで、夜の渋谷。桜ヶ丘での「桜まつり」と、円山町での「桃まつり」、たっぷり楽しんできました。夜の桜吹雪に乗じて、私もキツネになって誰か化かしてやろうかな〜などと考えつつ(笑)。なんて、私にはそんな技術も能力もあるわけがなく、たぶん私なんか、いとも簡単に化かされちゃうタイプだわ。騙され上手。って中島みゆきかよと自分ツッコミを入れて一人でニヤニヤ笑う、まさにひとり上手な私でした(薄気味悪いとか言わないように)。




◆「桃まつり 〜真夜中の宴
 3/29(土)〜4/11(金) 21:10〜
 渋谷ユーロスペースにて。
 当日¥1000
  ・壱の宴 3/29(土)〜4/2(水)  
  ・弐の宴 4/03(木)〜4/6(日) 
  ・参の宴 4/07(月)〜4/11(金) 


◆今回私が見たプログラムは、弐の宴(〜4/6まで)。
 詳細は以下のとおりです。

『感じぬ渇きと』 (11分)
監督・脚本:大野敦子(『ギミー・ヘブン』アシスタント・プロデューサー/『パビリオン山椒魚』プロダクション・マネージャー)/出演:酒井健太郎、峯山健治、玉川瑠海
深夜のスポーツジムで爆発に遭遇する男。その偶然から死んだ娘を思い出す。

『きつね大回転』 (22分)
監督・脚本:片桐絵梨子(『INAZUMA稲妻』『死なば諸共』脚本)/出演:松元夢子、圓若創、石川美帆
現代を舞台に繰り広げられる昔ばなし。きつね退治はできるのか?!

『daughters』 (24分)
監督・脚本:木村有理子(『犬を撃つ』<2000年カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン正式出品>)/出演:川尻麻美夏、川尻 麦、扇田拓也
母の葬儀で久しぶりに顔を合わせた姉妹と幼馴染の男、彼らは秘密を共有していた。

『あしたのむこうがわ』 (15分)
監督・脚本:竹本直美(『夜の足跡』制作)/出演:安田 暁
不慮の事故で息子を失いながらも前向きに生きようとする男。

『希望』 (12分)
監督・脚本:深雪(『demonlover』『人のセックスを笑うな』制作)
ただ待ち続ける……終わったはずの恋をひとり持て余す男。


エクセルシオール・カフェ
 某シアトル系カフェへのパクリ感の潔さに感服!
 ということで気に入っているExcelsiorCaffe(ドトール系列)。
 桜ヶ丘店のテラス席、お花見の超穴場です。
 花吹雪を体験したければぜひ!
 場所はここ

 

【映画】 『喜劇 競馬必勝法 一発勝負』

2007.11.08 Thursday

笑いにはいろいろな種類がありますが、私がよくしてしまうのが、思い出し笑い。ある出来事に遭遇して、その時はそれほど爆笑していなくても、時間が経つとともにおかしくて仕方なくなってきて、ついつい一人で噴出してしまうことが多い私。思い出し笑いをする人はヤラシイ……って、昔誰かが言っていたような気がするのですが、どうなんでしょうか? 私って、ヤラシイのでしょうか?(知るか)

最近、私が思い出し笑いをしてしまったのは、ある男性が私の顔をしみじみと見つめて、「ナギさんとこんなに近くに顔を寄せて話をしてるのに、全然ドキドキしないのはどうしてだろうねぇ? 不思議だねぇ」と言った後、おもむろに、「男をドキドキさせられないのって、女としてどうです?」とマジメな顔をして問いかけてきたこと。もちろん、その質問自体が面白かったのではありません(面白いわけがない笑)。何がおかしいって、そんな失礼なことをマジメな顔して問いかけてきた、その人の「底抜けな天然っぷり」がおかしくって。普通だったら絶対ムッとしてるはずなんだけど、時間が経つとともにどんどんおかしくなってきて、思わず一人で笑ってしまいました。

が。こういうことを言っても罪がない人っていうのは、かなり良いセンスをもった真性天然の人だけですので、良い子はマネしないように。それと、ちなみにですけど、女性の処世術(護身術?)として、男性をむやみにドキドキさせないようにする技術っていうのもあるんですっっ! と、一応、自分のために弁解しておきたいと思います……(笑)。




