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【本】 答えが簡単に出ないって、そんなに無駄なこと?  〜武藤整司 『人間の輪郭』を読む。

2009.10.01 Thursday


最近、とても面白い本を読みました。『人間の輪郭』という本です。わかりやすく一言で言えば、「“そもそも”を問うための本」。“そもそも”とは、「そもそも、人間とはどういうものなのか?」「そもそも、生きるとはどういうことか?」「そもそも、学ぶとはどういうことか?」等々々々。

そんな純粋な“そもそも”を、誰もが一度は問うてみたことがあるのではないでしょうか。でも、問いがあまりに大きすぎると、何から手をつけてよいのやらわからなくなるもの。で、混乱したり迷ったりして、やがてそんな中途半端な状態に耐えられなくなって、「あ〜〜わかんないからもういいや! 考えるのやめ!」と、そうした問いから手を離してしまう。そんな人が決まって言うのは、「考えても答えが出ないことを考えるのは無駄」「考えたって何の得もない」です。

だけど、果たしてそうでしょうか? 答えが簡単に出ないって、そんなに無駄なこと? 得するって、そんなに大事なこと? 

もしこの問いにYESと答える人がいるとしたら、その人の人生はさぞかし大変なことでしょうね。だって、よく考えてみれば誰でも分かりますが、人生において簡単に答えが出ることなんてほとんどないし、得することなんか滅多にないのですから。まぁ、だからこそ、世の中には、「答えはココにありますよ、お金さえ払えば手にはいりますよ!」「コレをちょっとこうすれば、得すること間違いなし!」といった声に満ちているんでしょうけれど。簡単に答えが出ることなんてほとんどないし、得することだって滅多にないからこそ、その「問い」&「答え」セットは、貴重な商品となるし、コントロールのための有効な道具ともなり得るわけで。

だけど、そんな他人から与えられた「問い」&「答え」セットに頼ってばかりしていると、いつの間にか、いつも誰かに「問い」を見出してもらい、いつも誰かに「答え」を考えてもらっている、という状態に……。それでは、自分の人生を精一杯生きるというよりも、他人の人生を頑張って生きる、ということになってしまうのでは? 



だからやっぱり、答えが簡単に出ない問いや、得するわけでもない問い、“そもそも”の問いを、決して手放してはいけないんだと思うのです。もちろん、そうした問いに対する答えなんて、簡単に見つからないに決まってますけど、それでも頑張ってこの問いを手の中にグッと握っていないと、人って簡単に自分の人生を他人に預けちゃうんですよ……。なぜなら、そのほうが、ラクだから。大変なのとか面倒くさいのとかみっともないと思われるのとかが、イヤだから。

だけど、そのツケはやってくるのです。本書『人間の輪郭』にこのような一節がありました。

もちろん、たいていの場合、大雑把な世界観・人生観をもっていればこの世を渡ってゆくことはできる。個人個人の人生哲学さえあれば、それで生きてゆける。加えて利に敏(さと)ければ、十分に現世的な幸福を得られるのである。何を好き好んで、改めて哲学などする必要があるだろうか、出来合いの人生哲学で十分にこの世を渡ってゆけるのに……。

しかし、そのように営々と生きてきて、中年を過ぎ、老年に至って、ふと自らを振り返ってみると、何もしていないことに気付き、あるいはしないで済んだことの多いことに気付き、愕然とするひとも数多くいる。なぜか。人は必ず死ぬという厳然とした事実に直面するからである。いくら金儲けをしても、必ず死ぬ。いくら異性にもてたとしても、必ず死ぬ。どんな快楽を味わったとしても、必ず死ぬ。この死というものから逃れる術はない。そういった現実に気付くと、人生の意味が朦朧としてくる。

人は、死ぬんですよね、私も。死から逆算して考えれば、物事の本質が見えてきて、「あー、あの「問い」&「答え」セットなんてどうでもよかったのに、馬鹿みたい!」とか「そんなことよりこっちのほうが大事なはずなのに、なんで放置してるんだ?!」とか(笑)。



ちなみに上の引用文で「哲学をする」という言い方をされている、哲学的な態度というのは、アカデミックな場における学問としての専門的な哲学とはちょっと異なります。そうではなく、「philosophy(哲学)」のギリシャ語語源である、「philo(愛する)」+「sophia(知)」=「知を愛する」、という意味での、哲学的態度。そんな哲学的態度はどのようなものかと言うと、

何ごとにも疑問を抱き、これはちょっとおかしいのではないかと思う感受性をもつ人が、世の中を変えてゆくことができる、一歩先に行った人である。言い換えれば、何ごとにも不思議を感じ、はたしてこれでいいのかと疑問を抱くことのできる人が哲学的精神をもつ人である。

ああ、これなんですよね、やっぱり。特に難しいことではありません。ある意味では、普通のこと。以前私もちらっと書きましたが(「黄色のレンガは自分で敷く! 〜どうして生きるのか?という問いと、ニセモノの真実。」)、「どうして?」「なぜ?」「これは何?」「これ変じゃない?」と少しでも感じたら、素直に問い、考える。それによって、結局は、、苦しいことも悲しいことも嫌なことも、自分の新しいエネルギーに変えることができるはずなんですよね。負を負のままにせず、負から負を生むのでもなく、負から正を生み出すこと、それは自分にとって良いことであるのはもちろん、ひいては他人にとっても、世界にとっても、良いことになり得ると思うのですが……楽観的すぎるでしょうか? でも、他人に指示されるのではない自分自身の人生を、より良く、満足して生きるための、それ以外にいい方法を、私は知らないのです。



そんなわけですが、『人間の輪郭』は、「生きるとは何か」「学ぶとは何か」「人間とは何か」「倫理とは何か」「居場所とは何か」などの“そもそも”の問いについて考えるための、わかりやすいヒントや貴重な前提を与えてくれる、とてもありがたい本でした。著書の武藤氏は、高知大学人文学部の教授。実は、以前、高知大学サイト内で拙書『色っぽいキモノ』に関してお褒めの言葉をいただいたことがありまして……(→こちら。ありがとうございます!)。それがご縁で本書を手にとらせていただきましたが、今まで手探りで「ああかな?」「こうかな?」と暗中模索していたような問題がまさに取り上げられていて、僭越ながら、生きていく勇気と確信をいただいた気が致しました。


最後に、『人間の輪郭』に引用されていた、デカルトの言葉を。

哲学することなしに生きてゆこうとするのは、まさしく、目を閉じてけっして開こうとしないのと同じことです」         〜『哲学の原理』序文





■関連記事。
黄色のレンガは自分で敷く! 〜どうして生きるのか?という問いと、ニセモノの真実。
時は過ぎゆく  〜祭りのあと。歳月人を待たず。
ニヒリズムの効用について。 〜埴谷雄高「ニヒリズムの変容」を読む
『埴谷雄高 思想論集』  〜「ここではないどこか」を思うこと。もしくは、宇宙占い師。
ニーチェの命日に。
『この人を見よ』 フリードリヒ・ニーチェ
『九鬼周造随筆集』  もしくは、無限の時のなかで踊ること。



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【本】 ものを持つこと、ものを捨てること。  〜ポール・グレアムのエッセイ「もの(stuff)」

2009.09.03 Thursday

近々、引越しを考えています。その際にいつも問題となるのが、「大量の本をどうするか?」ということ。私は全然お金持ちでもないし、買い物大好きっ子というわけでもないのですが、本に関してだけは、できる限り「糸目をつけず」で生きてきました。そんな日々もそろそろ20年あまり、ふと気づいたら、今や、……本に殺されそう! キャー!(←嬉しそうではある)

(画像は、数ある本棚のなかで一番お気に入りの本棚と、お気に入りのふたごのマルちゃん)

というわけで、決めました。蔵書の半分は、実家に置かせてもらうか、欲しい人にあげるか、古本屋に売るかしよう、と。10年読まなかった本はこれからも読まない、と考えよう、と。いや、実際は読む時がくるかもしれないけど、そのときはまた買えばいいじゃないか、本なんて安いんだから! と。

とにかく、たまりにたまった持ち物を減らして、身軽になりたい! 長い年月をかけて付いてしまった贅肉を落として、身軽になりたい! そう話す私に、知人がポール・グレアムのエッセイ「もの(stuff)」が翻訳されているページのURLを送ってくれました。

ポール・グレアム(Paul Graham)は、ハーバード大学でコンピュータサイエンスの修士号と博士号を取得し、フィレンツェの美術学校で絵画を学び、LISPプログラミングの達人であると同時に、後にYahoo! Storeとなるソフトウェアを作り、ベンチャー起業家として成功をおさめた人物。文才にもすぐれ、ネット上で発表したエッセイが話題となり、『ハッカーと画家 〜コンピュータ時代の創造者たち』を出版。この本、もの凄〜〜〜く面白いです!(オススメ!!)

……余談ですけど、欧米ってこういうマルチな才能を発揮する人が多いですよね。今ふと思い出したんですが、ビョークの夫としても有名な現代美術アーティストのマシュー・バーニーも、名門イエール大学で医学をおさめた後、美術と体育を学び、学生時代にはフットボールの特待生でもあったうえに、ファッションモデルもやっていたとか。日本でそんなことをしようものなら、「コレと決めたらコレ以外やるな! いろいろやるのは不真面目だ! オマエは何をやりたいんだ! 二兎を追う者は一兎をも得ずだ!」って言われちゃいますけど、そんな土壌からは、マシュー・バーニーやポール・グレアムのような人材は育たないでしょうね。(ついでですけど、かなり昔に書いたビョーク&マシュー・バーニーの 『拘束のドローイング9』についてのレビューはこちらこちら

それはさておき。このポール・グレアムのエッセイ「もの(stuff)」が非常に面白かったので、以下に紹介いたします(以下、lionfanさんの翻訳文をコピペさせていただきました)(太字は私が勝手につけました)。


「もの」(原題:Stuff)

私はあまりに多くのものを持ちすぎている。ほとんどのアメリカ人はそうだ。 実のところ、貧しい人ほど多くの物を持つようだ。どんなに貧しい人でも、前庭にぎっしり古い車を置いておくことくらいはできるようだ。

いつの時代もそうというわけではなかった。 かつて、ものは稀少で貴重だった。調べる気があれば今でもその証拠が見つかる。たとえば1876年に建てられたケンブリッジの私の家には、寝室にクローゼットがない。当時の人々の持ち物は、ちゃんとタンスに収まった。つい最近の数十年前でさえ、現在よりものははるかに少なかった。1970年代の写真を見ると、家がすごくスカスカに見えるので驚く。私は子供のころおもちゃの自動車を山ほど持っていると思っていたが、私の甥たちが持っているおもちゃの数に比べればかわいいものだ。 私のMatchboxとCorgiのミニカーを一堂に集めると、ベッドの表面の約3分の1を占めた。 私の甥たちの部屋では、空いているスペースはベッドしかない。

ものはずっと安くなった。だがものに対する我々の態度はそれに対応して変わったわけではない。私たちはものを過大評価している。

お金がなかったころ、私にとってものは重要だった。自分は貧しいと思い、ものが貴重に見えたため、私はものをほとんど本能的にため込んだ。友達が引っ越すときものをくれないか、ゴミ出しの夜に道ばたで何か見つけられないか探し(ふと気づけば「全然使えるじゃない」と言ってしまっているようなものには要注意)、ガレージ・セールで、ほとんど新品同様なのに10分の1の値段が付いているものを探す。こうしてほら、ものが増えていく。