そんなわけですが、お腹を抱えて大爆笑してしまうというよりも、クスクスと思い出し笑いをしてしまうような、そんな良質なコメディ映画を見てきました。それが、『喜劇 競馬必勝法 一発勝負』。ちなみに、見に行った映画館は、先日もちょっと触れました浅草名画座こちら)。今回は、土曜日だったということもあるのか、物凄い混雑ぶり。普通に子どもづれのお客さんまでいて、とってもイイ感じでした! 上映中にタバコ吸ってる人も、一人しかいませんでした! (って、やっぱり一人はいるのだね。)




コメディ映画は、出演者がとにかく大切です。天然で笑えるのはともかく、故意に人を笑わせるのって、とても難しいもの。どんなに面白いシナリオがあっても、その面白さを活かせる芸がないと、満足がいくものにはなりにくいのではないでしょうか。(だから、今の日本には面白いコメディ映画が少ないのかも……)

その点、本作の出演者は、スゴイです。クレイジーキャッツの元メンバー・谷啓(「ガチョ〜ン」の人ね)と、伴淳三郎(「アジャパー」の人ね)。この谷啓と伴淳のコンビが、とにかく最高に面白くて。丸々とした谷啓と、ヒョロヒョロした伴淳。熱くて一生懸命な谷啓と、飄々としてオトボケな伴淳。お笑いコンビの組み合わせとしては、ピッタリ! 脇を固める出演者もゴージャスです。悪役顔がウレシイ東野英治郎(初代黄門様ね)、マジメになればなるほど笑える西村晃(2代目黄門様ね)、たこ八郎の師匠だった由利徹(「おしゃまんべ」の人ね)、そして笑うせぇるすまん似の大橋巨泉(「セミリタイア」の人ね)など、ツボをつかれまくりです。ね、面白そうでしょ?

そして、監督は、以前にも書いた『乾杯!ごきげん野郎』『喜劇 男の腕だめし』など(こちら)を撮った、コメディの名手瀬川昌治監督! 面白くないわけがないのです。




というわけで、ストーリーを紹介。主人公は、山形県のとある市営競馬場の所長、茂作(谷啓)。彼には、ある悩みがありました。それが、妻のマリ(橘ますみ)。人もうらやむほどキレイな奥さんですが、子作り攻撃がすさまじく、さらにマリの母と祖母からも子作りプレッシャーが。困った茂作は、競馬場専属の獣医、剣山(伴淳三郎)に相談。さっそく馬用の聴診器で、馬スタイル(=四つん這い)で診察され、馬の“何か”でできた強壮剤を渡されて、馬並みの精力をテンポラリーに手に入れる日々なのでした……。

一方、茂作が所長をつとめる競馬場は、売り上げが伸び悩み気味。茂作は、そんな競馬場を盛り上げるため、名馬をそろえたレースを構想していました。そんなとき、人気TV番組『11PM』の司会者である大橋巨泉が、競馬場を視察しに来ることに! かくして、ハーフの美人秘書をひきつれて現れた巨泉、「秘書をつれて避暑がてら、ということで。ウッシッシ」などとトバしまくり。そんな巨泉の「300万円で名馬を譲る」という良い話に、チャンスとばかりに飛びつく茂作。が、巨泉歓迎の宴のさなかにTVをつけると、『11PM』が。これはビデオ録画だと言う巨泉ですが、奥の部屋では、マリの祖母がキャーキャー言いながら視聴者クイズに電話中継で回答中……。さて、どうなることやら?!