実のところ、こういったタダかほとんどタダのものは、コストのほうが価値を上回っており、お買い得ではなかった。それらが本当に必要ではなかったので、ため込んだものの大部分は私にとって価値のないものだった。

私にわかっていなかったのは、新しく手に入れるものの価値は、小売価格と支払った額の差ではない、ということだった。それから引き出せるものこそが価値だったのだ。ものは非常に現金化しづらい資産だ。高価なものを非常に安く手に入れても、売るつもりがまったくないなら、そのものの「価値」にどんな意味があるのだろうか? いくらで買ったにせよ、そのものから価値を引き出すには、使うしか方法はない。そしてすぐに使わないのなら、まず使うことはないだろう

ものを売る会社は、今でもものは貴重だと思わせるために膨大なお金を費やしている。 しかしより真実に近づくには、価値がないように扱ったほうが良い。

本当のところ、ものを貴重なものとして扱うのは良くない。ものをある程度以上ため込むと、逆にあなたがものに捕らわれるようになるからだ。ものをすべて収納できる家に手が出なかったため、引退後の生活を考えていた町に住めなかった夫婦を私は知っている。その夫婦の家は、彼らのものではなく、彼らのもののものである

すごく組織的に収納されているのでないかぎり、ものでいっぱいの家にいると、時としてものすごい憂鬱の材料になりうる。ものにふさがれた部屋では気もふさぐ。その理由の1つは、あたりまえだが、ものでいっぱいだと、人間のためのスペースが少なくなるからだ。問題はもっとある。私の思うに、人は周囲のメンタルモデルを作るために、絶えず自分の環境をスキャンしている。状況の解釈が難しくなるほど、意識的思考のためのエネルギーは奪われる。がらくたにふさがれた部屋では、文字通り心も身体もふさがれるのだ

(この説明で、なぜ子供は大人ほどがらくたを気にしないかがわかる。子供は大人より鈍感なのだ。子供は周囲について大人ほど細かいモデルを持たないので、あまりエネルギーを消費しなくて済む)

私は1年間イタリアに住み、はじめてものが無価値であることに気づいた。私が持っていったものは、大きなバックパック1つ分の荷物だけだった。残りは母国の家主の屋根裏に置いてきた。そしてどうなっただろう? なくて寂しかったのは数冊の本だけだった。1年が終わる頃には、屋根裏に何を置いてきたかを思い出すことさえできなかった。

それでも母国に戻ったとき、ひとつの箱も捨てられなかった。まったく壊れていないダイヤル式電話を捨てるだって? いつか使うかもしれないのに?

思い出すと本当につらいのは、役に立たないものをため込んだことだけではなく、どうしても必要なお金を、必要のないものにしばしば費やしてしまったことだ。

なぜ私はあんなことをしていたのだろう? ものを売りつけることを仕事にしている人は、商売が本当に上手いからだ。フツーの25歳では、ものにお金を使わせようと長年研究をしてきた企業にかなうわけがない。彼らはものを買う経験をすごく楽しいものにして、買い物を娯楽に変えてしまう

どうすれば彼らから身を守れるだろうか? それは容易ではない。私はかなり疑り深い人間なのだが、それでも30代になってもまだ、彼らのトリックによくひっかかった。でも何かを買う前に「これは見てわかるほど私の人生を良い方に変えるか?」と自分に聞けば、ひっかからなくなるかもしれない。

私の友達は服を買う前に「これ、いつも着る服かしら?」と自問することで、服を買いすぎるクセを直した。買うかどうか迷っても「買おうとしているその服が、ふだん着て歩くような限られた数のアイテムのひとつになる」と確信できなければ、彼女は買わない。これはどんな買い物にも有効だと思う。何かを買う前に自分にこう尋ねてほしい。「これを私はいつも使うだろうか? ちょっと見てくれの良いだけのものかな? まさか単にお買い得なだけってことはない?」

こういう観点から見て最悪なのは、あまりに高級すぎてめったに使わないものだ。壊れやすいものほどあなたを束縛する。たとえば、多くの家庭にある「高級磁器」がそうだ。使って楽しむものというより、壊さないようにと神経をすりへらしてしまうもの、というほうがその本質を表している。

ものを新たに手に入れようとする気持ちに打ち勝つもうひとつの方法は、持ち続けていることで必要となる全コストを計算することだ。購入価格は初期費用にすぎない。何年もの間、そのもののことをずっと考えていなくちゃいけなくなる―たぶんこの先一生。持ち物はすべてエネルギーを奪うけれど、奪った以上に与えてくれるものもある。そういうものだけが持つに値する。

今では私はものを貯めこまないようになった。本を除いては――だが本は別だ。たとえていえば、本は個別の物体というよりは液体だ。数千冊の本を持っていても特に問題はないが、種々雑多なものを数千点所有していれば、地元の有名人になってしまうだろう。しかし本以外は、私は現在、努力してものを避けている。お金を楽しむために使うときは、常にものよりサービスに費やすようにしている。

私は何も禅的な悟りの境地からこんなことを言っているわけではない。もっと世俗的な話だ。時代に変化が起き、それに気づいた、というだけのことだ。かつてものは貴重だった、そして今はそうではないのだ

先進国では、同じことが20世紀の中ごろに食料で起きた。食料は安くなり(あるいは私たちがより裕福になったと言っても同じことだ)、食べすぎは、食べなさすぎより危険となった。今はもので同じことが起きている。金持ちであれ貧乏であれ、多くの人にとって、ものは重荷となった。

最後に朗報を。その重荷を知らず知らず背負ってきたのであれば、あなたの人生は今からそのぶん良いものにできると言える。長年、足首に2kgの重りをつけて歩き回っていたのに、突然、それがなくなったと想像してごらん。


ああ、私もそろそろ溜め込む人生から卒業したいです。……と言っても、私の持ち物って言ったって、「本」と「キモノ」しかないんですけどね。しかもポール・グレアム氏ったら、「本は別だ」なんて言ってるし……(笑)。アハハ。

だけどホントに、10〜20代の頃っていうのは、自分にとって何が必要で何が必要ではないか、ということがまだ明確にはわからない模索期間だったと思うのです。そんな時期は、ものを溜め込むのも仕方が無い、いや、むしろそうするべき時期とも言えるでしょう。

でも、30代も半ばにきたら、そろそろ、自分にとって何が必要で何が必要ではないかが、だいたい分かってくるんですよね。人生も残り少ない(かもしれない)し、自分の限界もうっすらと見えてくる。となると、そこから逆算すれば、これは必要でこれは不必要、ということがだいたい分かってくるというわけで。

私も今から徐々に贅肉を落としていって、ワンルームに住めるような身軽な40代になりたいものです。え? フツーは逆だろって? 40代になったら4LDKとか一軒家に住めよって(笑)? まぁ確かにね……。でも、広い家って、維持するのがすっごい大変なんですよね〜〜。実は数年前、6つくらい部屋がある郊外の広〜い一軒家に住んだことあるんですけど、掃除、すっごい大変でした……。だいたい、あっち行ったりこっち行ったり移動が大変ですし。っていうか、結局、1つしか部屋使ってませんでしたし。さらに言えば、その部屋の半径2mぶんくらいしか使ってませんでした(トホホ)。ハッキリ言って、無駄だなと。意味ないなと。自分の人生の目的を見失いかねないな、と思ったものです(大げさかもしれませんが……)。ま、お手伝いさんか、もしくはお手伝いさん的役割を喜んで引き受けてくれる人(奥さん?彼女?)がいるなら、それもいいのかもしれませんけどねー♪

つまり、問題は、自分で把握・管理しきれない「大きさ」や「多さ」、というものは、得になるどころか害になる場合がある、ということなのだと思います。大は小を兼ねるとは言いますけど、確かにそうかもしれないけれど、でも果たして大で小を兼ねさせなくてはならない事って実際そんなにあるのか? そんな一生に何回あるかわからないもしもの時のために小でいいのに大をムリヤリ背負い続ける必要があるのか? と自問してみることも大切なのではないか、と。

もちろん、物事には必ず例外がありますから、「大きさ」や「多さ」で勝負するような人(何かのコレクターとか、荒俣宏的な世界網羅型の能力をもった人とか)も世の中にはいらっしゃいます、ということはちゃんと書いておきたいと思います。念のため。





マルちゃん(右) 「マルちゃんなんか何にももってないから気楽だよ!」



■関連記事。

Apple社の創立者Jobs氏のスピーチ
旧ブログで4年前に書いた記事ですが……、Apple創立者スティーヴ・ジョブ氏のスピーチ、読み返してみたらやっぱり面白かったです。

ひみつの花柄
イラストレーター・野川いづみさんのブログの新記事が、同じく片づけネタでした! いづみさんがブログでオススメしていた、私もリスペクトする漫画家腹肉ツヤ子さんの片づけ本はこちら。



どうしても片づけられない!! あなたのためのお片づけ成功読本


| 【本-book】 | 03:13 | - | -
 

【本】 『雨月物語』上田秋成  〜執着と妄念について。または、再読のススメ。

2009.08.12 Wednesday

最近すっかりTVを見る習慣がなくなり、「時間が節約できてる!」と喜んでいたのに、のりP事件のおかげで「とりあえず起きたらTVつける」な日々になってしまいました……。どのワイドショウでも、サイケDJと化したのりPがどっかのパーティでskaziの『Hit 'n' Run 』をかけて踊りまくるこの映像が、流れまくり。……にしても、昼間から、地上波で、skaziの『Hit 'n' Run 』がかかりまくる日が来るとは(笑)。私これ、大好きなんですよ〜! 何も考えなくていい念仏感がたまりません。頭カラッポになれます(笑)。のりPも頭カラッポにしたかったんだろうなぁ。 
↓ skazi 『Hit 'n' Run』



あ、先日、お友達に「のりP事件見てナギちゃん大丈夫かと思っちゃったけど大丈夫?」と言われましたが、全くその気はないので大丈夫です(笑)。だって私、お酒に弱いので、テキーラ3杯+ジントニック3杯で、一晩中、超絶ハイテンションをキープできるんだもん(でもあまり記憶はトバないのが寂しいといえば寂しい)。

って、そんなことはよいとして! 

ようやく本格化してきた真夏の昼下がり。浴衣を着て出かけた先で、コーヒーを飲みつつ読んだ本が、『雨月物語 (上)』『雨月物語 (下)』(講談社学術文庫)。江戸中期の国学者・上田秋成による、怪異小説集。って、「なぜ今さら雨月物語?」な感じかもしれません。確かに、文科系学生にとっての必読書ですから、「あ〜昔読んだ」な方も多いでしょう。でも、実は、そういう正真正銘の名作こそ、大人になってからも何度でも再読すべき本、だと思うのです。

名作好きの教養主義者と思われてしまうかもしれませんが、名作と言われているものには、やはりそう言われるだけの深さや幅があるものだと思います(たいていは)。だけど、その深さや幅は、誰でも100%感受できる、というわけではないのですよね……残念ながら。実は、その作品の深さや幅は、受け手の深さや幅のぶんしか、感受できない。受け手のキャパシティ次第、のところがあるのです。

だから、良いものを若いうちに摂取することって、もの凄く大切だと思うんですけど、効率(?)を重んじるあまり、「コレは昔読んだから、もう読まなくていい」とか、「アレは学生の時に読んだけど、名作って言われてるわりにたいしたことなかったぜ」となってしまうのは、とっても残念でもったいないことなのではないかな、と。

そんなわけで、過去に読んだ本の再読というのは、私にとって、自分の成長や変化のバロメーターにもなってくれるのです。「私、10年前はコレを読んであんなふうに感じたのに、今は全く違う感じ方してる! うわー!」……っていうこと、よくあります。本だけではなく、映画とか、漫画とか、絵画とかでも同じですけど。つまり、昔読んだ本を再び読むことは、新たな自分を発見するきっかけにもなる。

そして、さらに、そういう体験を積むと、「自分はいつだって同じ自分だと思っているけど、自分が同じ自分でいることって、ありえないんだな」ということに気がつきます。そしてさらに、「ということは、自分だけでなく、他人も、世の中も、同じ状態が続くことなんてありえないのだな」と、つくづく思うようになるのですよね。そんな時、私はいつも『方丈記』の有名な冒頭、
行く川のながれは絶えずして しかも本(もと)の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは かつ消え かつ結びて 久しくとどまることなし。
を思い出してしまうのですけれど。無常観。常なるものは無し、という感覚。だって、当の自分でさえもこうやって変わっていくのですから。変わるなんて、思いもしなかったのに。そんなことをしみじみ考えると、他人にも、世の中にも、ちょっとだけ、優しくなれます(笑)。



だけど、それでもなお、人のなかには、変わらない思いや、変わらないものを求める心が存在してしまう、というのも確かなことで。物事はすべて移り変わるという“自然”に反して、というか、“自然”がそうであるがゆえにいっそう、人は、変わらない状態、変わらないもの、を求めてしまう。永遠に手に入らない何か、を求めてしまう。人間は“自然”の一部であるのにも関わらず、人間の観念は“自然”に抗おうとするものなのかもしれません。そして、それは、ある意味では、「信念」や「意志」となることもあるけれど、その一方で、「執着」や「妄念」となってしまう場合もある、のです。……え? その線引き? それが私にわかれば、私は今頃、観音様のような顔つきをしていることでしょう(笑)。



そんな「人間の心がもってしまう執着や妄念」や、それとは相反する「無常のこの世」を、厳しくも風情ある筆致で描いたのが、『雨月物語』なのです。

そんな作品ですから、『雨月物語』、ハッキリ言って、子供にわかるはずないんですよね(笑)。私、小学生の時に父親に強制されて読みましたが、単なる怪談集としか読めませんでした(もちろん、それはそれで楽しめるのでそれで良いのですが)。ええ、実は大学生の時だって、あまりよくわかっていませんでした。表向きは、「『雨月物語』って、スバラシイよね〜」なんてエラソーなことを言い、「なかでも『青頭巾』なんて、お付きの美少年を愛するお坊さんが出てきて、愛情が昂じてその美少年の死体まで食べちゃうんだから、最高!」なんて言っていましたが……。

無常のこの世に生きながらも、それでも永遠なる何かを追い求めてしまう悲しい人間の、恐ろしさ、凄まじさ。……そんなことに気づいた時、浴衣と肌のあわいに、ひんやりとした空気が流れ込みました。だって私も、そんな人間のひとりだもの。

真夏の蒸し暑い夜に、『雨月物語』。いかがですか? きっと、涼しくなること請け合いです。



……なんて言いながら。また数年経った後に『雨月物語』を読んだら、また違う感慨が得られるのかもしれません。その時の私によっては、ほのぼのした読後感だったりして? 「これを読んで戦慄していた頃の私は、まだまだ青かったわ〜」なんて思ったりしていたら、いいなぁ(希望)。願わくば、何年か後に『雨月物語』を読んだ時には、それなりに変化している自分でありますように。ま、変わらないなら変わらないで、それはそれでいいのですけどね。あ、それよりも何よりも、「また『雨月物語』を読もう!」と思えるような、そんなほどほどに情熱をもった自分でありますように。




★ついでにお知らせ。
8月21日(金)に、浴衣着付け講座in月影屋「色っぽい着付け、教えます。」が開催されます♪ ぜひいらっしゃってくださいね。詳しくは、こちらこちらへ。





| 【本-book】 | 16:59 | - | -
 

【本】 ニヒリズムの効用について。 〜埴谷雄高「ニヒリズムの変容」を読む

2009.06.01 Monday

唐突ですが、さまざまなものを見たり聞いたり読んだり考えたりすればするほど、脳内宇宙はどんどん広がっていくのに、それと比例するかのように「私」という存在はどんどん遠く小さくなっていく……。そんなふうに思ったこと、ありませんか?



人は、何かを知れば知るほど、考えれば考えるほど、客観的な視座を獲得し、自分をも含めたさまざまな事柄への懐疑に捉えられるようになります。って、えーと、懐疑っていうのは、つまり、大雑把に言ってしまえば、ツッコミを入れるようなこと。他人ツッコミ。あげ足取り。批判。もしくは、自分ツッコミ。自己卑下。もしくは、社会否定。世界否定。

何かを知れば知るほど、考えれば考えるほど、他人も自分も本当に中途半端で愚かでどうしようもなくて、ツッコミを入れざるを得ないような気持ちになる。そんな「すべてを否定する態度」、それを、「ニヒリズム」と言います



なんとなく……、なのですが、今の時代って、情報過多の時代であるがゆえに、「ニヒリズム」に陥りやすい時代のような気がします。ネットで検索すれば、ある程度の知識が手に入るため、さまざまなモノゴトに対する「神秘」や「謎」よりも、モノゴトの「限界」や「欠陥」ばかりが目につくようになってしまう。その結果、「しょせん世の中こんなもん」「しょせんアイツはこんなもん」「しょせん私なんかこんなもん」と見切るクセがついて、一億総批判者のような勢いに……。

といっても、まぁ、たぶん、情報過多だからとか、ネットがあるからとか、そういうことは関係ないのかもしれませんけど。というのは、ネットがなかった時代に学生だった私も、ちゃんと「ニヒリズム」に陥りましたから(笑)。ちゃんとその時代その時代での方法で、情報を得て、知識で頭をいっぱいにして、ちゃんと「しょせん世の中こんなもん」って思ってましたから(笑)。なんて幼かったんでしょう。ほんとに恥ずかしいです。でも、今が昔と違うのは、そうした未熟な発言をまるで一人前であるかのように正々堂々と発表?できる場所がある、ということかもしれませんが(笑)。



まぁそんなふうに「ニヒリズム」に陥ると、何をやっても無意味なような気がして、何をやってもどうせ何にもならないような気がして、一歩も動けなくなるのです。知識や情報だけはやたらとあって、理想もちゃんとあるのに、しかしそのせいで自分はまったく動けない(笑)。ニヒリズムって、コワイですね〜。



だけど、そんなふうに「すべてを否定する態度」をキープしたまま生きていけるはずもなくて。すべてを否定するのならば、自分という存在も否定しなきゃいけない。究極を言えば、「ニヒリズム」を徹底するなら、最後は死ぬしかないのですよ。そこまでやらないくせに、「すべてを否定……」なんて言ってたって「それは単なる子供の戯れ言じゃないか?」って、いつか思わないとおかしいですよね。だって、そんなこと言う自分は、まぎれもなくのうのうと、いや、ピンピンして生きているわけですから。そして、今後も生きていく気マンマンなのですから。「矛盾してない?」って、そこにこそツッコミを入れるべきでしょう(笑)。

というわけで、結局は、否定のなかから肯定を生み出さねばならなくなります。それを他人が、「諦め」と呼ぼうが、「転向」と呼ぼうが、「変わったねー」と言おうが、「キャラ変えた?」と言おうが、そんなことはどうでもいいのです。だって、そのひと本人の問題ですもの。

それについて、埴谷雄高は「ニヒリズムの変容」(収録『埴谷雄高 思想論集 』)のなかで、以下のように書いています。
さて、私達は次第にニヒリストたる或る部分を失ない、或いは、諦観した哲学者として、或いは、科学的と自認する社会主義者として、或いは、到達不可能な夢幻を描く詩人として、の輪郭を明らかにしてくるようになる

(中略)

青年が壮年へ、さらに老年へと推移するにつれて最も変化し易いのは社会に対する反逆の姿勢である

(中略)

私は、さきに、ニヒリズムの性格として反逆を無造作に設定したが、これは、いってみれば、すでに歩きだしたニヒリズムのかたちともいうべく、否定の裏側に肯定を含むところの或る種の変容がすでにそこになければ、ニヒリズムから反逆へと繋ぎあわせることはできないのである
「ニヒリズム」は、なにも特別な人の特別な現象ではありませんよね。「ニヒリズム」は、現代においては、子供から青年に、青年から中年になる成長過程の、ひとつの通過儀礼のような気がします。といっても、人によっては、それがかなり長期間にわたることもあるし、一生その地点に居続けることもあると思いますが(←それはそれで意識的に徹底すれば、ある種の「芸」になり得ますが)。

で、その「ニヒリズム」から「反逆」へと変容する際に、ニヒリズムのある部分が失われなければならない、と埴谷雄高は書いています。それは、
その失われた部分とは、漠然たる未来についての肯定にかかわるところの部分
だと。そう、つまり一言で言ってしまえば、「今後も生きていきたい」のか、「もう死んでもかまわない」のか、結局どっちなんだかハッキリしろ! ということなのかもしれません(……かなり大雑把ですいません)。



でも、この「ニヒリズム」の体験というのは、決してムダなことではないと思うのです。自分の話でいうと、ああいう時期があってよかったと、常に思います。何ていうんでしょう、ああいう自己否定や世界否定のエネルギーって、もの凄いんですよ……(笑)。マグマみたいなもので。それがまだ体内にある感じ、薄れているし、その上にサラサラの砂をかけて、緑のオアシスをつくって、平和そのものに見えてはいるものの、その下にはまだ熱いものがあって、何かのきっかけがあれば吹き出してきそうな感覚。そんな「緊張感」を常に自分のなかに感じていることで、うまく生を保っている何か、っていうのがあるような気がするんですよね。うまく言えませんが、これが無かったら、さぞかし生きていても味気ないだろうなぁ、と思ったりもするのです。って、自分で中毒してるだけの可能性高いですけど。でも私、ほかの人になったことないので、これでいいんだと思ってます(笑)。

最後に、埴谷雄高のステキな一文を。
ニヒリズムは、従って、私達の青春の出発点であるとともに、自らを変容することによって或る事物を変革するバネともなることが記憶されねばならない。あらゆる変革者はその暗い海底部に原型としてのニヒリズムのかたちを隠し持ちつづけなければ、変革者としても持続し得ないのである。





■関連記事

『埴谷雄高 思想論集』  〜「ここではないどこか」を思うこと。もしくは、宇宙占い師。
「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」を見た! 〜最高の乗りものとは、思索である。
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ニーチェの命日に。

自分とは、方向性である。 〜または、コダカナナホさんの素敵イラスト♪
黄色のレンガは自分で敷く! 〜どうして生きるのか?という問いと、ニセモノの真実。
暗闇の効用、あるいは自分が無いことの幸せ。



■関連本

どうせニヒリズムやるならここまでやらねばならない、というよい例。



人間失格』太宰治 (新潮文庫)



| 【本-book】 | 17:30 | - | -
 

【本】 『埴谷雄高 思想論集』  〜「ここではないどこか」を思うこと。もしくは、宇宙占い師。

2009.05.27 Wednesday

昨日、とある本を読んだところで、一気にアンドロメダ・ギャラクシー(M31またはNGC224)へとふっとばされました。このやりきれない地上に縛られて這いつくばっている私を、一瞬にして宇宙にまでつれて行ってくれたのが、『埴谷雄高 思想論集 』(講談社文芸文庫)。