笑える面白シーンに満ちた作品でしたが、ケッサクだったのが、「てめえらが八百長試合をやったせいで負けちゃったじゃねーか!」と言って谷啓に襲いかかってきたチンピラ役の西村晃(2代目黄門様)。谷啓を誤って殺してしまったと勘違いし、気絶した谷を馬小屋に運びこみますが、そこに競馬場のスタッフが登場(その一人が小林稔侍)。あわてた西村は、気絶している谷にタバコをくわえさせ、あやつり人形のように背後から谷を動かすさまが本当におかしくて。思い出し笑い必至。


そして、女子的に一番の見どころと言えるのは、茂作の妻マリとその母(赤木春恵)と祖母(飯田蝶子)、この女三代の直球ガールズ・トーク! とにかく子作りに励め、と娘マリをさとす母と祖母。娘に向かって、「おめぇ、一日何回可愛がってもらってるんだ?」と問う、ぶっちゃけすぎる母。娘も娘で、「一日おきだね」と素直に即答。「たった二日に一回か!!」と仰天するファンタジックな母。さらに続けて、「私のときは朝晩のおつとめは絶対だったのに」と暴走する母のみならず、「わしなんていつでもどこでも田んぼでも畑でも後ろから、振り向いたら隣のナントカさんだったこともある」とかぶせるアナーキーな祖母。……こんな女三代の素敵すぎるガールズ・トーク、なかなかお目にかかれるものではありません。現実にはもちろん、映画でも、ね。

っていうか、そいつらガールじゃないだろう、って? いやいや、ここで言うガールとは年齢じゃないのですよ。この自分の半径10メートル以内が全世界だと言わんばかりに自分の思いを素直に言葉に変換して、さらにぐいぐいエスカレートしていくさまが、非常に女子的だなと。男性だって、心は少年のまま、って言いますが、女性だって、年をとっても心は女子のまま、なんです。特にエネルギッシュな人であればあるほど、心は女子のまま。そういう魂レベルでのガール、という意味で。私も20代のときは、大人になるにつれて全く違う人間になるんだと思ってましたが、そうじゃないんですよねぇ。むしろ、自分の女子としてのコアな部分が、より鮮明になっていくというか。認めざるを得なくなってくるというか。つまり、自分で自分に観念せざるを得なくなるのが、大人になるということなのかも。

そういえば先日、「今度30代の女の子だけで飲むんだー」と言ったら、知人(男性)が、「それって……ハゲで長髪のヤツらと飲む、って言うのと同じくらい矛盾しているのでは……」なんて言うじゃないですか(笑)! 「ひどーい! 長髪だけどテッペンがハゲてる人だっているもん! 実際、昔の上司にそういう人いたもん!」と反論したら(どんな反論だって笑)、「だから……“そういう存在”だってことでは……」ですって! このたとえ話がかなりツボで、ムッとする以前に爆笑してしまい、今でもついつい思い出し笑いをしてしまう私なのでした。でもでも。長髪だけど薄毛な存在、結構じゃないですか! 矛盾した状態、大好き! 矛盾した人間、LOVE! 矛盾した状態にあってもクスクス笑っていられるような、そんな堂々と矛盾を楽しめる大人の女(心は女子)でありたいものです。矛盾を楽しめるのも、矛盾している存在である自分を認めちゃった大人だからこそ、できること。コドモは矛盾に耐えられませんからね!



と、話は脱線しましたが。そうそう、この素敵にアナーキーな祖母(飯田蝶子)が、茂作(谷啓)に向かって、こんなことを言っていました。

おめぇ、可愛がるとき何て呼ぶんだ? それで男の愛情がわかるんだべ

ですって! みなさん(笑)!
で、それに対する谷啓の回答は、以下。


メロンちゃん……







◆wikiで見つけた、本作の出演者たちのトリビア

・西村晃の父親は、日本初のロボット「學天則」作った西村真琴。映画『帝都物語』では、その父親の役を担当。
・伴淳三郎は、浅草サンバカーニバルの発案者(と言われている)。
・大橋巨泉は、テレビ東京で競馬実況をしていた小倉智昭を引き抜き、自分の事務所に入れた。

 

【映画】 『デス・プルーフ in グラインドハウス』

2007.09.12 Wednesday

文字どおり殺人的に暑かった夏も、そろそろ終了。私は夏生まれの夏っ子なので、夏が終わるのはとっても寂しい……。なんて言ってますけど、実際は海にも山にも行かず、海外も国内も旅行せず、家で寝てるか本読んでるか映画見ているか、「別に、秋でも冬でも春でもやってること同じじゃん」というエセ夏っ子です。