埴谷雄高については、以前、「「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」を見た! 〜最高の乗りものとは、思索である。」というエントリーにも書きましたが。特殊な内容(笑)だったにもかかわらず、かなり反響があって何人かの方からメールをいただきました(ありがとうございます!)。やっぱり、みなさん、こういうの、好きなんですね。そうですよね。私も大好きですもの。著書をろくに読んでいなかったとしても(笑)。


というわけで、昨日体験した大宇宙旅行の快楽は、たとえば、以下のような内容によってもたらされました。以下、引用(抜粋)。

「アンケート」 (「文芸」昭和38年10月号より)

どこに行きたいとお考えですか?
   ――意識が即ち存在であるような何処かの世界
人生の最上の幸福は?
   ――そんなものはありゃしない
人生最大の不幸は?
   ――群棲しているのに単独者であること 或いはその逆
あなたが寛大になれない過ちは?
   ――子供を生むこと
あなたの好きな職業は?
   ――宇宙占い師 但しそういう職業があるとして
あなたが欲しいもの三つ?
   ――大沈黙 時を告げない大時計 暗黒星雲
誰になれたらいいと思いますか?
   ――宇宙人 Nobody
あなたの性格の主な特徴は?
   ――暗さへの偏奇
友人に一番のぞむことは?
   ――無限の時間のなかで偶然一緒に生れあわせた哀感
あなたの主な美点は?
   ――あきらめ そして、やけくそなことをあまり見せずに生きている
好きな動物は?
   ――単性生殖するもの
好きな食物は?
   ――水
好きな現存の男性は?
   ――偶然一緒に生れあわせた友人達
好きな現存の女性は?
   ――何処かのマダム
現在の心境を一言で?
   ――寂滅
あなたの現在の文学的信条は?
   ――できないことばかり考えること
座右の銘は?
   ――そんなものはもたない
『死霊』完結の予定は?
   ――死ぬまでに。できねば『紅楼夢』のごとく誰かにのりうつって続けさせる予定。
     これ即ち死霊の『死霊』



という調子で……(笑)。ちなみに私のお気に入りは、「好きな職業=宇宙占い師」と、「欲しいもの=暗黒星雲」と、「好きな動物=単性生殖するもの」と、「好きな現存の女性=何処かのマダム」、ですね(笑)。



それにしても、埴谷雄高は本当に、宇宙が好きだったようで。本書のなかにも「宇宙ばか」というタイトルの一文が収められているくらいですが、そのなかで、どうしてそんなに宇宙とか惑星とか恒星が好きなのかということについて、以下のように書いています。
「その惑星がもち得るだろう生物の存在様式、思考様式についてあれこれ荒唐無稽な考えを数百重ね、そして暗い想像力を果てしなくふくらませて倦むところを知らないからである」
そうなんです。埴谷雄高は宇宙が大好きで大好きでしょうがなくて、「好きな職業は、宇宙占い師」なんて答えるわ、「欲しいものは、暗黒星雲」なんて言っちゃうわ、「地球と地球よりも、アンドロメダと銀河のほうが近い兄弟! ……ということで、僕の兄弟はアンドロメダにいるっ! “X(エックス)埴谷”というのがいて、僕も見てるし向こうからも見てる!」なんてことを口走ったりするわ(→詳しくはこちら)、誰がどう見たって「宇宙ばか」でしたけれど、決して、「宇宙について研究しよう!」とか「宇宙飛行士になりたい!」とか「天体観察が趣味!」とか、そういう類いの宇宙好きではありませんでした。全く、そうではなかった。

このことに気づくたび、私は胸をしめつけられるような気がするのです。そう、埴谷雄高にとって「宇宙」とは、何も天文学的宇宙のことではなく、彼の「宇宙」とは、「ここではないどこか」の比喩だったのではないか、と。それは、「夢」と言ってもいいし、「幻想」と言ってもいいし、「妄想」でもいいし、「可能性の王国」でもいいし、「エメラルドの都」と言ってもいいような、そうした「ここではないどこか」のことだったのではないか、と。

先に引用したアンケートで、「どこに行きたいとお考えですか?」の質問に、埴谷雄高が答えた「意識が即ち存在であるような何処かの世界」という一文。この一文にクギづけになってしまった自分もまた、「ここではないどこか」のことばかり、考えているのです。意識=自分が感じたり考えたりしていることと、存在=この世に自分がある状態が、全く一致しないどころか、ますますその距離が広がっていく、ということへの、疲労感。



絶望の肯定。そんなふうに言ってしまっていいのか、わかりませんが、現世に絶望し諦めたうえであえて生きるのは、希望をもって前向きに生きることよりも、はるかに壮絶なエネルギーが必要になるはずで。そんなエネルギーをどこからもってきていいのやら皆目わからない私たちは、たぶん、「そこそこの希望」と「そこそこの前向き」をつくり出し、何とかやっていくしかないと思うのです。

だけど、埴谷雄高みたいな人は、「生への絶望」と「生への肯定」という正反対の矢印をもった異物を、わざわざぶつけて化学反応を起こし、その爆発によって放出されたエネルギーを血眼になってとらえて、貪欲に吸い込んでいたのではないかと。そうすることで、あそこまでエネルギッシュに生き続けられたのではないかと。

そんな化学反応と爆発の様子がおさめられたこの本、触ると熱い、です(笑)。私もここから放出されたエネルギーを血眼になってとらえ必死になって吸い取った……どころか、GWに旅行もいけなかった可哀相な私が、アンドロメダにまで行けてしまいました! GWに旅行に行けなかった方、ぜひ読んでみてくださいね。



■関連記事
「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」を見た! 〜最高の乗りものとは、思索である。
『九鬼周造随筆集』  もしくは、無限の時のなかで踊ること。
『この人を見よ』 フリードリヒ・ニーチェ
ニーチェの命日に。
黄色のレンガは自分で敷く! 〜どうして生きるのか?という問いと、ニセモノの真実。
暗闇の効用、あるいは自分が無いことの幸せ。


■関連本


変人 〜埴谷雄高の肖像 』木村俊介・著/文春文庫

| 【本-book】 | 15:23 | - | -
 

【本】 『唾玉集』 〜明治の芸者の、ステキに強気なお洒落と発言について。

2009.03.23 Monday

先日読んだ東洋文庫の『唾玉集(だぎょくしゅう) 〜明治諸家インタヴュー集』が非常に面白かったので、ご紹介。

東洋文庫とは、平凡社から刊行されている、広義でのアジアの古典名著を一大集成したクラシック・ライブラリ・シリーズ。古典好きなら必ず一冊はお家にあるのではないか、というほどの好事家垂涎のラインナップです(ちょっと高価なのですが)。

で、この『唾玉集(だぎょくしゅう)』には、「明治諸家インタヴュー集」というサブタイトルがついています。そう、この本は、文芸雑誌「新著月刊」に連載された、著名人へのインタビュー集。インタビュー時期は、明治30〜31年(1896〜1897年)。編者は、伊原青々園、後藤宙外。

インタビューイーには、尾崎紅葉、幸田露伴、森鴎外、坪内逍遥、斉藤緑雨、広津柳浪、饗庭篁村などの当代随一の人気作家たちが勢ぞろい! ……だけじゃないところが、本書のおもしろいところ。そのほか、三井呉服店(現・三越)理事の高橋義雄、日本橋橘町の呉服問屋大彦の当主、芳町の人気芸者だった千歳米波(もと米八)、4代目清元延寿太夫とその妻清元お葉、5代目清元延寿太夫、歌川派浮世絵師の落合芳幾(一澪慄Т)、さらには、新聞探訪者(記者)、女髪結い、探偵、佃島の漁師、ついには、おもちゃコレクター(!)にいたるまで、様々な人々にインタビューを敢行!! この好奇心にまかせた節操のない人選(笑)、ステキです!



で、私が特に面白いと思ったのが、芳町の人気芸者だった千歳米波(ちとせべいは)のインタビュー。
「今の芸者の風儀と昔のとは其れァ変ッて居りますとも、(中略)マア早い所が、今の芸者は花魁(おいらん)ですね、………しかし若い者が威張るッて、悪いとばッかりは言へません、私に言わせると理窟がありますね、つまり躯を売ッて居るから………ね、爾(さう)でせう、大切な躯をやすやすと任せて居るから、其れだけの権式を持ちませう、老妓(こっち)はそんな猥褻なことは致(し)ないから、致やうたッて客の方が寄りつかないから、芸も骨を折り、立居挙動にも気を附けて勤めないぢやなりません、老妓(こっち)は座敷で気骨を折るだけ、若妓は床で体を苦しめますから、詰り同じこッてす(中略)こう考へると、私は若い者に威張られても、悔しいとも思ひませんね」
「今の若い者は〜」式の言説がもちあがるのは、いつの時代でも同じこと。今から2200年前のロゼッタ・ストーンにだって、象形文字で「今の若者はなっていない、嘆かわしい時代になったものだ」と刻み込まれているくらいですから。いつの時代も、同じ。

明治30〜31年(1896〜1897年)のこの時点で、既にもう若くはない米波姐さん、「今の若い芸者ときたら芸もないし、お座敷の取り持ちもなってない、なのに若いってだけで威張っちゃって、でもまぁそれもしょうがないね、枕仕事が大変なんだと思えば威張られてもわたしゃ悔しくなんかないよ」と言っているわけですね。……気強いなー。でも、この気の強さ、キライじゃないなー。というか、好きだなぁ。

でも、この米波姐さんだって、若い頃は散々に生意気だったはずなのです。有名な侠客の娘で、若い頃は米八(よねはち)という名で出ていた、芳町の売れっ子芸者。それはもう、散々に突拍子もないことをやってきたはず。というか、若いってフツウにそういうことですから。



本書のインタビューでも、米波姐さん、全盛だった当時のやりたい放題気味の粋なキモノファッションについて、楽しそうに語っています(キモノ好きは必読)。
「芸者の衣裳ですか、(中略)爾(さう)ですね、マア藍微塵(あいみじん)茶微塵(ちゃみじん)てな物を多く着ましたね、年は幾歳(いくつ)でも長襦袢は緋縮緬にきまッて居ました、曙染(あけぼのぞめ)の着始めは妾(わたし)と阿園さんとでした」

「其の頃流行の着附は古渡唐桟(こわたりとうざん)の藍微塵で、着替の衣裳はみな襟を掛けたものです、其れで帷子(かたびら)でも素肌へ着たもんで、奈何(どんな)上等の着物を着やうと襦袢を重ねるのは野暮だ鈍痴気(とんちき)だと云ッたもんですね、だが今ぢや、お召縮の単衣でも襦袢を着ますが、昔しは左様な事はありません」
……という米波姐さんの粋な着物ファッションについて、少々解説いたしますね。

当時(明治時代半ば頃?)の流行は、藍微塵(あいみじん)、茶微塵(ちゃみじん)の、古渡唐桟(こわたりとうざん)だったとのこと。これ、もの凄く、異常なくらい、地味なファッションです。唐桟とは、綿のくせに非常に高価(なぜならインドやアジアから輸入したものだから、というのが一応建前)な木綿生地、色はジミ〜な藍や茶、模様は目を近づけてよーく見ないと見えないくらい細かい「微塵」と呼ばれる格子縞。一方、下着である長襦袢は、明らかに高価な絹の縮緬地に、色はヴィヴィッドな緋色(鮮やかな赤)、模様は「曙染め」といって、上に行くにしたがって濃くなる華やかなぼかし模様。

つまり、「着物は地味。だけど、下着は派手」、「着物はカジュアルな生地(綿)。だけど、下着はエレガントな生地(絹)」。こういう、パッと見ではジミに見せておきながら見えないところに贅や華美を尽くす、そんな美意識を「」と言うのはご存知の通り。そうそう、余談ですけど、よく「着物は見えないところにオシャレをするものなんですよ」とか言いますけど……、あの、別に着物がそういうものというわけでもなく、「見えるところにこれ見よがしにオシャレをする着物文化」も地域や時代によってはある、というか、むしろそっちのほうが多いと思うのですが。だって、オシャレって、基本的には「自分を飾って良く見せたい!」という「見栄っ張り精神」から来るものですから。そう考えると、江戸時代後期の江戸町人の特殊な環境から生まれた「粋」という美意識は、オシャレ文化の中でも、ある意味で行き詰まりの変り種の、珍種みたいなもののように思います。なので、そういう特殊な美意識を、誰も彼もがありがたがる必要はないのではないか、という気が、すごくしてます(笑)。いや、こんな禁欲的、自虐的、反語的なヒネた美意識が一般にまで広まるなんて、凄いことだ、と思うんですけど(個人的には私は大好きですけど)、でも「こんなのつまんないや」って思う人がいたって、全然いいと思うんですよね。

そして、さらに注目したいのが、「帷子(夏の薄物)に襦袢を重ねるなんて野暮、薄物や単衣は素肌に着るべきである」という考え方。これ見よがしに高価であったり華やかであったりゴテゴテと飾ること、を野暮とする「粋」という美意識においては、「素であること」、たとえば「素肌」「素顔」「素足」が非常に尊ばれていました。白粉も薄く塗って素肌を自慢したし、冬でも裸足がカッコいいとされていた。でもこれは、わかる気がします。肌色のストッキングはくんだったら、素足のほうがカッコイイと私も思いますから。


そんなわけで、ジミな「粋」づくりファッションで、婀娜な芸者をやってた米波姐さんですが。でも、やるときゃやるわけで! 以下!
「黒革威(くろかわおどし)の米八と云はれたのは其の頃のこッてす、金ばかしで縫ひ潰しの帯をしめたのが評判になッた事もありました、彼(あ)の時の金で八十両も掛ッたッたでせう、今ならば、マアニ三百円にも当りませう、尋常の帯は十五両位のもんでしたらう」
縫い潰しというのは、表を全部縫いで覆ってしまう贅沢な刺繍の技法のこと。それも、金糸で。そう、つまりこの帯、ゴールドの糸だけで縫い潰したギラギラ帯、なのです! まるで、月影屋のスワロフスキー☆ギラギラ帯みたいじゃないですか〜(→こちら)。ゴールドに輝く帯をキュッと締めて、ゴージャスにバッドテイストに、ギラギラしくバカバカしく、「あたしが芳町の米八だよ!」とばかりに、さぞかし目立ちまくってたことでしょう。若気の至りって、いいなぁ。カワイイなぁー! 絶対、年上の姐さんたちから「今どきの若い者はねぇ」「私が若い時はあんな下品な帯をする妓はいなかったよ、世も末だね」なんて言われてたに違いありません。間違いない。

ですので、お若い方々、あまり年長者の言うことは気にせずに……! 気にしてると、損することが多いです。だってバカなことやるには、若くないとサマにならないんですもの(笑)。何だカンだと年長の人々が言うのは、バカやって失敗するのを本気で心配してくれるのが半分、自分がバカやってももうサマにならないことからくる嫉妬が半分、です(私見によると笑)。でも若いなら、「バカやって失敗する損」と、「バカやってサマになる機会をみすみす逃す損」だったら、前者の損をとるべき。もちろん、サマにならなくても気にせずバカなことやる、っていうのが、さらに一段階上の「サマになる(上級編)」なんですけどね、ホントは!(例えば、ピエール瀧とか……って、そんなんでいいのか笑?)



でも、現実は容赦なく変化します。

この芳町の売れっ子芸者、もと米八、後に米波となった姐さんも、この本書のインタビューのときには、自称「老妓」。そんな米波に、当時、超人気作家だった尾崎紅葉がこんな発句を送ってきたそうです。
「秋雨にとくや米波の白髪染」
その横にその句のココロが添えてあった。そのココロとは、「こんな雨の日に、白くなった髪をといて、白髪を染めて、昔を思い出すとさぞ心が淋しかろう」という意味で……。

尾崎紅葉はその時、おそらく29〜31歳くらいだと思うのですが。全盛を過ぎた淋しい老女を慰めたつもりかもしれませんが、時代なのか、随分な慰めよう……っていうか、ヒドくないですか?! 今の感覚からしたら、男として人間として鼻ツマミ者ですよ。もし私が米波姐さんだったら、「そんなことを女に仰るなんて、随分失礼だとお思いでないかい? ちょっとばかり若くていい男だからってナメたら承知しないよ! 私がアンタと同しくらい若かったら、アンタには情けの涙をかけてあげるくらいが関の山だよ!」とまぁ、このくらい思うのではないかと、明治の気の強い美人芸者に成りきって想像してみました。

と思ったら、やっぱり米波姐さんもちょっとカチンときたらしく、インタビュアーに向かってこう言っています。以下。
「私は其の返事を(尾崎紅葉に)遣りましたね、何、些(ちッ)とも淋しいことアない、此の通り女は美(よ)し、何と云ッて芸ぢや出来ないてえものアなし、調子はよくッて、程が宜(い)いと来てるから、奈何(どう)か仕やうと思やア、若い男の三人位情夫(いろ)にするのア訳はない、些(ちッ)とも淋しいことァない、今まで此の白髪でもなけア、男の三人位はきっと死んでるんだが、此れがあるばかりで、側(はた)に怪我人も出来ないで済んでるから、中々安い白髪ぢやアないッて、爾(さう)云ッて遣りました」
カッコイイ!!!! 気強い!!! このくらいの啖呵を切られれば、怖いものナシですよね!! 日本版マドンナと呼びたい! この、果てしなく壮大な自尊心と、限りなく軽妙な洒落心。この2つの心は、どんなときだって絶対に手を離してはいけないんだなぁ、と、改めてそう思ったのでした。




◆芳町(よしちょう)
 葭町とも。現・日本橋人形町あたり。
 江戸時代には陰間茶屋が流行り、明治以降は花街として栄えた場所で、
 芸に優れた多くの名妓を輩出。美人芳町芸者・三子の画像はこちら
 明治時代に名妓とうたわれた貞奴も、芳町の置屋「濱田家」出身。
 現在、「濱田家」は料亭として営業中(ミシュランで三ツ星獲得)。ミッドタウンに支店も。
 芳町芸者・久松さんのサイトはこちら

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【本】 祖父江慎さん&真珠子ちゃんの特別講義。

2009.03.15 Sunday

特に何かの宗教を信じていなくても、いや、逆にそれだからこそ、心のなかに「神様的な存在」を抱えているものではないでしょうか? 私なんか、のめり込みやすいし、思い込み激しいし、気も多いので(笑)、そんな「神様的な存在」が心のなかにたくさんいます。そんな神様的の存在のお一人に、ついにお会いすることができました! そう、天才ブックデザイナー・祖父江慎さん!

先日、お友達のイラストレーター・アーティストの真珠子ちゃんと祖父江慎さんが、東京デザイン専門学校で特別対談講義をおこなうというので、こっそりお邪魔させていただいたのです! 東京デザイン専門学校の講師であるイラストレーターの千葉照紗さんの司会のもと、祖父江さんと真珠子ちゃんとの、キラキラ☆ウットリトークが繰り広げられました。



祖父江慎さんと言えば、'90年の『伝染るんです。』(吉田戦車)のアヴァンギャルドなデザインが有名ですよね? あの本をデザインするに際しては、「物凄く不器用な素人デザイナーが頑張ってつくった」というトンデモない設定をし、わざと誤植をして乱丁本に見えるようにしたんだとか。私も『伝染るんです。』は「スピリッツ」連載時から大好きだったので、単行本が出たとき即買ったんですが、「アレ? この本、間違ってる??」って思いました(笑)。

そうそう、私が祖父江慎さんの大ファンになったのは、7、8年前に、『悪趣味百科』という本を手に入れてから。だって、工藤静香も引くに違いないほどクドいヒョウ柄の表紙もさることながら、本文全ページ「う」と「ん」と「こ」の文字が太字なんです……。スゴイですよねぇ。内容はアメリカ大衆文化についてのマジメな研究本なのに(笑)。日本にもこんなスゴイことをする人がいるんだ! と、感動と笑いに身を震わせつつ、「装幀:祖父江慎」という文字を心に刻み込んだのでした。

ちなみに、この『悪趣味百科』は、菊地成孔氏の初著書『スペインの宇宙食』でご本人が愛読している旨、書かれていました(あ、別に私はナルファンではありません。でも、この『スペインの宇宙食』は昔、友人に唐突に渡されて読みましたが、「エレガンスとインテリジェンスに憧れる妄想癖のある真面目で偏執狂的な人物のエッセイ」として、ちょっと人ごととは思えず笑、とっても面白かったです。もちろん誉めてます)。



で、祖父江さん&真珠子ちゃんの対談についてです。もともと祖父江さんが真珠子ちゃんの絵を見て「スゴイ人が出てきたなぁ」と大好きになり(→真珠子ちゃんの活躍についてはこちら)、「ぜひ一緒にお仕事したい!」とずっと思っていたんだそう。それで、香山リカさんの『ポケットは80年代がいっぱい』のデザインをするときに、真珠子ちゃんにイラストを依頼したのが始まりで、橋口いくよさんの『原宿ガール』もお二人で手がけたのだそうです。





とにかく、祖父江さんは真珠子ちゃんの才能にメロメロのご様子。お二人のフシギな浮遊感と、半歩…というか時には数歩も後ノリの緊張感あふれるタイミングなどがピッタリで、「この二人は同じ星からやって来たに違いない!」と思わされました。

何しろ、祖父江さんってば、トーク中にマイク分解しちゃったり、真珠子ちゃんの問いかけにマイクのネジをキコキコ鳴らす音でお返事したり、イキナリ「シェー」ポーズしたり(→たぶん生徒さんたちはイヤミの「シェー」は知らないと思われるのですが笑)、唐突にアグネス・チャンになりきって喋ったり(→たぶん生徒さんたちはアグネス・チャンもあまり知らないと思われ、みなさんポカンとしてましたが笑)、「三日徹夜すると色がね、生き物みたいに動き出すんですよぉ〜〜! こわいよねぇ〜〜」とお話したり、真珠子ちゃんが自ら絵を描いたピンクのネクタイを祖父江さんにプレゼントすると、「実は、ネクタイの結び方知らないんですよぉ〜(笑)」だったり、ホントに笑いの絶えない楽しい対談でした。




なんて、笑ってばかりではなく、祖父江さんからとってもいい言葉をたくさんお聞きしました! たとえば、
「ヤングな男子が陥りがちなんだけど、絵を描かなきゃ〜〜っていって、ムリして描くとダメです。描きたい〜〜っていう思いが高まったときに一気に描くと、のびのびしたいい絵が生まれます。そのためには、絵を描く以外のことが大事です。ドキドキすること、ウットリすることが、とっても大事。10ウットリして、1描く、といいですよ。ウットリすると誰かに何かを伝えたくなるから、それを貯めて貯めて、一気に出す! そうするといい絵が描けますよ」