でも。私なりに夏を満喫しました! そう、夏のお洋服で! 洗いざらしのTシャツにジーンズ、足はゼッタイに素脚、靴はゼッタイにミュール、もちろんペディキュア必須。タンクトップやホルターネックも必需品。夏はできる限り肌をさらして、夏の空気を全身で感じるのが好き。って、露出好きなのかって? んー特にそういうわけではありませんが、単純に気もちがいいんですよね、素朴な意味で開放感も味わえますし。ま、見せて減るもんじゃないでしょ(肩とか背中くらいは)。というか逆に、30過ぎたら、見せないと減りますから!!!(ヒッシ) 



そんなわけで、そろそろ秋だというのにしつこくタンクトップを着て、タランティーノの新作『デス・プルーフ in グラインドハウス』を見てきました。

Tシャツとか生脚とかヘソ出しとかミニスカとかホットパンツとか、そういう夏ファッションが大好きな方、この映画は必見。さらに言えば、そんなTシャツや生脚やヘソ出しやミニスカやホットパンツたちが、変態男をボッコボコにしたりとか、ハイテンションでエッチでラヴリーなガールズ・トークを繰り広げたりとか、そういうの大好きな方、この映画は必見。

つまり。放蕩娘たちは、絶対にこの映画が好きなはずなの!!!

この映画、どうして109が協賛してないのかしら? それが無理なら、せめて109でキャンペーンを打てばよかったのに! そう思わずにはいられないくらい、マルキューでキャーキャー言いながらホットパンツとかミニスカを試着してるような放蕩娘たちが、わんさか登場してばっちりキメてくれる。そんな映画って、ありそうでない。

だけどこの作品、マニアックな映画ファン男子向けにしか宣伝されていない様子なのが、もったいなさすぎ。確かにマニア的引用に満ちた映画だけど、そんなの1つもわからなくたって全然OK。実際、そんな引用などちっともわからなかった私でしたが(ラス・メイヤーの『ファスター・プッシーキャット キル!キル!』のTシャツだけはわかった)、今年見た映画で一番面白かったかも〜〜ってくらい思いっきり楽しんじゃいましたから。とにかくクール! とにかくホット! どっちだよ、って。別にどっちでもいいんですが、とにかくイカシた映画ナンバー1!




超可愛いチアガール衣装。演じるのはメアリー・エリザベス・ウィンステッド。なんと、あのエヴァ・ガードナーの遠縁にあたるんだとか。




この映画は、簡単に言ってしまえば、ガールズ・トークと、カー・アクションでできている映画。二部構成になっていて、一部はテキサス州オースティン、二部はテネシー州レバノンが舞台。それぞれの場所で、セクシーな放蕩娘たちが、恋バナやらちょっとエッチな話で大盛り上がり(たとえば、「アンタのお尻デカ過ぎ」「何言ってんのよこの尻に黒人男も白人男もついてくんのよ。私の尻は男の歯型でいっぱいだよ!」なんていうステキ会話等)。そんな彼女たちをじーっと見つめているのが、ラバー・ダッグにドクロマーク入りシボレー・ノヴァに乗った不気味な中年男。彼の狙いとは一体? 彼女たちはどうなる?! 危うし、放蕩娘!!




ちなみに、タイトルになっている「デス・プルーフ(death proof)」ですが、マスカラや日焼け止めなどで「防水仕様」のことを「ウォーター・プルーフ(water proof)って言いますね。それと同じで、「防仕様」のこと。何が「防仕様」なのかは、ナイショ。

それから、これもタイトルに入っている「グラインドハウス(grindhouse)」ですが、もともとはストリップ劇場のことを指していたのが、やがてポルノ映画館のことを指すようになり、さらに70年代になると、エクスプロイテーション映画(低予算でつくられた安物映画)を上映する映画館のことを指すようになったそうです(劇場パンフレットに寄せられた町山智広氏のコラムより)。