10ウットリして、1描く!!!!
これを聞いただけで、行ったかいがあったというものです。イラストレーター志望の生徒さんの授業だったので、絵の話になってますけど、これ、絵だけじゃないと思うんです。たぶん、何でも、同じ。

それから、
「これもヤングな男子が陥りがちなんだけど、1枚の絵を完璧につくることを目ざすと、つまらない絵になっちゃいがちです。描きかけとか中途半端な感じが面白かったりするし、別の空間につながるような空間の可能性が残っていたほうが面白い絵になることも多いので、完璧を目指そうとしないで、のびのびと書くといいです」

とも仰っていました。これも、何事にも言えることですよね。完璧にしようと力めば力むほど、何かズレていって何かが死んでいって、アレ、こんなはずじゃなかったのに……って。これ、文章もそうだし、人生もそうだなーと。若い頃は全てが完璧じゃないと気がすまなくて、バカみたいに空回りして……って、よく考えたら、今でもそういうところがある青い自分にちょっと反省。



ちなみに、ついでに紹介したいのが、『グラフィック・デザイナーの仕事』という本。これは同じく祖父江さんファンのイラストレーター・コダカナナホさんに薦められたのですが、祖父江慎さんのインタビューが本当に心に響くものばかりで。思わず泣いてしまいました、私……。少し引用してみます。



なんとなく違和感があるというのは、そこにエネルギーのある証拠なので、どこがイヤなのかをよ〜く味わってみれば、イヤだと思っていたところが実は魅力で、そこが人気の秘密だった、ってこともあります。たとえば「下品でイヤだな」と感じても、そこで拒否しないで「下品ってすばらしいのかも」って頭を切り替えて、もう一度味わってみる。(中略)違和感はエネルギーであって生命力でもあるんで、愛につながりやすいんです。

眼力と経験、それとちょっとの愛があれば大丈夫よ(笑)。ふだんから「ゆとりのある生活を送ること」ですね。切迫した状態では、何も見えなくなります。そうしてつねづね「いいよな」と思うこと。気持ちを閉ざさず、開いていること。自分だけの価値観ってやつに惑わされないこと。人にも現象にも、ご挨拶をちゃんとすること。自分でないもののなかにも自分を置いてみること、です。(中略)いろんなところを見て、ウットリすればいいんですよ。

細かいところをキチンと決めていくのは、実はあいまいさを演出するためのものなんです。よりストレートなあいまいさの効果を高めるためには、キチンとしたところを本当にキチンとしておく。(中略)「表現しにくいんだけど、伝えたいこと」は、決まりや理屈からこぼれていってしまうので、こぼれていってしまうものを少しでも伝えるためにも、キチンとした細かい設定が必要なんです。キチンとしたルールが大切なのではないんですよ。

だいたい最初のプランは通らないです。すぐそのまま通ることって、まずないですね。やり直すときは、最初のプランをすっかり諦めることですね。前のプランに未練が残ったまま次のプランを立てると半端なデザインになっていくから、サッパリと。フラれたら追っかけないこと!(笑)

「誰が見ても大丈夫」な構成っていうのは、あまりに中庸になってしまい、つまらなくてダメですね。

いろいろなステキに接触したり、ドキドキウットリできたことがいちばんよかったと思います。コミュニケーションって、いいですよねぇ(笑)。


などなど、名言がホントにいっぱいありすぎるので、ぜひぜひ読んでみてください!



そんなわけで、お二人の貴重なお話を聞くことができて、本当に、楽しかったです。それこそもう、ただただウットリ、でした。そう、私だって心置きなくウットリしていいんだった! というか、もっとウットリしなきゃ! もっともっとたくさんウットリして生きていこう! そんな勇気をもらった一日でした。生きててよかったです。





◆おまけ。
かの菊地成孔氏も愛読しているという、幻の名著『悪趣味百科』(現在絶版)の祖父江さんデザインがいかに素晴らしいか! ちょっとだけお見せいたしますね。




ショッキングピンク地に、得体の知れない小鳥?柄。




キミドリ地に水玉、トレーシングペーパー。


このトレーシングペーパーをよく見ると……、




毛入り、です!!!!


何の毛かは分かりません……。



◆関連記事。
【映画】 『赤んぼ少女』 & 楳図かずおトークイベント!
【着物】 新年早々のキモノ、その2。 『細雪』的な思い出。真珠子ちゃんの刺繍帯。




| 【本-book】 | 01:28 | - | -
 

【本】 『九鬼周造随筆集』  もしくは、無限の時のなかで踊ること。

2009.02.26 Thursday

バレンタインデーのあの小春日和よりこっち、急激な花粉の飛散により、私の鼻腔カレンダーは思いっきり、もう春。「今年もまた春が来たんだな、また私は桜を見に行くことになるんだな……」と、茫然とするような脱力するような思いにかられるのは、私だけではないはず。もちろん、春が来るのは嬉しいこと。でも、また春、ということは、それはつまり、また夏、また秋、また冬、また春、また夏、また秋、また冬、また春……を予感させることでもあって(→「桜:スペース・オデッセイ」参照)。

だけど、よく考えてみれば、「私が今年の桜の時期に生きている保証なんて、どこにもないじゃないか!」と、鼻腔をかすめる花粉に苛立ちながらも思うのです。「もしかして『漂流教室』みたいに、住んでる建物ごと異次元にワープしちゃうかもしれないじゃない!」とも思うのです。もちろん、決してそれを願ってるわけじゃありませんが、でも、その可能性がないとは誰が言えるでしょうか? 「そんなこと言うヤツに限って、図太くピンピンして生きていくんだって!」そんな声が聞こえてきそうです。ええ、その通りですよね(笑)。だからこそ、そんな可能性もゼロとは言えないよ、ということを、自分だけが自分に言ってあげないと。明日、また同じ自分がいると思ったら大間違いだよ、と。そんなことを言ってくれるのは、残念ながら、自分だけですから。



先日、神保町の古本屋で、『九鬼周造 随筆集』を買いました。

九鬼周造は、男爵の家に生まれ、岡倉天心のパトロンだった父と、もと祇園の芸妓(星崎初子)で後に岡倉天心と禁断の恋に落ちた母(→離縁→発狂)をもち、東京大学卒業後、ドイツでリッケルトに師事、フランスでベルクソンに会い、無名だったJ・P・サルトルをフランス語家庭教師として雇いパトロン的存在となり、再びドイツでハイデガーに師事、帰国後は京都大学の哲学教授となり、『「いき」の構造』(1930年)を発表、2度目の妻は祇園の芸妓(中西きくえ)で、「九鬼先生がいつも授業に遅刻してくるのは、毎朝祇園から人力車で乗り付けてくるからだ」と噂された……っていう人です(あらゆる意味で、スゴすぎ)。

その『九鬼周造 随筆集』のなかに『青海波(せいがいは)』というエッセイがあります。「青海波」とは、舞楽の演目のひとつ。『源氏物語』の「紅葉賀(もみじのが)」で、光源氏と頭の中将が舞う演目としても有名ですよね。「青海波」を舞う源氏と、御簾の向こうにいる藤壺の、禁断の恋を断ち切ろうとすればするほど執着してしまう心のうちが、舞によって昇華する、とても美しいシーンです(右画像は「青海波」という伝統柄。青海波を舞う時の衣装の柄から来てるのだそうです)。

で、このエッセイ『青海波』のテーマこそ、まさに私が感じていた「私が今年の桜の時期に生きている保証なんて、どこにもないじゃないか!」について、なのです(私の解釈によれば、ですが笑)。


斜辺上の正方形は他の二辺上の正方形の和に等しいとか、五の三倍は三十の半分に等しいとかいうことは論証的確実性をもっている。それに反して、太陽が明日のぼるだろうということは単に蓋然性しかもっていない。 (中略) 正月が来るであろうことは単に蓋然性しかもっていない。来ないことも可能である。来るか来ないかは一種の賭事にほかならない。


と、こう書き起こしています。でも、九鬼周造は一流の哲学者ですけれど、祇園の芸妓を妻するくらいですから、バランスよく現実世界に親しむことにも長けていたはず。哲学的な思考とは別に、「とは言うものの、どう考えれば生を素晴らしいものとして感受できるか?」という方向性が彼のなかに常にあったはず。

それで彼は、素直に、そういえば、去年も、一昨年も、その前も、その前々前も、高雄の紅葉が色づいて、比叡山が寒そうになって、京都に時雨がくると、やがて正月になったっけ……と思うのです。そして、以下。

同じように明後日をも迎えるであろう。明々後日をも、その翌日をも、その翌々日をも迎えるであろう。私はやがて正月を迎えるであろう。
甲があれば乙があり、乙があれば丙があり、丙があれば丁があった。甲1があれば乙1があり、乙1があれば丙1があり、丙1があれば丁1があった。甲2があれば乙2があり、乙2があれば丙2があり、丙2があれば丁2があった。甲乙丙丁、甲1乙1丙1丁1、甲2乙2丙2丁2、甲3乙3丙3丁3、甲4乙4丙4丁4、甲5乙5丙5丁5、甲6乙6丙6丁6、甲7乙7丙7丁7。波動だ。波動だ。同じ波が打っている。
年の波は同じ波長で、無限の岸へ重畳(ちょうじょう)するであろう。私の乗っている小舟がどのあたりで転覆するか。そんなことはどうでもいい。
波、波1、波2、波3、波4、波5……波n+1。見渡す限り波また波。無限の重畳そのものがとてもすばらしい



波n+1」。それはつまり、春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がきて、また春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がきて……という、この世の「時の推移の計算式」でしょう。

「春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がきて、また春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がくる。それは永遠に変わらない」という常識に対して、私は、「どうしてそう言えるのよ? 今年の春に自分が生きてるかどうかさえ、わからないじゃない? 『漂流教室』みたいに、ある日イキナリどこか異次元にワープしちゃうかもしれないじゃない!」と主張することで、ヒッシに対抗しようとしていました。

だけど、九鬼周造先生は、「波n+1」というエレガントな計算式を出してきて、「年の波は同じ波長で無限の岸へ重畳するであろう」「無限の重畳そのものがとてもすばらしい」なんて、シンプルで粋な回答を導き出してくるのです。春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がきて、それが無限に繰り返されること、そのことがすばらしいのだ、と。

エレガントな言説に弱い私は、さっきまでの「そんなこと言ったって、漂流教室みたいになっちゃう可能性はゼロとは言えないじゃないのよ」話はどこへやら、「ああ、確かに、無限の重畳そのものが美しいのですよね〜〜」とウットリ。……さては九鬼先生、こんな感じで祇園の芸妓を口説いたな……。

って、、いや、待てよ。襟もとを正しながら、もう一度よく考えてみる。その「波n+1」が同じ波長で重畳するとして、その時間の重畳のなかにおける、空間はどうなるの? その波長の最中にいる人間の、その経験や行動や感情や言葉はどうなるの? 結局、私たちはその無限の波間から脱することができず、その狭い空間のなかで相も変わらず同じことをし続けなきゃいけないの? あまり頭がよくないなりに、漠然とした納得のいかなさが立ち込めてきたんですけど?

すると、九鬼先生の声のトーンは急激に高くなり……、


新春は「青海波」を舞おう。盤渉調(ばんしきちょう)をかき鳴らして青海波を舞おう。海波の色に波模様の衣をきせて新春の一日を魂にこころゆくばかり舞わせてやろう。 (中略) 青山という琵琶をとって青海波を弾くと、神殿が動いて内から二羽の千鳥が飛び出して舞ったという話をきいた。青山と青海波との結合は、いかなる奇蹟をも可能にする。青い波と青い山、私の魂はこれをおいてほかには新春に夢みるものはないであろう。




確信しました、私。九鬼周造も、たぶん、同じだ。「波n+1」の無限の重畳に、辟易している。この無限の繰り返しに、手も足も出ず呆然としている。だけど、どうしようがあると言うのか? 死にたいなら死ねばいいし、本当に『漂流教室』のように異次元に行けるなら行けばいい。だけど、どうやって? ……だからこそ、「無限の重畳そのものがとてもすばらしい」としか言いようがなかったのでは。

波、波1、波2、波3、波4、波5、波6、波7、波8、波9、波10……波n+1。

これのどこが、すばらしいのだ?

そう問われて、「そんなことはもう、問うても仕様が無いことじゃないか? そんなことより、舞おう! 舞いだ! 踊るのだ!! 波n+1の無限の重畳のなかで、舞い踊るんだよ。そうすれば、奇蹟がおこるかもしれないじゃないか……!」そんな、九鬼周造の切なる魂の叫びが聞こえてくるようではないですか。

やっぱりそうなのです。舞うのです。踊るしかないのです。って、当然か。というわけで、今年も大いに踊る!!! この文章を読んで、春に立ち向かう決心がつきました。だって踊るの大好きだもん! 踊ってるうちに千鳥にもなれば、ひょっとしたら山も動くでしょ(笑)。そのうち『漂流教室』みたいに異次元にワープしちゃって関谷化しちゃったとしても、それはそれ。踊りながら牛乳とパンを死守して生きていこうと思っております(意味不明)。

そして最後、九鬼周造先生は、きたるべき“時”に向けて、こんなふうに自他ともに励ますのでした。


波の数は無限だ。いつどの波間に溺れても大差はない。場所も無限だ。骨を埋むべき青山は至るところにあろう。魂よ、なぜに土くれの黒きにみずからを縛るか。魂よ殻を破れ。殻を破れ。千鳥となって魂よ、竜宮の青貝を海原の遠きにもとめよ。


そう、どこに骨を埋めたっていいのです。そう思えば、春も怖くない。もちろん、夏も、秋も、冬も、また来るだろう春も―。






◆九鬼周造『「いき」の構造』

言わずとも知れた名著。日本人の必読書。拙書『色っぽいキモノ』でも散々引用してるので、今更あえて明言するのも気恥ずかしいのですが…。

岩波文庫version『「いき」の構造 他二編』は、表題のほか『風流に関する一考察』『情緒の系図』が収録されていておトクですが、詳細な注釈がついた講談社学術文庫version『「いき」の構造』もオススメです!

ついでに、英語versionが併記された『対訳本 「いき」の構造』も出ました。外国の方に、日本文化を説明するときにもベンリなので即購入(「わび」「さび」とか「義理」「人情」だけじゃ、江戸文化や庶民文化は説明できませんー)。インテリな外国の方へのプレゼントにも◎です!




◆楳図かずお『漂流教室

超超超大傑作。ホントに傑作。ちなみに、この主人公の翔くん、誰にとっても理想の男性ですよねー?(小学生だけど)  男性も女性も、老いも若きも、日本人必読の書。

私が勝手に敬愛しまくってる祖父江慎さんが装丁を手がけたこの復刻版全3巻が、アメコミみたいなカッコよさでダントツお勧め。竹熊健太郎さんの「たけくまメモ」によると、「完全版の名にふさわしく、これまで刊行されたバージョンからなんと181ページもの未収録図版が増えている」そうです! あ〜、久しぶりに、関谷の名セリフ「このパンは全部おれのものだーー!」に会いたい。



| 【本-book】 | 22:33 | - | -
 

【本】 「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」を見た! 〜最高の乗りものとは、思索である。

2009.01.18 Sunday

本読みピープルの悩みは、次から次へと読みたい本が出現し、「欲しい本のリスト」と、「ついつい買ってしまった本の山」が増殖しつづけること。そして、本読みピープルの悲しみは、「それらをすべて読む時間なんかない」という人生の短さに、わりと早い段階から気づかざるを得ないこと、です。

本というものは、そこから得られる快楽と引き換えに、「時間」を必ず要求してきます。たとえば映画のように「2時間あれば終了」と所要時間を測定することができず、読了するのに10時間とか1ヶ月とか、平気でかかってしまったりする。

でも、本を読むひとは絶対知ってるはずなんですよね。本から得られるものは、本以外からは絶対に得られない、ということが。だから、飲み会やデートやショッピングや美容院の時間を削ってまでも、本読みに時間を費やすことになり、そしてリアルがどんどんどんどん遠のいていく……ということになります(しかし、「よく考えたら実際どっちがリアルなのよ?」という議論もあるかと思う。それについてはまた後ほど…)。

今、私が一番読みたいのは、埴谷雄高の『死霊(しれい)』です。でも、今の私には、『死霊』を読む時間がありません。いや、正確に言えば、読む“時間”はあると言えばある。というのも、私は10冊近くの本を平行して読むのを常としているので、1冊増えたってどうってことないはず。でも、『死霊』は、無理でしょうね……。『死霊』を片手間に読みながら、仕事のための本を読んだり企画を練ったりって、できない気がする。仕事モードや社交モードの自分に、サッサと戻れないような気がする。それは、非常に、困る(笑)。

そのくらい、人を別世界に引きずり込むエネルギーが込められていそうな文学。人間の存在や宇宙の謎について壮大な思索が繰り広げられる、形而上学的文学。……それが、『死霊』。だって、最後の審判のシーンかなんかで、チーカナ豆が、お釈迦様に向かって、「オマエは、生き物は虫でさえ殺してはならぬと言っておきながら、なぜオレを食べた!!!」とか追及するんですよ……。スゴすぎる。こんなの読みふけってしまったら、私、しばらく普通の社会生活送れないです(のめりこみやすいのでね〜)。

ちなみに、ですけど、よく「夢野久作の『ドグラ・マグラ 』を読むと気が狂う」って言われますが、ドグラ・マグラでキチ○イになることはないです、登場人物が全員キチ○イってだけで(笑)。もの凄くよくできた素晴らしいエンターテイメント小説ですから。私なんて、大学浪人中に読んでヘラヘラ笑ってましたもん〜。(右の画像は、角川文庫版。あります)

話は脱線しますけど、私は予備校に行かずに宅浪してたんですが、夏期講習だけ代ゼミに行ってまして。サテライト授業っていうのがあって(今もあるのかしら?)、「土屋の古文」という授業だけなぜか受けてたんです。で、この土屋先生のギャグがかなり面白くてですね〜、勉強そっちのけで、落語を聞きに行くような感覚で代ゼミに行ってひとりでゲラゲラ笑い、その行き帰りの電車で『ドグラ・マグラ』を読んでひとりでヘラヘラ笑い、千葉のとある一地方のヤンキーたち(その時代でさえ既に“過去の遺物”と化していた、短ラン&ボンタン&リーゼント&つぶし鞄の人々)にたまに遭遇してひとりで笑いをかみ殺す、っていう、私的には「最高に楽しい」日々を送った浪人生活でした(笑)。あー、あの頃の私は輝いてたな〜(どこが?)。


えー。話は飛びましたが。なぜ、突然、埴谷雄高の『死霊』が読みたい!! と思ったかと言いますと。お正月に録画しておいた「ETV50 教育テレビの逆襲 〜よみがえる巨匠のコトバ」(NHK教育)での、埴谷雄高が、最高に強烈だったから。思想・文学・科学・芸術の巨匠たちの映像を集めた番組だったんですけど、三島由紀夫とか、湯川秀樹とか、手塚治虫とか、岡本太郎とかとか……などの並み居る巨匠たちをさしおいて、埴谷雄高が最高にキョーレツだったから(ちなみに、2番目に強烈だったのは、矢沢永吉。超カッコよかった!)。

そのときの埴谷雄高のコトバは、以下のとおり。


精神のリレーを、死んだ人と精神のリレーを僕はやってるんですよアナタ。仲間なんですよアナタ。人類はぜんぶ、精神によって……、僕がギリシャの哲学者のものを読んでわかるってことは、ぜんぶ、友だちなんですよアナタ!!!!! 僕の先輩であるとともに、僕の友だちなんですよアナタ!!!! その精神を共有して、リレーして、それをまたつなげなきゃ誰かに。僕は。



その映像は、1995年にNHKで放送された「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」からの1シーンで。「うわー!! 凄すぎる! 全部見たいーっ!」そう思って検索してみたら……、動画がありました! スゴイですねー、インターネットって!!!
(以下は、「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」の(1)。動画は、全部で(21)まであります)



 


「埴谷雄高 独白“死霊”の世界」(1)〜(21)




上記の映像のなかで、魂をわしづかみにされたコトバは、以下のとおり。

「自由の始まりっていうのは、夢想家なんですよ、幻想家。自由の最高は、夢想なんですよ」(2)

文学の最高っていうのはすべて、時間と空間から脱却してるんですよ!」(ドストエフスキーの『白痴』をあげて)(3)

「アナタ、最高の乗りものは、思索なんですよ!!」(10)

「生と宇宙の謎をとくために、われわれは生まれさせられた、と。文学が発生するっていうのはそういうことなんですよ」(19)

「なぜか書くか、という問いに、私は容易に答え得ぬ。私にとってその文学は、一般から非常にずれた妄想の延長上にあるのだから。けれども、なぜ妄想するか、とさらに問われるならば、私は比較的ラクになり、ただちに答えを返し得る。内的自由の追求、と」(「何故書くか」より)(19)

「私は現在でも、小説をひとつの手段としか考えていない。もし混沌たるなかで、よろめく私の思考を十全に入れ得る容器が他にあれば、私は、そのほかの方法へいさぎよく飛びつくだろう」(「あまりに近代的な」より)(19)

すべての人間が詩人になるのでなければ、人間の真の幸福はありません。これからは、人類を救えるのは文学だけですよ。文学はもう娯楽でも楽しみでもありません。それは、新しい宗教にならなければいけないんですね。信じることを失った人間、さめきった人間の心を、文学によってそう思わせて意識を変えていく。それが真の革命です」(辻邦夫「埴谷さんの宇宙圏のなかで」)(20)

「無限の夢想から、無限の夢から、こうなりたいと思う無限の夢、夢想から、今度は新しい宇宙が生まれるということですね。うまくいけば」(21)

「地球と地球よりも近いんですよ、こっちのほうが!! 地球と地球よりも、アンドロメダと銀河のほうが近い兄弟!!! ……ということで、僕の兄弟は、アンドロメダにいるっ! “X(エックス)埴谷”というのがいて、僕も見てるし向こうからも見てる、と。ぼくが見てるように、向こうからも見てる。同じように。僕が見てるってことは、向こうからも見てるってわけだ。あっ、あそこに兄弟、いつ会えるか、っていうようなことですよ」(21)





最高の乗りものは、思索」。

……強烈。久しぶりに、脳髄にモノリスが突っ込んできたような、そんな興奮を味わいました(ニーチェの『この人を見よ』以来、かも)。思索という乗り物があれば、私たちは何億光年彼方にまでも、行くことができる。いやいや、空間だけじゃない。何千年過去にも、何千年未来にも、行くことができる。それこそ、思索という乗り物があれば、空間と時間を脱却することができる

どんなに科学が発達したって、どんなに人が宇宙まで行ったって、どんなにアンチエイジングが進んだって、やっぱり人が「考える」ことのほうがいつも先へ奥へ、縦横無尽に進んでいて。やっぱり、考えるって、楽しいし、考えなきゃ、世界は確実におしまいになる。何となく、「考えたってしょうがないじゃん?」「考えるより世の中のやり方に合わせちゃったもん勝ちだよ?」という貧しくて下品な声が幅をきかせているような気がする、うすら寒すぎる昨今ですけど、やっぱり、考えるって、人間のあり方として、悪くない。いや、むしろ、そうあるべきなんだ。そう思わせてくれる力強い言葉を、当時86歳だった埴谷雄高がくれたのでした。




◆埴谷雄高について詳しいことを知りたい方は、
 埴谷雄高リンク集へ。

 特に、講談社『埴谷雄高 全集』第1回配本の特典CD「自作朗読と講演」(非売品)より、
 講演「文学と私」をテキスト化したものが掲載されています。必読!
 