タランティーノは子ども時代に、このグラインドハウスで低予算B級映画漬けの日々を送ったそう。タランティーノが、そうしたエクスプロイテーション映画、つまり、ラス・メイヤーを始めとするポルノ映画や、スラッシャー映画(『13日の金曜日』のようなホラー)や、カーチェイス映画、女囚映画、カンフー映画、ヤクザ映画、といった低予算映画を、現在の作品作りの原点としているのは皆さんご存知のとおり。今回の『デス・プルーフ』でも、CGではない衝撃的なカー・チェイスが楽しめます。ダッジ・チャレンジャーVSダッジ・チェイサーの息をのむカー・チェイスは、女子も必見。




元祖放蕩娘B.Bと同じポーズで。演じるのはシドニー・タミーア・ポワチエ。なんと、シドニー・ポワチエとジョアンナ・シムカス(『冒険者たち』!)の娘。現在のシドニー・ポワチエ&ジョアンナ・シムカスのツーショット画像はこちら




それにしても。タランティーノって、つくづく、センスがいい。「カッコイイとはどんな状態か」について、彼ほどわかっている人はいないと思うのです。本当のカッコイイって、100%完璧にカッコイイことじゃあない。本物のカッコイイって、ちょっぴりカッコ悪くなきゃいけない。でも、そのカッコ悪さのさじ加減が、実はものすごく難しくて。もちろん本人が気づかないまま、天然でカッコ悪カッコイイを実現できてしまう場合もあります。だけど、タランティーノは違う。彼は自分が意図したとおりに、そのカッコ悪さの絶妙なバランスを調整できてしまう。芸術家っていうより、職人的。手練(てだれ)ってやつですよね。

そして、そんな「カッコイイとはどんな状態か」を知っている彼だから、カッコイイ女子を描かせても天下一品。『パルプ・フィクション』や『キル・ビル』でのユマ・サーマンのカッコよさ、『ジャッキー・ブラウン』でのパム・グリアーのカッコよさを見れば、一目瞭然。

実は私、この『デス・プルーフ』を見たとき、「こういうカッコイイ放蕩娘を描いたのが、どうして女性じゃないのかしら?!」と、ちょっぴり悔しく思ってしまったのですが、実は女性って、「カッコイイとはどんな状態か」って、それほど考えないものなのかもしれません。「美しいとはどんな状態か」とか「可愛いとはどんな状態か」とか「優しいとはどんな状態か」とか「正しいとはどんな状態か」とか、そんなことは考えるのかもしれませんけど。そう言えば、私が愛してやまない『緋牡丹博徒』シリーズや『極道の妻たち』シリーズなどには、叫びたくなるほど(カッコイイ女が登場しますが、これも女性ではなく男性がつくったものでした。

そういう意味では、カッコイイって、やっぱりある程度は男性的なセンスをあらわす形容詞なのかも。それに、「本物のカッコイイは、ちょっぴりカッコ悪くなきゃいけない」っていうのも、確かに男性的。カッコ悪くなれる勇気や気概って、どうしても女性より男性のほうがある気がしますから(もちろん一概には言えませんけど、平均的に言えば)。本当にカッコイイ大人の男性って、自分がいくらカッコ悪くなってもほとんど気にしない(ように見える)。むしろ、自分から進んで馬鹿になってくれる。ちょっぴりカッコ悪いほうがカッコイイってこと、わかってるんですよねー、カッコイイ大人の男は。

そんな、あえて積極的に馬鹿やってくれる最高にカッコイイ映画、それが『デス・プルーフ in グラインドハウス』。しかも活躍するのは、露出過多気味セクシー&タフな放蕩娘たち!! これを見ずして「カッコイイ」を語るなかれ!






デス・プルーフ in グラインドハウス
Death Proof in Grindhouse

【監督/製作/脚本/撮影】クエンティン・タランティーノ
【製作】ロバート・ロドリゲス
【出演】カート・ラッセル
    ヴァネッサ・フェルリト
    シドニー・タミーア・ポワチエ
    ジョーダン・ラッド
    ローズ・マッゴーワン
    ゾーイ・ベル
    ロザリオ・ドーソン
    メアリー・エリザベス・ウィンステッド
    



■『プラネットテラー in グラインドハウス
  グラインドハウス映画プロジェクトのもうひとつの作品、
  ロバート・ロドリゲスが監督した作品。
  9/22より上映予定。goo情報はこちら


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