◆関連記事
 「『埴谷雄高 思想論集』  〜「ここではないどこか」を思うこと。もしくは、宇宙占い師。
 「『この人を見よ』 フリードリヒ・ニーチェ
 「ニーチェの命日に。


| 【本-book】 | 15:02 | - | -
 

【本】 ニーチェの命日に。

2008.08.28 Thursday

一昨日は、我が愛しのフリードリヒの命日でした。今から108年前の、1900年8月25日、フリードリヒ・ニーチェはドイツのワイマールにて没。

ニーチェの命日、と言っても、自分の誕生日すらうっかり忘れてしまったり、付き合っていた人の誕生日も覚えられず全然違う日に「お誕生日おめでとー」と電話した過去を何度かもつ私なので、ニーチェの命日を私がいつも覚えているわけではないのですが。ついでに言いますと、覚えられないんじゃなくて、覚える気がない、ってだけなんです……。記念日とか、行事とか、それほど興味がなく。っていうか、その日だけ特別っていうのが、イヤだったんです。どうせ特別扱いするなら、その日だけじゃなくて毎日特別扱いすべきじゃない? どうしてその日だけなのよ?! それじゃあ愛してるって言わないじゃないっ! みたいな(笑)。でも大人になるといろいろと忙しいので、記念日って大切だなぁ、と最近は思うようになりました。だってそのときだけでいーんだもんね。大人の知恵だわ。ほほほ。


その日がニーチェの命日だと知ったのは、哲学科時代の友人が、ニーチェについて書かれた日経新聞のコラムを教えてくれたから。

よく知られているように、ニーチェは晩年、精神錯乱に陥りました。発狂したのが、1889年1月3日。トリノにいたニーチェは、鞭に打たれていた馬に駆け寄りその馬を抱きしめて泣き崩れ、そのまま昏睡状態に陥ったと伝えられています。1900年8月25日にワイマールで亡くなるまで、その10年あまり、母親に、その後は妹に見守られて過しました。

そんな発狂後のニーチェについて、哲学者・木田元氏が、日経新聞のコラムで以下のように書いています(日経新聞 8月26日の夕刊より)。

(ニーチェの)母親が知人の家を訪ねようとすると、まるで子どものようにニーチェが後を追ってくるので、彼女は彼をその家のピアノの前に坐らせ、いくつかの和音を弾いて聴かせる。すると彼は、何時間でもそれを即興で変奏しつづける。その音の聴こえるあいだ、母親は安心して知人と話ができたという。


ピアノの鍵盤を叩きながら、和音に耳を傾けながら、そのヴァリエーションを楽しみながら、ニーチェは何を思っていたのだろう、と思うのです。それまで旺盛な創作欲は衰えることを知らず、書いて書いて書いて書きまくってきた。何しろ発症直前まで、あの大傑作『この人を見よ』を書いていたのですから(これについては以前書きました→こちら)。意外と知られていないかもしれませんが、書くということは、考えるということとほぼイコールです。というか、考えるために書くと言ってもいいかもしれません。さらにニーチェにとっては、書くことは、闘うことでもありました。闘うって、何と? 常識と。世間と。世界と。自分と。

そんな闘いの戦士が、最後はピアノの音に、憩いの場を見出していた。彼の精神錯乱の原因はよくわかっていないようですが、結果的に、もう書くことも、考えることも、闘うことも止めてしまった彼の心象風景は、一体どんなものだったのでしょう。思うにそれは、意外と、おだやかで優しいきれいな風景だったのではないでしょうか。そしてそんなきれいな景色には、ピアノの音がよく似合うのです。



私も去年の今頃、ストレスで左耳の低音が聞こえなくなってしまい、めまいと不眠に襲われたとき、ただひたすらピアノを弾いていたことを思い出しました。というのも、そんな私を心配してくれた人が、カワイの電子ピアノをくれまして。ピアノを弾けば少しはストレス解消になるんじゃない? って。なんて優しい人なんでしょう……(泣)。でもその後、その人は、「巨大な電子グランドピアノ(分解可能&持ち運び可能タイプ)」という謎の物体をソッコー購入していたので、単に買い変えたかっただけか? という気もしなくはないですが(笑)。でも本当に、ピアノを弾くと、無心になれるんですよね。何も考えず、ただひたすら、鍵盤を叩くこと、音を聞くこと、それだけに集中することができる。そんなふうに無心になれる時間って、日常生活のなかにはあまりなかったりするんですよ。人って意外と、何かをしていても、絶えず頭のなかでブツブツしゃべっていたり、何かを考えていたりするものですから。

そんな脳内一人ブツブツ状態に疲れたときに、自分ができること。そういうものをもっているということは、想像以上に大切なことだと、最近しみじみ思うのです。何でもいいのですが、それを行うだけで楽しみを得られ、自分の心を慰めることができるもの。それには、以下の3つの条件がそろっていることが大切かなと、私なりに思っているのですが。

まず1つめは、努力がそれなりに必要で、創意工夫もそれなりに必要とされるもの。たとえば、あまりにも気軽に手を出せるもの(酒とかカラオケとかパチンコとか風俗とか買い物とか?)もいいかもしれませんが、それだけではかなり将来的に辛くなってくるのではないでしょうか。やっぱり人って、成長したいし、変化したいし、何かを作り出したいという欲望をもつ生き物だと思うので。だから、ほんのちょっとでも自分が変化したことが実感できるようなもの、何かをクリエイトできるようなもの。何かを行ったという充実感が得られるもの、適度な手ごたえのあるもの。そういうものがいいのではないかと思うのです(もちろん人の勝手ですけど…)。

2つめは、それを行うことによって楽しみを得る、それ以外の目的をもたないもの。たとえば受験や仕事や結婚や金儲けなど、そういった世俗の利益につながることではなくて、あくまでもそれを行うことだけに意味があり、それを行うことによって楽しみが得られるようなもの。だって、世俗のルールから離れて別世界でひと休みしたいからやってるっていうのに、そこでもまた世俗のルールが絡んできちゃったら、そこはもう心休まる場所ではなくなっちゃいますから……。ある意味で、「無責任に」自分が楽しめるもの。そういうものって、一見ムダなように思えるかもしれませんけど、いつか必ず自分を助けてくれるはずなのです。

3つめは、それを行うための素養があるていどあるもの。たとえば、私が今からフェンシングをやろうと思っても……、できると思いますけど、それを楽しむレベルに達するまでにかなりの年数が必要でしょう。ニーチェだって、幼い頃からピアノに親しんでいたからこそ、発狂した後もピアノを弾くことができたわけで。何事も一朝一夕というわけにいきませんから、あるていど自分に素養があるかどうかを把握することも大切かなと思いました。



ニーチェの話からちょっとズレてしまいましたが、でも、もし自分が精神に異常をきたすことがあったとして、それでも生きていかなくてはいけないとしたら、私は何をして心を慰めることができるのだろう? と思うのです。いや、精神に異常をきたすって、ニーチェのようなレベルではなくても、それほどあり得ないことではないですよね。人生って、本当に、何があるかわからない。たとえば私は、テレビで何かの事件を目にするたびに、その事件の周囲の人々の精神状態に思いをめぐらせてしまって、胸苦しい思いにかられるのです。被害者であろうが加害者であろうが、その周りの人々の受ける精神的打撃はいかほどだろうか、と。もちろんそんな事件でなくたって、ほんのちょっとの些細なことで、人は心身のバランスを崩すものですから。

そんな何が起こるかわらからない、長い人生を生きていくうえで、純粋に自分の心を慰めることができるものをもっていることは、想像以上に大切なことのように思うのです。それは何かの利益になったり、何かに直接役に立つものではないかもしれないけど、生きていく上でのちょっとした憩いの場を提供してくれる。長い長い上り階段の途中にある、ちょっとした小さな踊り場とか、ちょいと腰かけられる出窓とか、階段の途中にある扉を開けるとあらわれるダンスフロアのような。



精神に異常をきたした後のニーチェが、ピアノを弾いて心を慰めていたということ。そのことに、私自身が、心を慰められるような気がしました。愛しのフリードリヒに、心を慰める何かがあってよかった。書いて考えて闘うことは、彼にとって喜びでもあったかもしれないけど、苦しみでもあったはず。そういう意味で彼は、とても普通の人だったのかもしれません。だからこそ彼に、書いて考えて闘う以外の楽しみがあってよかった。そうでないと、あまりに辛すぎるもの。それまでさんざん闘って闘って、未来の私たちのぶんまで闘ってくれたんだから、晩年くらいおだやかな日々を送ったって、いいじゃない! 

そんなわけで、ショパンを(下手くそすぎるレベルで)弾きながら、フリードリヒを偲んだ私でした。(そんなピアノの譜面台には、ウメズのサインを安置中♪→こちら)。





◆ニーチェの音楽について。
 ・ニーチェが作曲した『マンフレート瞑想曲』(Manfred-Meditation)
 ダウンロードはこちら
 ・ニーチェの音楽作品について詳しいサイトは、こちら


◆以前、『この人を見よ』について書いた記事のリンク。
 「『この人を見よ』 フリードリヒ・ニーチェ


◆『ニーチェ・セレクション』(渡邊二郎・編/平凡社ライブラリー)より、以下抜粋。
ひとは残忍ということについて学び直し、目を開かなくてはならない。われわれが「より高次の文化」と呼ぶものはすべて、残忍を精神化し深化したところに成立してきている――これが私の命題である。(中略)この場合ももちろんひとは、残忍とは他人の苦悩を眺めるところに生ずるものだとしか教えることができなかった従来の愚劣な心理学を、追い払わねばならない。自分自身の苦悩、自分自身を苦しめるということにも、豊かな、あふれるほど豊かな楽しみがあるからである。(中略)最後に次の点をよく考慮してもらいたい。認識者でさえも、自分の精神を強制してむりやり、精神の性向に逆らって、また実にしばしば自分の心情の願望に逆らってまでも認識しようとするときには――つまり、肯定し愛し崇拝したいと思っているのに、否定を言うようなときには――、彼は、残忍の芸術家にして浄化変容者として君臨しているのであるという点である。すべてのものごとを深く根本的に突き止めるということがもうすでに、たえず仮象と皮相に向かおうとする精神の根本意志に対する暴行であり、嗜虐である。すべての認識欲のうちにもうすでに、一滴の残忍が含まれている。
(フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』より)



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